第133話 私の悩み、その1
「二人は、あそこの空いてる席に座って」
秀矢と亜由美は、巳月とポチに案内されるがまま、広大な和室を出て、長い廊下を歩き、エレベーターに乗って、欠伸が出るほどの長い時間をかけて地下に降りた先にある訓練室にいる。
訓練室という仰々しい名前のわりに、目に映る設備はオフラインのゲーム大会と代わり映えがない印象を受ける。
長机に人数分の椅子とモニターにVRゴーグルが備え付けられてある。
隅っこの方に一つだけ、訓練室の中枢と思しき、やたらとデカい機材とモニターがある。
「亜由美は、ここに来た事あるか?」
「無いわ。経験値もスキルポイントももらえないなら時間の無駄だしね……って、あ!? ぷいっ」
亜由美はふくれっ面のままそっぽを向く。
(これでいい。これでいいんだ……)
秀矢は巳月に指定された席に座った。
隣の席に亜由美が着席する。
「それじゃ二人とも、テーブルの上にあるVRゴーグルを装着して」
秀矢は言われるがままVRゴーグルを装着した。
目を開けても真っ暗。
何も映してないようだ。
「巳月、コントローラーは無いのか?」
「無いわよ」
コメカミに抑えこまれるような圧迫感を感じる。
続けて、ワイヤーフレームが視界一杯に広がり、テクスチャが張られた。
しばらくすると、それらのオブジェクトはコンクリートジャングルと成った。
ここは、昼下がりの首都近郊の駅近によくある風景。
様々なビルが林立してる都市部のようだ。
視点は、一人称視点――FPSみたいだ。
空を仰ぐ。
青い空に白い雲。
燦然と輝く太陽まで設置されてる。
「二人とも、自分自身は脳波で動かせるようになってるから、試しに軽く動かしてみて異常がなさそうなら教えて」
「エロガキ。異常がなさそうならって言われても、何が異常かわからないわよ」
「走ったり歩いたり、両手の指を動かす、首を振る。そういった基本的な動作が現実の体と同じように操作できるかどうかよ。それとも、さっきまで死んでたから、体の動かし方を忘れたかしら?」
「生きてるわよ! というか、キャラ動かないわよ」
秀矢も頭、手、足を動かしてるが亜由美の言う通り、画面が動かない。
「大丈夫、そのまま続けて。その内、動くようになるから」
巳月の言葉を信じて体を動かし続けると、本当に自キャラが動き出した。
首を振れば視点が動く。
右の掌に視点を映し、指を動かす。
思い通りどころか思った以上に滑らかに動く。
まるでゲームのキャラと一体になったようだ。
こうなるとテンションが上がる。
歩く、走る、ジャンプといった基本的な動作の一つ一つに感動を覚える。
残念なことに、スタミナ制のためか無限に走ることはできないようだ。
あと音の聞こえ方が変わった。
耳に入ってくるのではなく、骨から脳に伝わってくる感覚がする。
「動くようになったわ、エロガキ」
画面から伝わる亜由美の声音は、少し嬉しそうだ。
「脳波が汲み取れるようになったわね。それじゃ、モードを切り替えるわ」
「モード?」
「今の画面は、リアルモード。身体能力はサムライになる前と同じで刃機もない。普通の取っ組み合いならいいけど、それだとストーカーに勝ち目ないわね」
「取っ組み合いって、まさか! 男の子とガチの喧嘩をさせるつもり!?」
「安心して。ちゃんとリミッターを解除した状態で戦ってもらうわ」
「刃機は?」
「あるわよ。おまけにレベルシンクもするから、レベルとスキルポイントは公平。ウロボロスゲージは最初から満タンにしてあげる」
画面の中央部に『Change To UnLimited Mode』の文字が出てきた。
モードが切り替わったようだ。
足元に、自分用の刃機がポップされる。
「3分後に試合を始めるから、今の内に使えるスキルは目を通しておいて」
「ねえ、試し打ちはやっていいの?」
「お好きなように。試合が始まったら、消耗したものはちゃんと回復するから大丈夫よ」
「やりぃ! 戦いの感が鈍ってるかもしれないから助かるわ」
「勝負は1回きり。バージョンは、つい先ほど配信された最新版。時間は無制限。どちらか一方が死ぬまで戦ってもらうわ」
「死ぬ!? 私、生き返ったばかりよ!?」
「痛覚は現実と同様だけど、現実の肉体には影響がないから安心して」
「それならいいけど」
秀矢は、スキル一覧に目を通した。
使えるスキルは直近の任務と同様のようだ。
英雄叙事詩と疑似英雄詩も使える。
他にもレベル、ステータスをと、順番に眺めてると火薬の破裂音が頭に響いた。
「ん!? 周りに誰もいないのに、凄い音が鳴ったぞ」
「発砲音がそっちに聞こえたの?」
「ああ――って、俺の声、聞こえるのかよ!?」
「聞こえるわよ」
慌てて周囲を見る。
人影はない。
道路やビルがあるのに、人はおろか車の姿がない。
都市部なのに、異世界に飛ばされた気分だ。
「巳月、通話がダダ洩れなんだけど――」
「試合が始まったら、現実と同じように遠く離れてる時は互いの声が聞こえなくなるわ」
「巳月にも聞こえるんだな」
「それも試合が始まるまでよ。試合中は私との通話も途切れるわ」
「わかった」
秀矢は刃機の試運転を始めた。
仮想現実のアバターでありながら、ダンジョン内と同様に刃機を扱えることに驚愕する。
(シュミレーターか)
今のステージは、現実世界にある都市部。
ふと疑問が頭を過ぎる。
何故、戦いの舞台がダンジョンではなく都市部なのか。
法龍院家は、最初から化け物がこの世界に出てくることを想定してるみたいだ。
「秀矢、ちょっといい?」
「……いいけど」
「私さ、秀矢のアイボーになってからいくつか悩み事を言ったじゃん」
「言ってたな」
「でもまさか、本当に悩み事を解決する機会が来るとは思わなかったわ」
「話が見えないな」
「当り前よ。だって、生き返るとは思わなかったんだもん。本当に、本当にありがと」
「俺はそんな大した事は――」
「ううん。秀矢の想いがみんなを動かしたから、杖を見つけられたんだよ。だから、今の私がこうしているのは、秀矢のおかげよ」
「……気にしなくていいよ」
胸の奥がじんわりと暖かくなり、涙腺が緩む。
「私、生前に大きな悩みがあったの」
「そうなんだ」
「私の悩み、その1。今まで秀矢にゲームで勝った事がない事。プロ入りした後もね」
「確かにランペイジの公式大会では、俺は亜由美より順位を下回ったことは1度もないな」
「だからさ、1回でいいから秀矢に勝ちたいのよ。せっかく生き返ったんだし」
「これはランペイジじゃないぜ」
「でもランペイジの次に、フェアな勝負ができると思うわ」
「その点は同意する」
「私ね、何度も何度も秀矢と対戦したのに1度も勝てなくて、ずっと悔しい思いをしてきたの」
「……」
「だから、この勝負……本気で勝ちに行くわよ、トキヤ!」
「悪いけど俺も……勝ちを譲るつもりはない」
目の前が暗転する。
瞬く間に視界が色づく。
先ほどまでとビル、道路の位置が異なってる。
どうやら別のエリアに飛ばされたようだ。
続けて中央部に『Battle Start』の文字が出てきた。




