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第123話 呪い……視点変更

 時は、秀矢が2度目のウルト発動の直前までさかのぼる。


 巳月は戦線から離れ、長光達のもとに向かった。


 すると日下部が声をかけてきた。


 先ほどまで、この世の終わりかのように落ち込んでたのが嘘みたいに穏やかな表情をしてる。


「巳月ちゃん、何かいいことあった?」


「え? ……日下部奈央、その言葉そっくりそのまま返すわ」


「私はね、すごく安心したの。やっぱり、殺人はダメだよ。まあ、結果論だけどね」


「時田秀矢は、まだ戦ってるわよ」


「そうね。でも、あの二人の戦いは、誰も死なないって思うの」


「それは、長光総司のアルティメイトアビリティが発動してないからかしら?」


「ただのカン、だけどね」


「ふーん」


「それじゃあ私は、師匠に言われた通り観戦に戻るわ」


 日下部の視線がそれた。


 秀矢とディオスの戦いの行方を追ってるのだろう。


 荒川はこちらを気にかけたのか一瞬だけ目を合わせるも、かける言葉が見つからないのか、すぐ観戦に戻った。


 話題のない巳月は声をかけずに、秀矢とディオスの戦いに目を向けた。


 特段、興味があるわけではない。


 手持無沙汰なので、何となく眺めてるだけ。


「お嬢、本当に助太刀しなくていいんですか?」


 長光が声をかけてきた。


「ええ。あなたこそ、観戦はいいのかしら?」


「僕は解説動画は好きですが、試合観戦は趣味じゃないんです」


「解説……動画?」


「世の中には『そういうものがある』とだけ留意してください」


「そう」


「それより今、お話してもよろしいですか」


「構わないわ。私も、あの二人の戦いに興味ないし」


 これは巳月の本心だ。


 巳月の見立てでは、秀矢の勝機は万に一つもない。


 その上、ディオスは秀矢を殺すつもりが微塵もない。


 それは傍目から見てもわかる。


 何故なら、実際に銃口を突きつけられた巳月は、拳銃そのものに驚きこそしたが、ディオスからは敵意の類を一切感じなかった。


 もし、そんな他意があるなら、銃口を突きつけられる前に気配を察知できるはず。


 それだけの修練と実戦経験を積み上げた自負がある。


 故に秀矢の敗北と無事が確定してる戦いには惹かれないのだ。


「『法龍院家の呪い』について、目を通しました」


「ふーん、それじゃあ知ってて聞いたの? 意地の悪い人ね」


「共通の話題から切り出すのは、コミュニケーションの基本ですよ。お嬢」


「なるほど勉強になったわ……それじゃせっかくだし、最初の質問に答えようかしら」


「恐れ入ります」


「最初に言っておくけど、時田秀矢を見捨てたわけじゃないわ」


「それは僕も同じです」


「あの二人の戦い、というよりディオスの様子を見れば、二人の戦いは五体満足で決着がつくのが目に見えてるわ。今の私では『不老不死の呪い』を解くことができないから」


「それは、お館様の呪いにも関係すると」


「ええ。直に呪いを受けた父上。そんな父上の血を継いで生まれた私にもね」


「トピックには、呪術者は不老不死の呪いをかけた者と同一、呪いを受けた時期もディオスと同じ、とありました」


「異世界で受けた呪いだもの」


「お館様にかけられたのは、断絶の呪い……つまり法龍院家の血を次世代に残さぬようにかけられた呪い。確かに、不老不死の呪いというものを間近で見なければ『呪いのせいで子供が作れない。仮に生まれても1年と経たずに息絶える』なんて話は噴飯物。現代の医学の水準に照らし合わせても耳を疑うのに、クローン生成を始めとするオーバーテクノロジーを有する法龍院家が口にしても、僕たちは信じられなかったと思います。しかし、この呪いが事実だとすると、1つ疑問が生まれます」


