第129話 灰の魔人
秀矢は改めて、スマホの画面に目を向けた。
「龍の住処に無断で立ち入るたあ、見た目に反して図太い奴だな」
「あなた方も大概だと思いますけどね。――ええ、覚えておりますとも。25年前に、身を賭して我が主を封じたエルフを冥府から呼び戻すとは、勇者の名が聞いて呆れますね」
フローラは一瞬ひるむも、すぐに物凄い剣幕で朱の魔人を睨みつける。
「勇者なんて、ただの称号。俺は、こんな名前のために生きてるわけじゃあない」
ディオスは鞘から剣を抜いた。
「そう慌てないでください。今日はただ、我が同志のお迎えにあがっただけですので――」
「同志? てめえ、まさか――」
蛟牙の顔に怒りの色が滲む。
一触即発。
そう思った瞬間、画面上部の通知バナーが出てきた。
そこには『地上のベースキャンプが内部より破壊されました』と書かれている。
(別方向から新手かよ)
心拍数が急上昇する。
「落ち着いて」
明瞭で頼もしさを感じる巳月の声。
そのおかげか、サムライ衆は平静を保ってるようだ。
次の瞬間、落雷を彷彿とさせる轟音が鳴り響いた。
突然の大音量で、体がビクッとなる。
「こいつ、6階で見た魔人じゃねえか」
荒川の言葉を聞いて、慌てて画面に目を向ける。
朱の魔人の隣に、見覚えのある魔人の姿が映っていた。
肌は青みがかった灰色。
髪の毛は、銀――というより灰色。
ローブの上からでもハッキリと見て取れる筋骨隆々の身形。
「なんだ、大将はまだ石じゃねえか。迷路を歩く身にもなってくれよ、グノー」
「だから手を貸して欲しいのです、アトレテス。主の復活まで、あと一押しですので」
朱の魔人グノーと灰の魔人アトレテスが蛟牙たちに向き直る。
「おうおう、ディオスとそのお供達に……異界の術師じゃねえか。久しぶりだな」
アトレテスと蛟牙たちは面識があるようだ。
「80年も経ってるのによく、わしのことを覚えてるな」
「老いて見た目が変わろうとも、てめえの妖気は忘れられねえよ……なあ、グノー。こいつらと戦ってもいいか?」
「今は抑えてください。我らに必要なのは、純粋な人の魂。彼らを相手にする必要はありません」
「奇遇だな。こっちとしても見物人がいる前で、やり合うのは避けたいところだが――」
蛟牙はニヤリと笑った。
次の瞬間、ディオスの剣がグノーに振り下ろされた。
目にも止まらぬ速さ、という言葉が頭に過ぎる。
秀矢の目でも、気が付いた時にはディオスがグノーに詰めていた。
「――っ、やろう! てめえの相手は俺だ!」
アトレテスがディオスに襲い掛かる。
――が、その動作はすぐに止まった。
止めたのは、アトレテスの背後に何の前触れもなく現れた、黒いフードをかぶった頭蓋骨。
その者が手にしてる大鎌の刃がアトレテスの首にあたったのだ。
「今は貴様と遊んでる暇はない」
ディオスはアトレテスには目もくれずに、静かに言い放った。
「死神!? こんなところで!」
亜由美の声音には、恐怖と焦りが前面に押し出されてる。
心なしか、顔が青くみえる。
「安心して、あの死神は、父上の式神よ」
「な、なんのよエロガキ。死神で……式神って」
「言葉の通りよ。ほら、画面を見なさい」
巳月に言われるがまま、画面を見る。
「80年経ってるのに、性懲りもなく死神か。でもよ――」
アトレテスの右手が死神の頭蓋骨をがっちりを掴むと、そのまま握りつぶした。
「冥府の使い如きで、俺を抑えられると思うなよ」
「時間は十分に稼いだ……それより、お前は80年経ってるのに、力を誇示する悪癖は健在のようだな」
今、ディオス、ハルマ、フローラの3人は少し離れたところでグノーを相手にしてる。
足止めで作った隙を突いたのだろう。
アトレテスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「しゃあねえ。せっかくの再会だ。もうちっと付き合ってくれや」
アトレテスは、蛟牙の方に向き直ってから構える。
(こっちは、じいさんとの1オン1で、あっちは――)
秀矢はディオス達とグノーとの戦いの画面に切り替えた。
ハルマとディオス、二人の前衛による近接戦闘にフローラの魔法による援護射撃の連携により、ディオス達が優勢に見える。
グノーは防戦に徹してるようだ。
「焔魔斬!!」
ディオスの刀身から間欠泉の如く光の粒子が吹き上がる。
そして天高く伸びた光刃を、グノーに向けて振り下ろす。
光刃は、グノーが持つ大きな石に当たった。
「封魔石が!?」
大きな石――封魔石はグノーの手から弾き出されて、地面に突き刺さる。
ディオスの刀身で、大きな刃を形成してた光の粒子が雲散霧消した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ゼノン様あああああああああああああああああ――」
グノーは悲鳴を上げながら、わき目もふらずに封魔石に駆け寄った。
そして、地面に突き刺さった封魔石を引っこ抜くと、そのまま高々と持ち上げた。
「おおうおおう、ご無事ですか!? お怪我はありませんか!? ご健在ですか!? 我が主よ!」
転んで怪我をした幼い我が子の身を案じる母親のように、声高に早口で気遣いの言葉を喚くグノー。
当然、ディオス達が絶好のチャンスを見逃すわけがない。
フローラが両手を前にかざす。
「プロミネンス!!」
グノーを中心に半径、約5メートルほどの地面がマグマのように赤熱化すると、一気に炎の柱が立ち昇る。
画面越しでも熱気が伝わってくるようだ。
数秒経過した後、炎の柱が急速に細り、跡形もなく消えた。
炎の柱の跡地には、燃え尽きて灰となった草花と土が残された。
「私が至らぬばかりにゼノン様にはご心配をおかけしました。今回の失態は、奴らの命でもって償わせていただきますぅぅぅううううう!」
グノーの怨嗟の叫びが聞こえた。
大気が震える。
漠然とだが、嫌な予感が過ぎる。
ここに居たら危ない、という警告が脳内を埋め尽くす。
「お嬢!」と長光が切迫した声で言った。
「動かないで! 大丈夫、あなた達もイリアも、私とポチが命に代えてでも守るわ」
巳月は凛とした声で断言する。
その声音と態度には、動揺が微塵も感じられない。
画面に映るグノーの周りに闇色のオーラがあらわれた。
《皆様方は、決してこの場から離れぬように》
闇色のオーラが急速に広がり、画面を覆いつくす。
視線をスマホから外に向ける。
闇色のオーラが高波の如く押し寄せてくる。
今から走って逃げても無駄な抵抗のようだ。
秀矢は庇うように亜由美の前に立ち、防御の姿勢――目を覆うように腕を交差させた。
防衛本能が目蓋を閉ざす。




