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第125話 輪廻転生

 軽度の痛みを感じる。


 何者かによって、頬が叩かれてるようだ。


 体は鉛のように重く、筋肉痛が酷い。


 深い睡眠状態から無理矢理起こされたように、意識が朦朧としてる。


 休息を求める体が睡魔を引き寄せる。


「――て」


 若い女性の声が聞こえる。


 ハッキリとしないが、とても心地よい声だ。


「――起きて」


 その声が何故、心地よいと思うのか。


 その答えは、聞き慣れた声だから、という結論にたどり着く。


(亜由美の声か……)


 意識が少しつずつ輪郭を取り戻す。


 推しの要望なら応えるしかない。


 うつ伏せ状態の秀矢は目を開き、両手を使って、上半身を起こした。


「やっと起きた。秀矢、どう? わかる?」


 目の前には、アイ――空閑亜由美の素顔があった。


 夢か現実かを判断する前に、秀矢の意識はあらぬ方向に飛んでいった。


「あ……気絶しちゃった。長光先輩、ひどいと思いませんか?」


「空閑さん。疲労困憊の時田くんには、刺激が強いんじゃないかな。正直、僕もまだ理解が追いついてないし」


「あみちゃん、気持ちはわかるけど、今はそっとしておいた方がいいと思うよ」


「空閑が、そんな利口な奴なら死んでないですよ」


「死者を蘇らせる杖、まだまだ研究の余地がありそうね」


 意識を取り戻す。


 目を凝らす。


 亜由美が――アイが微笑む。


 どうやら現実のようだ。


 配信を通じて、幾度も目にしたご尊顔と幾度も耳にした快活な声。


 脈拍が早くなる。


 血の一滴から細胞の隅々まで、目の前の女性がアイであるとを認めてる。


「ほら、秀矢。立てる?」


 推しの御腕が差し出される。


 自分如きがお手を取っていいのか、と躊躇するも、親切を無下にするのは無礼にあたる、と判断し手を取る。


 次の瞬間、体中に電流が走った。


(あれ? この感覚って――)


 推しを前にして、限界まで高揚した感情をそのままに、浮ついた意識の中から理性がくっきりと浮かび上がる。


 秀矢の脳裏には、今と同じ状況になったファンイベントの握手会の一幕がよぎる。


 しかし、あの時、握手したのは亜由美とは似ても似つかない女性のはず。


「時田秀矢、ボーっとしてないで、さっさと立ち上がりなさい」


 二人の時を動かしたのは巳月の声だった。


 秀矢と亜由美が同時に立ち上がる。


 そして秀矢は慌てて手を離した。


 改めて推しの姿をざっと見る。


 足はある。


 ファンタジー世界にありそうな魔道士を想起させる衣装を身に着けてる。


「さすがに裸だとアレだから、借りてるんだけど……コスプレっぽくてハズいわ。Vのガワとしてはアリかもしれないけど、リアルはね。しかも腰はパツパツなのに、胸はブカブカなの。酷いよね」


「大丈夫。似合ってるよ、アイ」


 亜由美が露骨に不満そうな顔をする。


(似合ってるのは、本当なんだけどな)


 綺麗、可愛い、美しい等の平凡な誉め言葉という次元ではなく『着こなしてる、着慣れてる』という雰囲気を醸してる。


 亜由美のために用意されたオーダーメイド品と言われても信じられる程に。


 などと考えてると、背中をバンと叩かれた。


 後ろに振り向く。


「なにすんだよ、巳月――」


「疲労回復を促進する御札を貼っただけよ」


「そうか。助かるよ」


 以前、傷の治療を促進する御札を貼ってもらったことがあるので、そういう御札もあるのだろう、と考えた。


 亜由美の方に向き直る。


 そして、改めて周りを見渡す。


 サムライの面々、ディオス、ハルマ、フローラ、イリアの姿がある。


 しかし、杖を使う前とは違って、和気あいあいとしてる。


 この雰囲気なら問題なさそうだ。


 秀矢は、もっとも気になる疑問を口にした。


「大変喜ばしいことには違いないんだけど、アイはどうやって生き返ったんだ?」


「あーっ! またアイって言ったー」


(呼び方の件、まだ続いてるんだ)


「亜由美、どうやって生き返ったの?」


「わかんない。気が付いたら、フローラの近くで倒れてたの」


 サムライ衆の様子をうかがう。


 他のみんなの顔には、亜由美と同じ答えが書いてあった。


「ううっ、こんなはずじゃなかったんだけど……でも、アイお姉さまなら別に――」


「フローラの趣味にとやかく言うつもりはないが、オレ達はディオスを殺すためにクロリスの力をアテにしてたんだぞ。なのに、どうして縁もゆかりもない異世界の小娘を生き返らせたんだ?」