「何故、私が生きてるのか、でしょ?」


「仰る通りです。この呪いが事実なら、お館様の実子は、ここまで長く生きてるはずがありません」


「私は多くの試行回数の中で唯一、生き永らえることが出来た子供なの。何故、命をもって生まれてくることが出来たのか。仮説ならあるけども――」


「トピックには『経年で呪いの力が衰えた可能性』と『母体の素養』の2点がありましたね」


「残念なことに症例が父上一人だから、一生、解明されることはなさそうね」


「しかし、その呪いのおかげで、僕たちが仕事にありつけたと思うと複雑な気持ちです」


「こちらとしては、支払った給与で満足してくれる方がありがたいわ」


 話に水を差すように、秀矢のウルト『英雄叙事詩』の時間切れの通知が来た。


「そろそろ杖を渡す頃合いかな」


「まだよ。時田秀矢にはもう一つのアルティメイトアビリティがあるじゃない」


疑似英雄詩(それ)を、ここで使うと?」


「使うわよ。彼なら間違いなくね」


「そうなると、時田くんが無事で済むか心配になりますね」


「大丈夫。使った上で、大きな怪我もなく、時田秀矢の敗北で終わるわ」


 その時、秀矢のウルト『疑似英雄詩(キルマシン)』発動の通知が来た。


「お嬢の言った通りになりましたね」


「彼にとって、空閑亜由美(ストーカー)の存在は計り知れないほど大きいみたいだから、死力を尽くすまで諦めないでしょうね。でも、御覧なさい」


 秀矢とディオス。


 片方が斬りかかれば、もう片方は寸でのところで刃をかわし、即座に斬り返す。


 二人に、間合いをはかる様子はない。


 お互い、剣を振るえば体に刀身が触れるほどの至近距離で剣戟を繰り広げてる。


 それはさながら優雅なダンス。


 片や不死の身。


 片や理論値の化身。


 まさに人の理から外れた者同士の茶番劇。


「ある意味で凄いですね。あんな至近距離で斬り合ってるのに、刃が当たる気配がまるでしない」


「ただの曲芸よ」


「お嫌いですか?」


「好き嫌いの問題じゃないわ」


「失礼しました」


「でも、わかったでしょ? 私の言ってる事が」


「ええ。この様子なら、血を流す心配はなさそうです」


「だから、わざわざ見る必要がないの」


「お嬢の慧眼、恐れ入ります」


「それじゃ、私から一つ聞いていいかしら?」


「お答えできる事なら」


「あなたの給与の使い道。父上から聞いたけど、庶民にとって生涯で稼げる収入に等しい給金が支払われてるみたいね」


「まあ、ありきたりですけど、大学の学費と当面の生活費です」


「何か欲しい物とかないのかしら?」


「無駄遣いは控えるつもりです。何せ、4年ないしは6年間の学費、家賃、食費、光熱費だけで数千万は消えますからね。残りは投資と、社会人になってからの生活費です」


「……普通の仕事では、生活が立ち行かないの?」


「公務員を目指してますので」


「うらやましいわね。数年先の事を考えられるなんて」


「呪い、ですか」


「ごめんなさい、悪気はないの」


「構いませんよ。法龍院家の事情を鑑みれば、嫌味の一つでも言いたくなるというものです」


「父上にかけられた呪いの本質は、法龍院家(うち)の血を根絶やしにすること」


「承知してます。呪いのせいで、多くの子が亡くなったこと」


「おかげで他の兄弟姉妹は物心がついた時から、名前とお墓だけの存在よ」


「血を根絶やしにする呪いは子供だけでなく、クローンにまで及ぶ。だから、お館様は怪異空間の探索に出向かない。御身に万が一の事があれば血が絶えるから」


「代わりに、外部の者を大金で雇い、怪異空間に送り込む。今のあなたたちのようにね」


「少し意外でした。僕はてっきり、怪異空間攻略のために、超人に変えるナノテクノロジーにクローン、刃機、記憶操作等の様々なオーバーテクノロジーを開発したのかと思ってました。それがまさか、呪いのせいで第一戦から退く事を余儀なくされたために講じられた、次善策の副産物とは思いませんでした」


「そして、それらの策は法龍院家の血が途絶えても尚、怪異からの国家防衛と安全保障を担うわ。でも私が生きてる限り、血を絶やすつもりは毛頭ないわよ」


「それなら、時田くんとお近づきにならないといけませんね」


「――!?」


 長光の言葉に、心臓が飛び跳ねた。


 脳裏に秀矢の顔が浮かぶ。


 元より意識はしていた。


 その源泉は、法龍院家の次期当主としての使命感によるもの。


 しかし、それは、つい先ほどまでの話。


 ――女の子に拳銃を突きつけてヘラヘラしてる奴が気に入らねえだけだ!


 この言葉を聞いた時、我が身を案じてくれていた事に、生まれて初めての多幸感を得た。


 家族以外の者からの心遣いは、初めてのこと。


 胸の奥がじんわりと暖かくなる。


 その瞬間、巳月の中で秀矢の存在が大きく膨れ上がった。


時田秀矢(かれ)の子を身籠るのはあくまで、家のためよ。呪いを克服し、龍の次代に意志を継ぐために――」


「陰ながら応援してますよ、お嬢」


 そして、秀矢のウルト『疑似英雄詩(キルマシン)』の時間切れの通知が来た。


 秀矢のステータスを開く。


 バイタルに異常はない様子。


 二人の方に目をやる。


 先ほどまで機敏な動作を披露してた秀矢は、糸が切れた人形のように倒れた。

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