第117話 再会
ディオスの気配が遠のく。
追いかけてくる様子もない。
「うまくいったみたいね、そうちゃん、巳月ちゃん」
「ああ。彼が獣に乗りっぱなしで助かったよ」
「自慢の剣が届かないくらい距離が開いてたおかげで、長光総司の超能力を使って足を止めることができた。そこに私の護符が後押しって作戦よ」
《黒き獣の解析には少々手間取りましたが、作戦がうまくいって何よりです》
《あれ? 何かおかしくない?》
《空閑様、いかがなされましたか?》
《うーん、さっきから調子がおかしいのよ》
「死んでるからだろ」
《うっさいわね、荒川。ねえ、秀矢はどう?》
「調子と言われてもマップは正常だし、俺達のスマホ同士の通信も異常はないよ」
《まあ目的地も近いことですし、何か異常があれば屋敷に帰還した時にでも――ん》
「ポチ、どうしたの?」
《巳月お嬢様。ベースキャンプが近いはずなのに、私とサーバーとの通信にラグが生じております》
《それよ! 何かサーバーからのレスポンスが微妙に悪いのよね》
「おかしいわね。先週ならともかく、今日はベースキャンプがあるから、この辺りなら回線は安定してるはずよ」
《エロガキが手抜き工事したんじゃない?》
「失礼ね。ベースキャンプ完成後の動作確認はちゃんとやったわよ。結界も張ったし」
《本日の任務開始時点では通信速度、設備の動作、建築物の耐久性、転移装置は全て正常。部外者が侵入した痕跡もございませんでした》
議論の最中、秀矢はある疑問が浮かんだ。
これは五体満足で走り続けてるため、失念してたこと。
「思ったんだけどディオスの仲間は、何で俺達を追いかけてこないのかな。映像が正しければ、後3人いましたよね?」
「言われてみれば確かに」
長光も見落としてたようだ。
「つってもベースキャンプはもうすぐだろ。今は、帰る事に専念しようぜ」
荒川の言う通り、ゴールは近い。
しかし、秀矢の中には不安が広がっていた。
「そんな……みんな、これを見て」
先行してる日下部からの通話。
しかし、その声は何かに怯えてるかのように震えてる。
直後、1枚の画像が送られてきた。
それは、無残な姿に変貌したベースキャンプの入口だった。
地面には、ひしゃげた分厚い鉄板と化した扉。
入口から見える範囲の内部だけでも、床と壁には裂傷のような窪みと散乱した機材の破片が目につく。
武器を持ったオークが暴れ回った、とでもいうべき状態と言える。
《ラグの原因は、中継地点となるベースキャンプがやられたからね》
「亜由美。随分と冷静だけど、過去にベースキャンプが破壊されたことはあるのか?」
《無いわよ。でも、私達の世界に繋がる上り階段は、すぐ近くだし――》
「確かに、帰り道が消えたわけでもないけどさ。他にベースキャンプは無いのか?」
《残念だけど、7階は1つだけよ。開拓が進まないと増設できないもの》
秀矢たちは、壊れたベースキャンプに到着した。
《内部に不審者の気配はないようですが、念のため私が確認してきましょう。皆様はここでお待ちください》
ポチがベースキャンプに入る。
《これは、手酷くやられましたね。転移装置をはじめインフラが機能不全に陥ってます。加えて、食料保管庫の破損により水と食料もダメになってます。これは早急の帰還を推奨します》
「言われなくても、帰還するつもりだけどね」
《これは失礼しました。長光様》
長光がベースキャンプに入ったため、後に続く。
目が染みて、物の焦げた匂いが鼻を刺す。
「目につくものを手当てり次第壊したって感じね」
日下部が言った。
「これがミステリー小説なら『お前達を逃さない』って宣告してるようなものだね」
「ひでえ惨状だな」
続けて長光と荒川が壊れたベースキャンプの見解を口にする。
《エーテルの残滓を検出したわ》
「ということは、この焦げは魔法か」
《そうね。7階のモンスターなら、これくらいの事はできそうだけど――》
「それはないわ。モンスターに見つからないように、私が結界を張ったもの」
《でも、現にこの有様じゃない》
「だから『モンスター以外の何者かが壊した』としか考えられないわよ」
「まあ、そういう事になるよな」
《長光様、拠点の被害状況の記録が完了しました》
「わかった。みんな、今日のところは6階から帰還しよう」
ベースキャンプを出た秀矢たちは、自分達の世界に繋がる上り階段に向かった。
胸騒ぎがする。
モンスター以外の何者かが壊した――巳月の言葉が焦燥感を煽る。
階段に向かってると、今までに聞いた事のない声が耳に入る。
声は階段に近づくにつれて大きくなる。
「うおおおおおおおおん、おんおんおん」
秀矢たちは足を止めた。
声の主が、階段のある扉の前に居座ってたからだ。
「ハルマ様、いい加減、泣き止んでください。これも世界の平和を取り戻すためなんです」
「そうよ。これも、お姉さま復活のためなのよ」
声の主――ハルマと呼ばれた小柄な老人は、人目をはばからず叱られた子供のように泣き喚いてる。
ハルマ様、と口にした白い修道服の女性が小柄な老人をなだめる。
二人の側には、金髪碧眼のエルフ――フローラの姿があった。
機能不全に陥ったベースキャンプを目の当たりにして高まった緊張感が消え失せた。
「なんだ、あのじじいは」
「そうちゃん、どうする?」
《泣き喚くのはいいけど、もうちょっと離れてほしいわよね》
異世界人と思しき3人組を見たサムライ衆からは毒気が抜かれた模様。
しかし、問題の3人組は階段のある扉の前に陣取ってる。
素通りは難しいだろう。
「どかすだけなら、これでいいでしょ」
いつの間にかポチが青龍に変形しており、巳月の指は引き金にかかってる。
「お嬢、待ってください! ここは穏便にすませましょう」
「でも、あのエルフは、杖を狙ってるんでしょ? それなら、あの扉ごと吹き飛ばすつもりで、強力な一撃をお見舞いするべきよ」
「しかし、それでは――」
「彼らの身を案じてるなら安心して。罪は、私が背負う。あなた達に迷惑はかけないわ」
巳月は本気のようだ。
秀矢は思わず声をかけた。
「待ってくれ巳月。サブクエストはあくまで、ディオスとの交戦。彼らはディオスじゃない」
「……わかった。あなたがそう言うのなら、この場は大人しくするわ」
《ちっ……何で秀矢の言う事は素直に聞くのよエロガキ》
「あーっ! あの時の短命一族ッ!」
聞き慣れた言い回しが聞こえた。
フローラがこちらの気配に気づいたようだ。




