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第120話 人と修羅に分かたれる

 長光は沈痛な面持ちで押し黙ってる。


「別に殺し合いを望むつもりはない。君達は試しに戦ってみて、ボクに勝ち目がないと判断したら降参していい。そうしたら、ボクは剣をおさめるよ。それでもダメなら……そうだ! こういうのはどうかな。もし、ボクが君達の内、誰かを殺してしまったらボクの負けでいい。そして死んだ人に杖を使うといい。使い方はボクのパーティメンバーが教える。これでやる気になったかい?」


 こちらの様子には目もくれずに、話を進めるディオス。


「随分と気前がいいのね」


 長光の代わりを務めるように、巳月が返事した。


「先に杖を見つけた君達に、無理を言ってるのはこっちだからね。可能な限り譲歩するよ。ボクって、いい人だろ?」


「いい人は、他人の物を取り上げようとは思わないわよ」


「耳が痛いね」


「どうしても、私達を見逃すつもりがないのね」


「杖を譲ってくれたら、何もしないよ」


 巳月がサムライ衆を見回す。


 ディオスの提案に応じるか否かを無言で問いかけてるようだ。


 サムライ衆の間に、重苦しい静寂が満ちる。


 無理もない。


 相手は人間。


 わずかでも人間性を持ち合わせてる者なら、戦いを躊躇うのは当然だ。


 誰もが無言のまま立ち尽くす中、秀矢は一歩前に踏み出した。


「俺が相手になるよ」


 自分自身に言い聞かせるように言った。


 荒川が口を開く。


「人殺しと非難されるのは、あまり良いもんじゃねえぞ」


「覚悟の上です」


 さらに前に進む。


 背中に視線を感じる。


「ごめん、師匠。私、やっぱりダメ」


 嗚咽まじりの日下部の声がした。


 黙って、振り返る。


 日下部は、目に涙を浮かべて、口元を手で抑えてる。


 何かを必死にこらえてるようだ。


 見ていて胸が苦しくなる。


「ここで人殺しになったら私、家族に合わせる顔がなくなっちゃう。そんな気がするの……だから……うぇ」


 日下部の顔が青くなる。


「サクナ、君が気に病む事はない。これは、俺だけの問題だ。」


 涙をうかべる日下部の瞳には、恐怖の色がありありと見えた。


 日下部の存在が遠のいていくような気がした。


 胸が締め付けられる。


 それでも意を決して、前に進む。


「長光さん、もし俺が負けたら、杖は、あいつに渡してください」


「言われるまでもない」


 長光は目を合わせずに言った。


「たとえ、あなたの手が血に塗れても、私の意思は揺るがないわよ」


「そっか」


 巳月の言葉に素っ気無く返す。


 ディオスと対峙する。


 にこやかに笑うディオスを見据える。


《私は嫌よ!》


「それなら、アイが俺を止めればいい」


 そう。


 亜由美が生き返る事、それはすなわち相棒で無くなる事。


 そうなれば、親友のように談笑することもなくなる。


 相棒から推しに。


 亜由美からアイに。


《そんなの――》


「今の君なら出来るだろ。士道不覚悟と断じるだけだ」


《ううっ、ずるいわよ。私にそんな事、できるわけないじゃん》


「アイの手で人生の幕を下ろしてくれるなら、俺は本望だよ」


《そこまで厄介ファンだとは思わなかったわ》


「そうだよ。知らなかったのか?」


《……ああッ! もう、わかったわよ! 底なし沼だろうが地獄だろうが、どこまで付き合ってあげるわよ!》


 思えば、この3か月は夢のような日々だった。


 職場の同僚ですら恐れ多いのに、取るに足らない男の命を身を挺してまで助けてくれた。


 感謝をしてもしきれない程の恩義がある。 


 一時とはいえ妬心を抱いてた自分を恥じるどころか嫌悪するほどに。


 だからアイのためにも、夢は終わりにするべきだ。


