第128話 朱の魔人
秀矢たちは、蛟牙たちを追いかけて屋敷の外に出た。
イリアは巳月に引っ張られてるようだ。
《皆様方、私についてきてください》
ポチが先頭に出る。
長光が何も言わずにポチの後に続いたので、無心で追いかける。
1分ほど走ると蛟牙たちの姿が見えた。
蛟牙、ディオス、ハルマ、フローラの4人は、人の姿をした何者かと対峙してるようだ。
その何者かは、長い楕円形に切り出された大きなガラス製品らしきものを両手で大事そうに抱えてる。
「うう、きつい。あまり走ってないのに」
亜由美は肩で息をしてる。
生き返ったばかりでナノマシンの施術を受けてないため、身体能力が人並みに戻ってるだろう。
秀矢も似たようなもので、肉体的疲労に加えてナノマシンの稼働率が低いため、今は呼吸を整えることで手一杯だ。
「この距離なら父上の目も届くわね。ポチ」
《かしこまりました》
ポチが玄武形態となり、巳月の腕に張り付く。
「サムライ衆は、私より前に出ないように。命の保障はないわよ。特に時田秀矢と空閑亜由美。今のあなた達の身体能力は一般的な高校生と同レベルだから、軽率な行動は控えるように」
巳月の冷淡な口調に、緊張が高まる。
「わかってるよ」
「まあ、仕方ないわね」
二人は巳月に同意した。
秀矢は、せめてもの意地で、亜由美よりも少しだけ前に出た。
いざと言う時、我が身を盾にするために。
《サムライの皆様には、ご不便をおかけします。現在この島は防衛フェーズに移行しておりますので、解除されるまで今しばらくのご辛抱をお願いします》
秀矢はマニュアルの続きを思い返した。
この島は、防衛フェーズになると『機密保持のために、外部との情報の送受信と人員の出入を停止する』という内容。
その目的は、機密の漏洩と侵入者の逃亡を防ぐため。
とりわけ秀矢たちに関わる重大事項を挙げるとするなら『転移装置が停止してるため帰宅できない』状態である。
「あみちゃんが生き返って、これからだーって時についてないわね」
「そうだね」
「あー、早く帰って、復帰の雑談配信したいのに」
「空閑さんは、元気が有り余ってるみたいで頼もしいね」
「――にしてもよ、じじいの対面にいる奴……あいつも魔人って奴か?」
荒川の言葉で空気が引き締まる。
「今、拡大してみたけど、確かに肌の色が不自然に赤い。あれが素肌なら『人間』とは言い難いね」
長光は宙を見ながら言った。
リミッターが解除されてるのか、ダンジョン内と同様に情報を閲覧してるのだろう。
秀矢は、ナノマシンの稼働率の影響か、宙に映像が出ない。
幸いスマホのバッテリーが僅かに残ってるので、重くてデカいスマホの画面に長光の視点を映す事にした。
「秀矢、私にも見せて」
亜由美にも見えるように、秀矢はスマホを亜由美に寄せた。
「うわっ、ハンコみたいな色してるね、こいつ」
亜由美の言う通り、蛟牙たちと対峙してる魔人の肌は、赤色というより朱色に近い。
肩の辺りまで伸びてる灰色の髪の毛は、全体的にカールとウェーブがかかってる。
体格は痩せ型で、顔は面長。
体つきと風貌からして、男性と思われる。
装いはチノパンとパーカーを着用しており、スニーカーを履いてる。
肌の色が異なれば現代人と遜色ない出で立ち。
そんな朱の魔人は、長い楕円形に切り出された大きなガラス製品と思しき物体を赤子のように抱えてる。
鮮やかな朱い色をした肌にも関わらず、ガラス製品を抱える所作に痩せた体型と面長でやつれた顔のせいで、陰湿な印象を受ける。
「リミッターは解除してるようだね」
長光はヘッドホン型の刃機を頭に装着した。
《はい。現在は防衛フェーズですので、皆様方のリミッターを解除しております。万が一に備えて、スムーズに戦闘に移行できるよう刃機を所持することを進言いたします》
「わかったわ。アイボー、刃機をお願い」
「しゃあねえな。アイボー、刃機をよこせ」
日下部と荒川は、刃機を手元に転移させてからセットアップした。
《時田様は満身創痍、空閑様は施術前のため戦力外です。そのため、戦闘行動は控えるようお願い致します》
「ああ」
「はーい」
秀矢と亜由美が返事をすると、巳月が口を開いた。
「イリア、ボサッとしてないで周囲に、魔法の障壁を張ってもらえないかしら」
「ですが――」
「父上達は、ここに私達がいることは承知してるわ。だから父上達が、あなたに泣きついてきたら加勢してあげて」
「……わかりました。――プロテクション!」
青白い結界が秀矢たちを包み込む。
「長光総司、万が一の場合、戦力外の二人を頼むわ」
「かしこまりました」
秀矢たちは警戒を強めつつ、蛟牙たちの様子を見守る。
両者は睨み合ったまま動く気配がない。
少しすると、蛟牙が口を開いた。
「いい度胸してんな。魔人如きが龍に勝てるとでも?」
「そう構えないでください。今は、勇者一行を相手にするつもりはございません」
朱の魔人が言った。
陰湿な印象の通り、地の底から語りかけてくるような暗い声は、耳の奥に小虫が蠢いてるかのような不快感をもたらす。
「うえ、気持ち悪ッ」と亜由美がこぼす。
「あれだな。黒板を爪でキーって引っ掻いたような不快さがあるな」
隣にいるという事もあり、秀矢は何となく反応した。
「わかるわ、師匠。なんか不気味よね。うまくノイズキャンセルできないかな」
「そこまで気になるのか、姐さん」
「ううっ……荒川くんは、昼の仕事のおかげで騒音に耐性があるのかな」
「何すか、リーダーまで。これじゃあ、まるで俺の耳がおかしくなってるみたいじゃないですか」
「おかしいんでしょ。耳まで、みっちり筋トレしてるから」
「空閑、てめえ」
「賑やかね、あなた達は」
《巳月お嬢様。下手に怖気づくよりかは良いかと》
「そうね」
(何をしてるんだか)
巳月の言葉で、現状が予断を許さない事態であることを再認識する。




