第124話 潰える希望
意識を取り戻す。
体が重い。
頬がひんやりとする。
ホコリっぽい臭いが鼻をぬける。
そこまで考えて、ようやく倒れてることを自覚した。
(疑似英雄詩の反動か)
秀矢は懸命に歯を食いしばって、何とか立ち上がった。
身体を酷使した影響で、足がガクガク震える。
刃機を握る余力はない。
今の状態では、刃機を杖にすることすらままならないほど消耗してるからだ。
ディオスは相変わらず、にこやかに笑ってる。
「悪いとは思ってる。でも、勝負はついた。今更、そんなに怖い顔で睨まれても、こいつを返すつもりはないよ」
ディオスの手には、アスクレピオスの杖が握られてる。
長光が渡したのだろう。
今の秀矢は、無念と敗北感と憤りが混ぜこぜで、精神が不安定になってる。
倦怠感と肉体疲労がなければ、今頃は鬱憤を晴らすために、怪我することを厭わずに壁を思い切り殴りつけてるに違いない。
皮肉なことに、今の秀矢が立ち上がれたのは勝負に負けたから、という他はない。
「安心してくれ。この杖はこれ一つだけじゃない。現にボク達はここに至るまでに、これとは別の杖を見つけて、実際に使った」
「なら、今すぐに返せ!」
「それはダメだ。世界平和のためにも、ボクには1日でも早く蘇らせなければならない人がいるんだ」
「知ったことかよ!」
「お互い様だ。まあ、お詫びになるかどうかはわからないが、下り階段に陣取ってたモンスターは先ほどボク達が倒した。だから、諦めなければ、いつか杖を見つけられるよ」
「諦めて、たまるかよッ!」
「その意気だ」
ディオスが真顔になる。
真剣な眼差しで杖を注視してるようだ。
「勇者殿、早く杖を渡してよー」
フローラの声に応じるように、ディオスは笑顔になる。
「悪い悪い、偽物かどうかを確認してただけさ」
「ガラクタに、そこまでの魔力があるわけないでしょ」
「念のためさ。ここの宝箱は、罠がてんこ盛りだからね。万が一、フローラの身に危害があったら困るからね」
「――で、どうなの?」
「間違いなく本物さ。賭けてもいい」
ディオスはフローラに向かって、杖を放り投げた。
「トキヤ、せっかくの機会だ。杖の使い方を教えてやろう」
「それは、ありがたいね」
礼を口にしたものの、心中穏やかではない。
今まさに目の前で、推しを生き返らせるキーアイテムが消えようとしているのだから。
「まずは復習だ。第1の条件は『生き返らせたい人物の真名を知ってること』。人をたばかるための偽名ではなく、魂に刻みつけられてるほどに馴染みのある名前をね」
フローラはカバンから衣装を取り出すと地面に敷いた。
「第2の条件は『ダンジョンの中で使うこと』。原因はわからないが、外に持ち出しても使うことができない。ただ膨大な魔力があるだけの棒切れに成り下がる」
フローラは両手で杖を握りしめた。
「最後の条件は『生き返らせたい者への想いをありったけぶつけること』。愛情、友情、家族愛、相手との積み上げてきた思い出の数々……でもいいし、殺してやりたいほどの恨みつらみ、嗜虐欲に支配欲でもいい。とにかく、杖を握りしめ、顔を思い浮かべながら、生き返らせたい者への大きな想いを天に届けるように念じればいい」
《秀矢。3つの条件、保存しといたよ》
「助かる」
フローラは神妙な面持ちで杖を掲げた。
両目を閉じる。
地面にはラグのように敷かれたファンタジー色の強い衣装に無機質な壁。
とても、命を生き返らせる雰囲気とは思えない。
しかし不思議なことに、杖を掲げる金髪碧眼のエルフ、という構図一つで静謐と荘厳な沈黙をもたらし、神聖な儀式へと昇華する。
腹の内に渦巻いてた強い衝動は、いつの間にか消失していた。
杖の効果を知りたい、という好奇心が倦怠感を上書きする。
しばらくすると、杖そのものが白く輝きはじめた。
輝きは杖全体を覆うとフローラをも飲み込み、そして秀矢の視界を白く染め上げた。
目蓋を閉ざしてもなお、光を強く感じる。
視覚が奪われた時はアイボーが補佐をする手筈だが、亜由美からの呼びかけはない。
ナノマシンの大半が機能不全に陥ったから無意味と判断して黙してるのか、それともスマホの電池切れによる通信途絶か、目が見えないためわからない。
「男達は、あっちを向いてて」
フローラの声が聞こえた。
「その様子だと、うまくいったようだね」
ディオスの言葉が続いた。
まぶた越しから伝わる光の刺激が薄れる。
人の気配が増えるのを感じた。
秀矢は目を開いた。
フローラの側に敷かれてる衣装の上に、先ほどまでは無かった人の素足が見えた。
腰から上の部分は、フローラとイリアの体に阻まれてハッキリと見えない。
(死者を生き返らせる杖……その力は、本物ってわけか)
それだけで十分な成果と言える。
残された2年間と自身の生命を、杖の探索に費やす価値があると断言できる。
不安が払拭されたことで、緊張の糸が切れた。
倦怠感と肉体疲労が圧し掛かってくる。
意識が遠のく。
何やら耳障りな音が聞こえる。
人の言葉のようだ。
しかし、今の秀矢には、ただの雑音でしかない。
そして、目の前が真っ暗になった。




