第131話 契約終了
サムライ衆は今、いつもの広大な和室にいる。
島の騒動がひと段落つくと同時に蛟牙から「今からサムライ衆に話がある」と召集を受けたからだ。
異世界の人達はいない。
この場にいるのは、長光、日下部、荒川、亜由美、秀矢、巳月の6名。
巳月の側らにはポチがお座りの姿勢で待機してる。
亜由美が生き返ったこともあり、サムライ衆はとりとめのない話に花を咲かせてると、ふすまの開く音が鳴った。
音の方に目をやる。
蛟牙の姿が目に映る。
先生が教室に入ってきたかのように、サムライ衆は一斉に口を閉ざす。
蛟牙は上座に腰を下ろした。
神妙な顔をしてる。
良い話か悪い話なのか、表情からは判断しがたい。
「定時を過ぎたところ呼び止めてすまないな。急ぎで伝えなばならない話が2点あってな」
「だったら勿体ぶらずに早くしてよ、じっちゃん」
「まあ落ち着け空閑。長話をするつもりはないが、早く帰れるかどうかはお前達次第だ」
蛟牙の婉曲的な言い方に何かを感じ取ったのか、亜由美が口をつぐむ。
蛟牙の視線がサムライ衆の面々をなぞる。
「まず1つ目だが、お前達との契約は今日をもって終了とする」
寝耳に水だった。
秀矢は、蛟牙の言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。
他のサムライ衆も少なからず動揺してる模様。
そんな中、巳月だけは平然としていた。
おそらく話の内容を事前に知らされてたか、もしくは契約そのものとは無縁なのだろう。
「お館様。僕たちは『契約途中での解雇』という認識でお間違いないでしょうか?」
長光が訊ねる。
「解雇というと語弊があるかもしれんが、概ねその通りだ。よかったな長光。明日から受験勉強に専念できるぞ」
「僕たちの仕事に不備がありましたか?」
「まさか。お前達の仕事ぶりに落ち度はない。それどころか歴代の中で随一の成果をあげた。正に『値千金の働き』というやつだ。胸を張っていい」
「では何故、解雇に至るのでしょうか」
「目にしたから解ってると思うが事態が急変した。よって、怪異対策のフェーズは、怪異空間の探索から国家防衛に移る。だから、お前達サムライは、お役御免となるわけだ」
「円満解雇、ということですね」
「そういうことだ」
長光が引き出した円満解雇という言葉のおかげか、サムライ衆の動揺がおさまったようだ。
例の漏れず、秀矢は胸をなでおろした。
「あの――」
今度は日下部が手を挙げた。
いつもと違って、他人の顔色をうかがうような、遠慮がちな顔をしてる。
「どうした日下部」
「雇われの身で、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんがその……退職金はどうなりますか? 円満とはいえ、契約途中なので――」
「安心しろ。わしがおふざけで書いた友人の討伐報酬と同様、通常の退職金に1億円、上乗せして振り込んでやる」
「あ、ありがとうございます!」
「なあに、お前達はわしの想像以上の働きをしたんだ。それに見合う対価を払うのは、雇用主として当然のことよ」
日下部は喜色満面の表情を浮かべてる。
「さて――解約について質問はなさそうだな――それじゃ、2つ目の話に移るか。こいつは言ってしまえば『義勇兵』の募集だな」
「タダ働きってこと?」
亜由美が訊ねる。
「生活に必要な支援はするつもりだが、何せ無期限で特別手当も退職金もないからな」
「じじい。このご時世に、若者を低賃金でこき使おうってのか?」
今度は荒川が食ってかかる。
「そうだ。だから、まずはわしの話を聞け。そのためにお前達を引き留めたんだからな」
「そうだな。聞くだけ聞いてやる」
「さっきも言った通り、怪異対策のフェーズが国家防衛に移った。お前達も見た通り、わしらの世界に2人の魔人が解き放たれた。もしかすると1人はずっと前から潜伏してたかもしれん。加えて、朱い魔人がかかえてた石からは、不細工なモンスターが湧き出る。今までは怪異空間だけ抑えてれば国防に支障がなかったんだが、今後は、こっちの世界に目を光らせる必要が出てきた」
