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第127話 侵入者

 芯の通ったイリアの声音がサロンに響き渡る。


 イリアは、深刻な表情を浮かべており、真剣な眼差しを蛟牙に向けてる。


 それに応じるかのように、蛟牙の顔が引き締まる。


「申してみよ」


「アルスウェルト国の『ローズ』という女性をご存じですか?」


「ローズ……ああ、覚えてるよ。アルスウェルト随一の高級娼婦。容姿端麗で知性教養も伴っていて気立てのいい女だったからな。素晴らしい夜を過ごさせてもらったよ」


 すると、イリアは襟ぐりからネックレスの装飾部分を取り出すと蛟牙に突きつけた。


 そのネックレスは、小さく平たくて丸く中央部に穴の開いた円盤に紐を通した簡素なもの。


「では、ローズお婆様との約束は覚えていらっしゃいますか?」


「……ん? そんなのした覚えはないが――」


 蛟牙の言葉を遮るように、イリアは素早い所作で黒い水晶を取り出した。


 場の空気が張り詰める。


 イリアは蛟牙に何かを仕掛けるつもりのようだ。


 しかし、蛟牙は不敵な笑みをもらすのみ。


 ディオス、ハルマ、フローラはともかく、サムライ衆も落ち着いてる様子。


 実の娘である巳月ですら、眉一つ動かしてない。


 一瞬の内に状況を把握した秀矢は周囲に合わせて、何事もなかったかのように振舞うことにした。


 そうして見守る内に、イリアの黒い水晶から黒い獣が現れ、蛟牙に飛び掛かった。


「ローズお婆様は、あなたのことを……コウガのことを死の間際まで、お迎えに来るのを待っておりました」


 秀矢の目の前を黒い獣が横切る。


「王侯貴族豪商の身請けを断り続け、高齢に伴い現役を退いても尚、娼館に従事し続け、あなたの事を想い、あなたの言葉を信じていたお婆様の想いを踏みにじる行為。神が赦しても、私が許しません!」


 イリアの悲痛な叫びがサロンにとどろく。


「『いつか外の世界に連れ出して、この世の広さというものを教えてやる』だったかな」


 蛟牙の声が聞こえた。


 筋骨隆々の体躯は黒い獣に覆われて見えないが、落ち着きのある声音からして無事のようだ。


「ローズは博識で知的好奇心が旺盛だったからな。日本の話を楽しそうに聞いてくれたよ。その首飾りも覚えてる。あまりに聞き上手だったから、当時出たばかりの五円玉に紐を通した奴をプレゼントしたんだ。ごえんがありますように、ってな」


 黒い獣が吹き飛ぶ。


 秀矢の目の前を凄まじい速さで横切る。


 イリアにぶつかる瞬間、黒い獣はイリアの持つ水晶に吸い込まれた。


 その最中、イリアのベールが宙に舞い上がる。


 黒い獣が消えた頃、イリアの黒く長い艶やかな髪が露わになる。


「おいおい、お前達。わしが襲われたのに、助けも心配もないのか?」


「僕の見立てでは、お館様なら気遣いは無用かと」


 長光は、冷静な口調で言った。


「あの程度で、くたばるタマじゃねえだろ」と荒川が後に続いた。


「ディオス。お前の差し金か?」


「半分正解で半分外れってところかな」


「オレからしたら、コウガがあれしきのことで死ぬ方が驚きだ」


「つくづくわしは、友に恵まれてるな」


 不自然なくらいに口角を釣り上げる蛟牙。


 その時、不快感を掻き立てる、けたたましい警告音が鳴り響いた。


 心臓がドクンと跳ねる。


 警告音が止むと『侵入者発見、侵入者発見』と合成音声によるアナウンスが流れた。


「侵入者!? お館様!」


 焦燥感が滲み出てる長光の声音が非常事態であることを告げる。


「たしかマニュアルには、この島は部外者に見つからないように色んな処置を施してるって書いてあったような」


「素直に考えれば、我が法龍院家の防衛機構を破る曲者が現れた、という事ね」


 日下部の疑問に巳月が現実的な回答をする。


 日下部の言うマニュアルは秀矢も目にしたことがある。


 『島の存在を口外することは禁ずる。これを犯した者は、如何なる理由があろうとも即刻、士道不覚悟と断ずる』


 自分の命に関わる事なので鮮明に覚えてる。


 この島は電波、光学、赤外線、霊的ステルスを施してるため、肉眼と現代兵器水準のレーダーで見つかることはない。


 また諸国の衛星には、島全体を海で塗り潰したダミー映像を流してるため、位置はおろか島の存在が公になる心配もない。


 通信は自前の衛星を経由するため、衛星がハッキングでもされない限り、通信記録から島の存在を特定することも不可能と言える。


 対空、対艦の迎撃用兵器も完備。


 そして漂着者は故意、過失に関わらず海に流す。


 要人、貴人、富豪も例外ではない。


 極東の小島にそぐわない常軌を逸する機密性と防衛システムを構築してる島の警報を鳴らす侵入者。


「ガキ共、死にたくなければ、わしについてこい」


 蛟牙の顔から笑顔が消えた。


 それだけで、事の深刻さを十分に理解した。


 蛟牙は席から立ち上がると「ディオス、ハルマ、フローラ。お前達も手を貸してくれ」と言った。


「いいよ」


「おう」


 二人が応じると、蛟牙は駆け足でサロンを出た。


 ディオス、ハルマ、フローラの三人が後に続く。


「ボサッとしてないで、僕たちもお館様を追いかけよう」


 長光が席から立ちあがり、サムライ達に向かって声をかけた。


「復活早々、慌ただしいなあ」と亜由美が愚痴る。


(せっかく生き返ったんだ。こんなところで死なせてたまるか。――今度は、俺が守る!)


 動揺してる暇はない。


 決意を新たに、秀矢は立ち上がった。

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