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第138話 The Nether’s raid begins.……視点変更

「ふーん、ここは暗くて、いい感じだな」


 灯りのない部屋の中、アトレテスが物珍しそうにキョロキョロする。


「ここは、この世界の人間達が放棄した建物ですよ」


 足元が悪い中、封魔石を抱えるグノーは迷いなくアトレテスの先を歩く。


 グノーとアトレテス。


 二人は本州にある廃病院の一室に足を踏み入れたところだ。


「道理で、人気(ひとけ)がねえわけだ。しかし、この世界は夜だってのに、そこら中チカチカして目ざわりだな……っと、何だよグノー。これは、布か?」


「この世界の平民の服です。その格好では目立ちますので、それに着替えてください」


「ふーん、まあいいか。灯りをくれ」


 グノーは、部屋の中央に小さな火の球を出した。


 周囲がぼんやりと照らされる。


 少々、もたつきながらもパーカーとトラックパンツを着用するアトレテス。


「妙にベッドが多いな。ここを根城にしてるのか?」


 アトレテスは背中からベッドに倒れた。


「そうですね。この世界は無人の建物が多いので、ここはその一つです」


 グノーはゆっくりと空いてるベッドに腰を下ろした。


 そして封魔石を赤子のように愛でつつ、口を開いた。


「やはり、エレンはダメでしたね」


「別にいいんじゃねえか。エレンを相手にするのは、今に始まったことじゃねえ。エレンがダメなら……そうだクリオが居るじゃねえか」


「彼女は、とうの昔にこっちの世界に来てますよ」


「俺達の味方なのか?」


「少なくとも、術にはかかってないようです」


「そっか」


 アトレテスが上半身を起こす。


「エレンはともかく、クリオも居るってのに何でわざわざ俺を呼びつけた」


 グノーは封魔石を高く掲げた。


「先ほど申し上げましたが我が主の復活が間近となりました」


「封魔石の封印を解くまでの護衛か。この世界の人間は、そんなに強いのか?」


 封魔石を両腕で抱きしめてから、アトレテスに目を向ける。


「大半は取るに足らない者ですが何分、数が多いのです。だから先の老醜に並ぶ手練れの存在を考慮せねばなりません」


「別にいいじゃねえか、ぶっ飛ばせば。コソコソしてるのは、性に合わねえよ」


「確かに、この世界の大半の人間は魔法も使えず、武芸の練度も低い。――ですが、情報の伝達速度が恐ろしく早いのです」


「あー、そういや、ここに来るまでに、馬みたいに早く動く棺桶とかでっけえ鉄の鳥がいたなあ」


「あれらは人を運ぶ乗り物に過ぎません。いいですか? この世界の全ての人間は、光のような早さで世界中の人間に情報を伝える技術を所持してます。我々が騒ぎを起こせば、ものの数分後には80億を超える人間に知れ渡ります」


「はっ、80億!? 亜人種はどうなんだ?」


「雑種の姿はありません。純粋な人間だけで80億です。まあ80億人というのは、彼らが公表した数値ですので、実際にこの目で見たわけではありませんが、私がこの世界をざっと目を通しただけでも相当数は確認できました。10億からは数えるのを放棄するほどにね」


「俺らんところとは、天と地ほどの差があるな」


「だからこそ、身を隠すべきなのです。もし私たちの存在が明るみとなり、80億の人間が結束すれば、無事では済まないでしょう。……それとも40年前の屈辱をお忘れですか?」


「別に。俺は俺の思うがまま、暴れる事が出来て清々してるからな」


「私は忘れないィ。人間の汚い企てのせいで、主をこのような御姿に変えてしまった事を! おおう、おおう、おいたわしや我が主よおおおォォォォ――」


 言葉を口にして感極まったのか号泣するグノー。


 それを見て、げんなりするアトレテス。


 長い付き合いの経験からなのか、口を挟むのは無駄だと悟ってるかのようにアトレテスは静かにしてる。


 しばらくすると気持ちの整理がついたのか、グノーは急に真顔になった。


「40年前の戦のせいで、自分達の世界(あっち)は、人の数が減りすぎた。それこそ、封魔石の戒めを解くための人間の魂が集まる見通しが立たないほどに……」


「それで、この世界に目を付けたのか」


「封魔石の戒めを解くのに必要なものは、純粋な人間の魂。この世界は人間が吐いて捨てるほどいる……我々が手を出さずとも奴らが抱えてる野心、欲望、心の傷をなぞれば、すぐ闇に落ちる。人間同士の争いを引き起こすのは造作もありません」


「――んだよ。本当にお前のお守りかよ」


「私ではなく『主』をお守りください」


「そんなのお前でもできるだろ。戦いの時だけ、後生大事に抱えてる封魔石(ソレ)を脇に置けばいいんだからよ」


 グノーが凄まじい形相となる。


「主が復活するまで、片時も手放すつもりはありません!」


「どうやって、この世界の服を着たんだよ」


 アトレテスは、グノーの怒りを意に介さず再び口を閉ざした。


 しばらくしてグノーは冷静さを取り戻したのか、誤魔化す様に「コホン」と咳払いをした。


「主の復活、という1点においては、あなたとは利害が一致する認識でしたが、心変わりなされましたか?」


「いいや」


 アトレテスは頭を振った。


「それなら、この場は協力を願います」


「いいだろう。しかし、人望が無いと大変だな」


「……クリオはクリオで良い働きをしております」


「図星だったか。……なあ、ディオスはどうすんだ? 不老不死の相手は厄介だぞ」


「はっきり申し上げれば、あの場で勇者との接触は想定外でした。しかし、問題ありません。先の戦いで確信しました……今のディオスは、勇者の力を完全に引き出すことはできません」


「……」


「我が主の手によって人の理から弾き出されて80年余り。我らにとっては刹那ですが、人にとっては一生涯ともいえる年月によって、命への執着が消え失せたことで、勇者の力が無用の長物と成り果てたのでしょう。それに不老不死の身では、力の継承もできません。あなたのいう通り、相手にすれば厄介ですが、放っておいても障害にはなりません」


「そっか」


 アトレテスが気のない返事をする。


 しばらくすると遠くの方から人の声が聞こえた。


「――おいおい、誰かの泣き叫ぶ声が聞こえなかったか?」


「やっぱり出るって噂は本当だったか。もっと先に進もうぜ」


 アトレテスがベッドから降りた。


「何を言ってるかわからねえが、人間の声ってだけは理解できるぜ」


「どこへ行くつもりですか?」


「憂さ晴らしだ。ちょっくら人間をぶっ殺してくる。いいだろ? 大将の復活にも貢献するしよ」


「待ちなさい、アトレテス」


「邪魔すんな――ぐっ」


 グノーはスッと立ち上がると、物音を立てずにアトレテスの額を右手で覆った。


「この世界の言葉がわからねば、せっかくのお楽しみが台無しですよ」


「うっ……うう」


 アトレテスの顔がゆがむ。


「お待たせしました」


「……ぃってて」


「これで、この世界の半数の人間と意志疎通ができるようになりました。文字の読み書きにも不自由しないでしょう」


「いちいち真面目な奴だな」


「言葉を知らねば、操ることも叶いませんから」


「まあ、おかげで戦いが楽しめるってもんよ」


「私たちに群がる人間を殺すのは構いませんが、返り血を浴びずに始末してきてください。服の調達が面倒ですので」


「そいつは、できねえ約束だ」


 この日を境に日本全土で人の所業とは思えない不審死が多発する事となった。

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