(そっか、2人の魔人はこうしてる今も、俺達の世界のどこかに潜んでるのか)
秀矢の頭には、先ほどの島で行われた戦いの様子が過ぎる。
「じじいのやりたいことは理解した。でもよ、何でそれが義勇兵なんだ? 別に今まで通り契約金プラス成果報酬でいいじゃねえか」
「わしが今募集してる人員はな、国のために命を捧げられる憂国の士だ」
円満解雇と追加報酬で明るいムードが蛟牙の言葉によって一変する。
「わしには、お前達一人一人の命を金に替えることはできない。何せ、わしが求めてるのは、金が欲しくて働く労働者ではなく、国家防衛のために命を捧げることが出来る『同志』だからな」
「じっちゃん、私たちに、その同志になれ、って言うの?」
「無論、強制じゃない。選択権は、お前達一人一人にある。話を持ち掛けたのは、お前達が化け物との戦闘経験がある人間だからってだけだしな」
「まあ、選択権が私たちにあるだけマシか」
「というわけですまないが、答えを出すまでは帰宅はお預けだ。期限は今日いっぱい。気持ちの整理をつけるために、屋敷の外に出ても良いし、サロンで茶を飲んでもいい。但し、返答が無い場合は、不参加とみなし、強制的に退職手続きを取らせてもらう」
「円満退職の場合、たしか記憶を消すんだよね」
「おう。だから、退職後に良心が痛む心配は無用だ。怪異空間に関わる事は、全て忘れるからな」
「強制じゃないだけ、良心的ね」
「3年間ならともかく、お前達ひとりひとりに残された人生全ての代価は、さすがのわしにも払えん。だから義勇兵の話は、遠慮なく断ってもいいぞ。あ、巳月は言うまでもなく強制参加な」
「承知しております、父上。不肖、法龍院巳月、命尽きるまで戦場に馳せ参じる所存です」
「巳月はわしの娘だから例外なだけで、お前達は強制じゃないからな」
蛟牙が精一杯、気を配ってくれてるのが言葉の選出から伝わってくる。
「本業はどうなるんだよ。今の職場は結構、気に入ってんだけどよ」
荒川がたずねる。
「そこは記憶の改ざんも含めて、こっちで上手くお膳立てしてやる。義勇兵の参加の可否とは別にな」
「それは、俺の返事とは関係なく本業は続けられる、と解釈していいか?」
「そうだ。荒川を例に挙げるなら、義勇兵に参加したら日中は仕事、夜の空いた時間に連絡が入って現場に急行。――で、緊急性の高い事案が発生した場合は中抜け、もしくは早退という流れとなる。基本的に、雑兵相手なら青侍だけで対処する。義勇兵は、手が足りない時か、青侍では荷が重い敵が出た時に、助力してもらうつもりだ。それに法龍院家にはシノビ衆、ドウボウ衆を始めとする、日中動けるサムライ上がりの人材もいるから、余程のことがなければ普段通りに生活できる見込みだ。もし義勇兵を断った場合は、月から金は今と変わらず、土曜も現場仕事が入る感じだな」
「それを聞いて安心した」
「このご時世、若くて丈夫な現場作業員は貴重だからな。手放すつもりはねえよ」
秀矢は、蛟牙の言葉を整理することにした。
今の生活スタイルは、月曜から金曜までは高校生、土曜日はダンジョンの探索、日曜は丸1日自由だけど、プロゲーマー及び動画投稿の活動は休止中。
来週からは、平凡な高校生となる。
土日は自由に使えるし、お金の心配もなくなるから、何の憂いもなくトキヤとしての活動を再開できる。
もし義勇兵に参加した場合、平日はおろか土日も気が抜けない日々を永遠に過ごすこととなる。
何故なら、魔人がこの世界にいるから。
蛟牙が無期限と言ったのは、このためだろう。
トキヤの活動再開はおろか、この先、人並みの幸せを享受することも叶わぬ夢となる。
本心はこのまま何もかも忘れて日常に戻りたい、と強く考えてる。
しかし、他のサムライが返答をしない中で、先陣を切る胆力は秀矢にはなかった。
秀矢が答えに決めかねてると、荒川が立ち上がった。




