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第115話 最悪のタイミング

 アスクレピオスの杖を回収した秀矢たちは開拓を兼ねて、来た道をとは別の道を通って、ベースキャンプに戻る事にした。


 すぐには帰還しない。


 杖を屋敷に持ち帰ることと任務を同時進行するためだ。


 もし早めにベースキャンプに到着したなら、近場の未開拓エリアを開拓して時間を潰す。


 反対に遠回りになると予想された場合、時間と消耗度合いを見て、来た道を引き返す。


 杖は今、長光のサイコアームズの左腕部が握りしめてる。


 幸いにも杖の回収前と後で、エンカウント率が上昇した気配はない。


 秀矢たちは慎重に、しかしモンスターには容赦せず、ベースキャンプのある方角に向かいつつダンジョンを開拓する。


《長光様、扉を発見しました。いかがなさいますか?》


 先行してるポチからの通話だ。


 同時に、両開きの金属製の扉が映し出された。


 ポチの視点をライブ配信してるのだろう。


「周辺にモンスターの気配は?」


《ございません》


「わかった。その場で待機を」


《かしこまりました》


 程なくしてポチと合流した。


 目の前には、両開きの金属製の扉がある。


 7階の探索中に何度も見かけたでは開閉した扉なので、特別警戒を強めるようなことはしない。


 ただダンジョンの扉には、ありとあらゆる波と粒子を遮断する性質がある。


 それはすなわち、扉1枚を挟むだけで通信が途絶し、扉の先を探知することが不可能であることを示してる。


 現に、6階のボス戦の崩壊の兆し(デッドリービジョン)は、扉を開けた後に発動した。


「ポチ、扉を開けるよ。準備はいいかい?」


《いつでも》


 長光は杖を地面に置いてから、サイコアームズの両碗を使って金属製の扉を開けた。


 ポチが素早く通り抜けて中に入る。


 同時に、向こう側から凄まじい圧力を感じた。


 ポチの目から受信した映像には、その圧力に見合う光景が映っていた。


 でっぷりと越えた爬虫類の胴体から大蛇が複数生えてるモンスターと豆粒のように小さな人間が4人が死闘を繰り広げてる。


《見た目だけで検索すると……ヤマタノオロチ、ヒュドラがヒットしたわ》


「たしかに、ゲームでよく見る化け物に似てるわね」


 亜由美と日下部が映像のモンスターに関心を示す。


「ポチ、今すぐ引き返すんだ!」


 長光が声を荒げる。


 ポチは速やかに引き返した。


 ポチが扉を通り抜けると同時に、扉がひとりでに勢いよく閉じた。


 サイコキネシスの仕業なのだろう。


「どうしたんだよ、リーダー。んな血相、変えてよ」


「緊急クエストは無いみたいだね」


《そうね。サブクエストは、あるけど》


 話してる暇はない、と言わんばかりに、長光から進行ルートが記されたマップと全体チャットが送られてきた。


 ルートは、現在地から7階のベースキャンプを結んでる。


 遠回りではあるが開拓済みの道を通るため確実なルート。


 現在地とベースキャンプを直線で結んだ距離は、示されたルートに比べてとても短いが、道中の大半は未開拓のゾーンのため不確実。


 確実に、ベースキャンプに戻れる保障がないと言っても過言ではない。


 何より長光の様子からして、今の状況は相当、切迫した状況と見るべきだ。


 最短ルートを外したのは、余計なリスクを増やさないためだろう。


『今すぐ、走ってベースキャンプに戻ろう。訳は移動しながら伝える』


《巳月お嬢様は、私の背に》


 秀矢がチャットの文面を読み終えると同時に、サムライ達は扉から離れるように走り出す。


 走り出した直後に、亜由美から全体チャットが来た。


『ポチの記録を解析したんだけど、あのデカブツと戦ってた人達の中に、ディオスとフローラの姿を確認できたわ』


『そしてフローラのお目当ては、この杖だ。情報提供者でもあるから大変心苦しいけど、ここは空閑さんの命を優先することにした』


『お気持ちは、ありがたく受け取るわ』


 フローラの名前を聞いた瞬間、心拍数がさらに上昇した気がした。


 ――死者を蘇生する秘宝、アスクレピオスの杖を探し求めてやってまいりました。


 今でもフローラの言葉は鮮明に覚えてる。


 秀矢にとって、ダンジョンに挑む最大の目的だから。


 秀矢は、自分自身の運命を呪った。


 過去にも同じようなことがあった。


 中学生の頃、配信者として順風満帆だったが、エンターテイナーの才能が無いことが災いし、早い段階で収益が頭打ちになったこと。


 そして今回は、思わぬところでアスクレピオスの杖を見つけて、ようやく亜由美に恩返しが出来ると思った矢先、同じく杖を求めるライバルとの鉢合わせ。


 幸運は長く続かないものだと、まざまざと思い知らされる。


『走ってるところ悪いけど日下部さん、荒川くん、時田くんの3人は前衛を頼む』


『前に出るのは構わねえが、戦うのか走るのかハッキリさせてくれねえか、リーダー』


『押し退ければいい。足を止めるつもりはないから』


『ひっきりなしに襲ってくるゾンビの群れをかき分けたのを思い出すわね』


『どかしたモンスターは、後衛の僕とお嬢が、追いかけてこないように抑える。お嬢、よろしいですか?』


『もちろんよ。幻惑、障壁、攪乱、牽制……この階層の敵なら問題ないわ』


『日下部さんは、状況に応じて奇襲をかけてほしい』


『わかったわ。どかすのは、私の得意分野だし』


 奇襲の肝は、日下部の履いてるブーツ型刃機だろう。


 巨大なハンマーを担ぎながら、凄まじいスピードで縦横無尽に駆け回る機動力を有する日下部なら、走ってるサムライの中から飛び出して、機先を制するのはお手の物。


(ここまできて、諦めてたまるか!)


 秀矢は懸命に走る。


 ナノマシンによる身体能力向上とリミッター解除のおかげで全速力を出し続けても、息を切らす事はない。


 ディオス達に見つかる前に、ベースキャンプに到着すれば勝利。


 走行距離とルートは明確。


 勝ち筋を見えた。


 あとは迷わず走り切るだけ。

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