第116話 エンカウント
「師匠! だいちゃん! 後は、お願い」
日下部が先陣をきって、道を阻むモンスターに向けてハンマーをフルスイング。
「オッケー、サクナ」
「任せな、姐さん」
体制が崩れたモンスターを秀矢と荒川がさらに追撃し、道を作る。
「お嬢、頼んだよ」
「ええ――これでしばらく、動きを止められるわ」
日下部と巳月は後方にいるため、動きは見えない。
しかし、殺気が遠のいた事が二人の戦果を物語る。
こうして、サムライ達が道を阻むモンスターを何度か蹴散らした頃、ポチからの通話が来た。
《皆様方、凄まじいスピードで、我らの追いかけてくる者がいるようです》
《エロガキの術が解けただけじゃないの?》
《この様子、モンスターとは別物のようです》
「ポチ、後方の映像を回して」
《承知》
《ポチって、後ろにカメラあるんだ》
《どのような形状でも撮影できるように、いくつも搭載しております。白虎モードであれば全方位の同時撮影が可能です》
《ポチ、私にも映像を共有して》
《かしこまりました》
ポチの背に乗ってるおかげで監視にリソースを割ける巳月とアイボーである亜由美が後方にいる追跡者をチェックするようだ。
「妙な気配ね。精霊、悪霊、式神、動物……いずれにも該当するけど、そのどれでもない。こんなの初めてよ。なんなの、あの獣は!」
《そんな事より、あの黒い虎、人を乗せてない?》
《空閑様の言う通り、未知の気配の中に、人間の気配が紛れてる様子》
「あの顔――長光総司。あなたの予感は見事に的中したようね。とっても悪い方向に、だけど」
《あの虎、さらにスピード上げてない!?》
《もはや、追いつかれるのは時間の問題です。長光様、ご指示を!》
(巳月の口振りからして、ディオスが迫ってきてるのか。くそっ! よりにもよって、こんな時に!)
秀矢は心の中でひとりごちる。
『一旦、止まろう。振り返って、応対する』
長光からの全体チャットが来た。
文に読み終えると同時に足を止めて、回れ右をする。
ポチの言った通り、黒い虎にまたがったディオスの姿形があった。
前を向いたままなら後ろから奇襲を受けてたに違いない。
それほどまでに接近していた。
『彼と事を構える気はつもりはない。だから手出しは無用だ』
こちらの意図を汲んでくれたのか、黒い虎の足が止まる。
そしてディオスは、出会った時と同じように、笑顔を浮かべてる。
「久しぶりだね……えっと、名前なんだっけ?」
《名前を覚える努力はどうしたのかしら?》
「君達を追いかけることに労力を費やした方がいいかな、と思ったんだ」
「そんな物騒な生き物を持ち出してまで、僕たちに何か用があるのかな?」
長光が訊ねる。
ディオスは顔色を変えずに口を開いた。
「その杖をかけて、ボクと勝負しないか?」
「断る。先に見つけた僕たちが、後続に配慮する筋合いはない」
「うーん、困ったな。恐ろしく冷静で隙が無い」
「申し訳ないが、これは僕たちにも必要な物でね。あなたに譲るわけにはいかないんだ」
間髪入れずにディオスの提案を拒否する長光。
言葉とは裏腹に、笑顔を崩さないディオス。
(勝負、か――)
秀矢は日下部の方に目をやる。
案の定、日下部の様子は他のサムライとは違った。
長光、荒川、巳月の3人は、目に力を込めてるが表情は穏やか。
平静を装いつつも警戒を緩めない。
そんな顔をしてる。
一方、日下部は緊張が顔に出てる。
『サクナ、落ち着いて。長光さんも戦う気は無いって言ってただろ』
秀矢は日下部に個人チャットを送信した。
『ありがと、師匠。でも、私は大丈夫だから』
返信はすぐに来た。
しかし、日下部の様子は変わらない。
(いざとなれば俺が相手をしてやる)
『秀矢も落ち着きなさい』
亜由美から個人チャットが来た。
『俺は冷静そのものだ』
『嘘おっしゃい。お姉さんは全部、お見通しよ。血圧、脈拍、脳内麻薬の分泌量、各種臓器の動きから大体わかるもん。今の秀矢、闘争心があふれてるわよ』
『アイボーは、何でもお見通しなんだな』
『私はね、秀矢が死ぬのも嫌だけど、秀矢が人殺しになるのも嫌なの』
『安心しろ。勝負を受ける気はあるけど、人殺しになるつもりはない』
(でも、亜由美のためなら……こういうのを厄介ファンとでも言うんだろうな)
元々、配信者とリスナーの関係。
そこからプロゲーマー繋がりで、稀に一緒のゲームをプレイするだけ。
それだけでも僥倖。
今みたいに、魂だけの存在とはいえ友達感覚でいる方が異常なのだ。
それが元の関係に戻るだけに過ぎない。
秀矢は覚悟を決めて、命の序列をつけた。
ディオスからは明確な敵意を感じない。
黒い獣も借りてきた猫のように大人しい。
だが敵意が無いことは、安全の保障には至らない。
何故なら、敵意をむき出しにする詐欺師はこの世に存在しないから。
「交渉事なら、せめて下に降りてきてくれないか。首に負担がかかる」
「断る。全速力で長い距離を走っても、息を切らさずに平然としてる君達を逃したくないから」
ディオスと話し合いの最中の長光から全体チャットが来る。
『合図を出したら、マラソンの続きだ』
ディオスには黒い虎という『足』がある。
つまり合図とは『足』がどうにかなった時の事を指すのだろう。
「大体、君達は杖の使い道を知ってるのかい?」
「わからなければ調べるまでさ」
その時、黒い虎が低い唸り声を上げながら身が縮こまる。
「どうしたんだ? バチが当たったのか?」
ディオスが黒い虎に気を取られてる。
そこに、巳月が何枚かの護符を黒い虎に向けて放った。
護符が黒い虎に張り付く。
「グゥゥウウウウウ――」
苦悶の声を呼ぶに相応しい、黒い虎が呻き声をあげた。
そして、長光と巳月が素早く身を翻す。
その動作を合図に、秀矢は走り出した。