 そして元の関係に戻ったら、契約満了までアイの命を何としてでも守り抜く。


「ありがと……それじゃ行くぜ相棒! ……刃機、抜刀!」


 秀矢は刃機を構えた。


「熱くなってるところ申し訳ないが、君の本当の名前を教えてくれないか?」


「トキヤだ」


「コウガですらラストネームがあるんだ。君達に無いわけじゃないだろ?」


「悪いが男に名乗る名前は無いんだ」


 刃機の切っ先をディオスに向ける。


「勘弁してくれ。……君を殺した時に、必要になるから聞いてるんだ」


「……」


「アスクレピオスの杖を使うための条件の一つに『生き返らせたい人物の真名を知ってること』というのがあるんだ」


「それなら、力づくで口を割らせてみな!」


 秀矢が猛然と斬りかかる。


 ディオスは薄ら笑いを浮かべたまま、ひらりと躱す。


 速やかに二の太刀を繰り出す。


 躱される。


 刃機を振るう。


 顔色一つ変えずに、紙一重で躱される。


 何度も斬りかかるがディオスにはかすりもしない


「トキヤは、ボクとの力の差がわからない程の使い手なのかい?」


(わかってるさ、そんなもの!)


 懲りずに刃機を振るう。


「君がボクの真剣勝負の相手が務まるわけないだろ。……せいぜい遊び相手が関の山さ」


「なら俺と遊んでくれよ。丁度、暇を持て余してたところだ」


「生憎、ボク達には時間がない」


 刃機から凄まじい衝撃が伝わる。


 ディオスの剣を受けたためだ。


「安心しな。さっきも言っただろ。殺しはしない。少々、痛めつけるだけさ」


 ディオスが剣を構える。


 剣戟に不釣り合いな笑顔のままで。


(やっぱりな。あの話が本当なら――)


 秀矢は、ディオスとの力の差がある事は承知していた。


 それでも尚、ある一点を気にかけてる。


 それは、崩壊の兆し(デッドリービジョン)が発動してないこと。


 あの話――崩壊の兆し(デッドリービジョン)の発動条件について思い返す。


 発動条件に着目したのは先週のこと。


 宝箱には、命に関わる罠が仕掛けられてる事を知った時。


 その疑問は、長光が宝箱の開封に勤しんでて暇を持て余した時、時間つぶしのつもりで何となく口にした。


 ◇◇◇


「亜由美。ふと思ったんだけどさ、何で危ない罠があるのに崩壊の兆し(デッドリービジョン)が発動しないんだ?」


《長光先輩のウルトはね、一見、万能に思えるけど、よくよく見直すと厳しめなのよ。発動条件は、覚えてる?》


「たしか『パーティを危機的状況に追い詰める敵と対峙した時』だっけ?」


《正解。――で問題は『敵と対峙した時』の所ね》


「そうか! 今まで発動した相手は、明確な敵だったけど、罠は違うってことか」


《うん。罠は、ただの仕掛けだからね。災害も同様だって。後は、事故も発動しないって》


「ダンジョンで災害があるのかはともかく、事故については殺意がない、故意じゃないから発動しないのか」


《そうね。私が長光先輩に聞いた話だと『崩壊の兆し(デッドリービジョン)は、敵対者の強い意志が向けられた時に定まる戦いの因果から、一番最悪の未来を予知する能力』なんだって》


「強い意志?」


《端的に言えば、恨み、憎しみ、怒り、殺意、敵意に相当する感情かな》


「なるほど」


《だからね、相手が強いだけだと発動しないの》


「何でだよ」


《秀矢はさ、ゲームで初心者にレクチャーの一環で対戦をする時、100%の力で相手にする?》


「教える側の立場なら、初心者相手に本気は出さないな。仮に普通の対戦でも、相手が初心者だと判明したなら手加減すると思う」


《でしょ? そういう時も発動しないの。だって手加減するってことは、相手に対して強い意志を向けてないから。雑な言い方をすると『舐めプ』されてる時ね》


「納得」


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