「私だって一生懸命、クロリスお姉さまの事を想ったわよ! この世で誰よりも、お姉さまを愛してる私が言うんだから間違いないわよ!」


 ハルマとフローラが火花を散らす。


「どうやら時間切れのようだね」


 仲裁するかのようにディオスが口を開いた。


「時間切れ? どういうことだ?」


「私のお姉さまへの想いが、80年程度で風化するわけないわ! あんたらへの情ならともかく――」


「フローラはクロリスを生き返らせようとした。しかし、生き返ったのは、アユミという異世界の女性。……ハルマ、死に関する話でコウガが言ってたニホンゴを思い出さないか?」


「あー、何だったかな……うーん、リン、リン……そうだ! リンビョウだ!」


「リンネテンショウな。リンビョウは、コウガが頻繁にかかってた病だ」


「そうそう。たしか、死んだ者は別の誰かに生まれ変わる、とかいう話だろ」


「勇者殿、それはつまり、アイお姉さまはクロリスお姉さまでもあるということ?」


「魂としては、そうだね。クロリスとアユミ、と二つの名前が一つの魂に刻みつけられてた、という事さ」


「つまり、今の私がアイお姉さまに対する胸の高鳴りは、決して浮気ではないという事ね!」


「……うん、そういう事だね」


「アイお姉さまあああああああ!」


「ぎゃあああああああああああああああああああ――」


 フローラは恍惚の表情を浮かべながら、亜由美に抱きついた。


「フローラは、フローラはもうお側から離れません! 一生、付きまといますわ。もう短命一族の男なんかにお姉さまを渡してなるものですか!」


「離れてよ! 暑苦しいのよ!」


「当然です! 私のお姉さまへの想いは、灼熱の溶岩よりも熱いのですから」


「そういう事じゃなくて――ちょ、秀矢! 見てないで助けて」


「推しの絶叫からしか得られない栄養素ってあるよな」


「何、浸ってるのよ秀矢! 助けてえええええええええ」


 秀矢は、先ほど聞いたばかりの絶叫を脳内でしみじみとリピートする。


「ディオス様。私達は、これからどうすればよいのでしょうか?」


 イリアが言った。


「少なくとも、杖の探索は打ち切りだね。だから彼らと争う必要もなくなった」


「そうなると、オレ達は完全に手詰まりだな」


(ディオスと戦う事になったのも、杖を巡ってのことだもんな)


「ポチ。例の動画を再生して」


《かしこまりました》


 ポチは、壁の方に向いてからお座りの姿勢になる。


「父上から言伝を預かってるの。あそこの壁に注目して」


「言伝なのに?」


 ディオスは表情に疑問符を浮かべながら、壁の方に向いた。


 ハルマ、イリアの二人もディオスに続く。


 フローラは亜由美にご執心の様子。


 ポチの目から光が拡散された。


 どうやらプロジェクターの要領で動画を再生するみたいだ。


 壁いっぱいに、いつもの和室に座る蛟牙の姿が映し出された。


「写し身の水晶みたいなものか」


 ディオスは感心してるようだ。


「でも厚みが無いな。挿絵が動いてるみたいだ」


 ハルマの口調には、対抗心が滲み出てる。


 イリアは何も言わずに、壁に映し出された蛟牙に鋭い視線をぶつけてる。


「というか立派なじいさんになってんなコウガ」


「当たり前だ。普通の人間は80年も経てばは、ジジイになるだろう」


「うらやましいね」


 すると、映像の蛟牙が口を開いた。


「久しぶりだな、ディオス」


「そうだな、コウガ」


「――と言っても、会話はできん。わしが一方的に話すだけだ」


「なら、そう言って欲しかったな」


「この映像を見てるってことは、こうしてる今もディオスは死に切れてねえってことだな。死にきれねえと言えば、ハルじいは元気してるか? それとも酒の飲みすぎでくたばってるか?」


「生きとるわ、ジジイが」


 ハルマは壁に向かって悪態をつく。


「せっかく怪異空間を通じて再会したんだ。どうだ? この機会にわしの世界に来てみないか? お互い積もる話もあるだろうし、何よりわしの世界にある物で、不老不死の呪いから解放できるかもしれん。話は以上だ。いい返事を期待する」


 動画の再生が止まると同時に、ポチの目から光がなくなる。


「以上よ。その気があるなら、これより先は、あなた方を我が法龍院家の客人として、丁重におもてなしするわ」


「それじゃあ、お言葉に甘えて、御厄介になるよ。3人とも、いいよな?」


「オレは構わんぞ。たしか、あいつ『いいとこのお坊ちゃん』とか言ってたから酒は期待できそうだな」


 ハルマは快諾する。


「異論は、ありません」


 ややキツイ口調でイリアが返答する。


「お姉さまが行くなら、私も行きますわ」


 フローラは鼻息が荒い。


 散々まとわりつかれてるためか、亜由美は辟易してるようだ。


「それでは早速だけど、扉の奥にある障害物を取り除いてもらえるかしら」

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