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第121話 禁忌

 ディオスとの戦いにおいて、崩壊の兆し(デッドリービジョン)は発動してない。


 それはすなわち、ディオスは手を抜いてる証拠。


(ムカつくけど、今の俺では真剣勝負だと相手にならないんだろうな)


 事実は、真正面から受け止めなければならない。


 ディオスにとって自分は、取るに足らない相手であること。


 だから、手を抜く余裕があること。


 そして、そこに唯一の勝ち筋があることを――。


 勝負の鉄則は、相手のやりたい事をやらせない事。


 今回の場合で言えば、相手が本気を出す前に決着をつける事。


 これは練習でもレクチャーでもない。


 勝負なのだ。


(舐めプ上等だ! せいぜい油断しててくれよ)


 秀矢は敢えて、英雄叙事詩(ヒーローモード)を温存した。


 ゲージの残量からして約1分30秒くらいだろう。


 無闇に手の内を明かせば、警戒を強めるだけ。


 慢心という隙をついて、一気に叩き込む。


 それがディオスとの戦いの最中に、見出した唯一の勝ち筋。


 今のままでは、ディオスに斬撃が当たる気がしない。


 同時に、ディオスからは攻撃を仕掛けてこない。


 狙いがわからない。


 短い間、共に戦った中で見たディオスの実力なら、反撃の一つや二つは容易のはず。


 疲労で動きが鈍るのを待つつもりなのか。


「力の差がわからないほどの使い手には見えないが――」


「女の子に拳銃を突きつけてヘラヘラしてる奴が気に入らねえだけだ!」


 同じことを繰り返す中で生まれた瞬間的思考が導き出した答えは、膠着状態の打破。


 このまま時間を費やしても事態が好転する兆しが見えない。


(こちらから仕掛けるしかないか)


 カードはある。


 かつて4階のモンスターを相手に繰り出した、攻撃に転じた一瞬だけウルトの使用。


 全スキルの解放により底上げされた身体能力で、ここまでの戦いで慣らされた目を欺き、高火力の剣スキルで一気に決める。


 後は、カードを切るのみ。


 ――英雄叙事詩(ヒーローモード)、起動。


 飛躍的に剣速が向上する。


光魔斬(デモンスレイヤー)!!」


 刃機から放たれる光の粒子が大きな刀身を形成し、目にも止まらぬ速さで袈裟斬りを放つ。


 光の中で、ディオスの表情が変わった。


 ペースを崩されたためか、人が変わったかのように凄まじい速さで剣を振るう秀矢に驚愕したのかは定かではない。


 確かなのは、一瞬だけ大きく目を見開いた後、情が消えたような暗い顔をのぞかせた。


 そして、ディオスは剣を下ろした。


 無我夢中だった。


 振り下ろした剣は止まらない。


 光の刀身がディオスの左鎖骨に触れた。


 包丁で豆腐を斬るように、わずかな抵抗と物を断ち切る高揚感を携えたまま、斬り下ろす。


 刃機の刀身がディオスの背骨を断ち切った時にようやく、ディオスに剣を下ろした、という事実を認識した。


「ぐっ……う゛う゛っ」


 ディオスの呻き声がした。


 地面に赤黒い染みが散らばる。


 刀身の光が消えた。


 急激に吐き気と罪悪感がこみ上げる。


 覚悟はしてた。


 冷静に、意図的に、目的を果たすために、自らの手で凶刃を振り下ろす。


 強い衝動に突き動かされた勢いのまま及んだ犯行にとは訳が違う。


 良心の呵責に苛まれ、人にすがりつきたくなる。


 しかし、後ろに振り返るのが怖かった。


「どいて!」


 語気を強めた巳月の声。


 同時に、視界には警告メッセージが出てきた。


 内容は『蒼竜咆。至急、射程外に避難せよ』


《こんな時に何考えてんのよ、エロガキ!》


 体がひとりでに動くのを認識した。


 飛び退いたようだ。


 亜由美が秀矢の操作したのだろう。


 全身が血濡れたディオスの姿が目に映る。


 次の瞬間、光と共にディオスの上半身が消えた。


 指令塔を失くしたディオスの下半身が血を流しながら、地に伏した。


「言ったでしょ……罪は、私が背負う」


 巳月の落ち着いた声が虚しく響く。


 事態は飲み込んでる。


 心と頭が受け入れまいと拒絶反応を起こす。


「これで父上の話の真偽がわかる」


《何で、じっちゃんが出てくるのよ》


「三人のお仲間の様子をごらんなさい」


 自分の意志とは無関係に、視線が下から上に動く。


 ハルマ、フローラ、イリアの三人を真正面から画角におさめる。


「……え?」


 三人の様子を見て、秀矢は面を食らう。


 その様子はさながら、スポーツの試合で大番狂わせが起こって、驚いたり感心してる観客席。


 オフラインのゲーム大会に出場した際に、何度か目にしたことがある光景。


 地に伏してるディオスの下半身は、今もなお赤黒い血を流し続けてる。


 見間違いではない。


 なのに彼らは誰一人としてディオスの死に対し、怒り、悲しみ、恐れに類するプリミティブな感情を表に出してない。


 かといって無理矢理、抑え込んでるわけでもなさそうだ。


《あれ? 何か変よ。あの体に、何か強い力が集まってるわ》


 あの体、とはディオスの事を指してるのだろう。


「うーん、あの力をもってしてもダメだったか」


 期待外れ、とでも言いたげなトーンでハルマが言った。


《ねえ。さっき、じっちゃんの話がどうこうって言ってたけど、それと関係あるの?》


「見てれば、嫌でもわかるわ」


《知ってるなら教えてよ》


「百聞は一見にしかず。私の口から説明するよりも、見た方が早いわよ。ほら――」


 それは突如、起こった。


 ビームの切断面からの流血が止まったと思った瞬間、黒いもやが切断面をかさぶたのように覆いつくした。


 そして、黒いもやからは、細くて赤い糸が地面を這うミミズのように動きならが生えてきた。


 赤い糸が腸、肝臓、心臓、肺等の人間の臓器を形成する。


 続けて、どこからともなく白いものが現れると、それは背骨、肋骨を形成し臓器を覆った。


《嘘!? 再生してるの!?》


 骨、血管、神経、筋肉、眼球、脳みそ……人体を構成する部位が次々と作られていく。


 そんな不合理で、おぞましい光景に、秀矢の目は釘付けになっていた。


 怖いもの見たさと、でも言うのだろう。


 恐怖と好奇心が同時に沸き上がり、奇妙な興奮を覚える。


 呼気が荒くなり、目を大きく見開いてるのを自覚した。


 しばらくすると肩、腕、指を形成し、むき出しの脳みそを守るように頭蓋骨が作られた。


 表皮のない人体模型。


 生の心臓が拍動する。


「楽にしていいわ。あの様子だと、父上の話は真実みたいだし」


 巳月の言葉の後、3Dプリンタのように腹部から頭頂部、指先にかけて表皮と頭髪が再生した。


 そして、腹部の黒いもやが消えると同時にディオスが起き上がる。


 両目が開く。


 光のない虚ろな目をのぞかせた直後、にっこりと笑う。


 秀矢は『わざとらしい』という印象を受けた。

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