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第112話 マンハント

 秀矢たちは今、1階のベースキャンプにいる。


 刃機のセットアップを終えた直後、任務開始前だがサムライ衆の間には、重苦しいムードが漂ってる。


 長光、秀矢、荒川の三人は気乗りしない、と言った感じで、巳月は平然としてる。


 そして、日下部は思い詰めた顔をしてる。


《しかし、じっちゃんも人が悪いわね。私達に人殺しを頼むなんて》


 ムードを変えるためか、亜由美がおどけた口調で言った。


「心配には及ばないわ。父上は、口ではああ言ったものの、本気じゃないわ。タスクを開いてみて」


 巳月の言葉に応じるよう、秀矢はタスクの画面を開いた。


 サブクエスト、緊急クエストの欄がない。


「確かに、タスクには何もない。お館様が『言ってみただけ』というのは本当みたいだね」


「長光さん、さっきみたいなタチの悪い冗談は過去にありましたか?」


「あるにはあるけど……ただ思い返すと過去の発言と今日の発言、一つ明確な違いがあるね」


「どんな発言ですか?」


「報酬が付け足されてた。それも内容が具体的にね」


「俺達全員、1億円追加と即時契約満了、という話でしたね。正直言うと少し揺れました」


《秀矢……さすがに、人殺しは見過ごせないかな》


「安心してくれ、報酬が魅力的に見えただけだ。俺の目的は、亜由美の復活。まだ半年も経ってないのに、契約を打ち切られてたまるか」


《微妙に安心できないけど、安心したわ》


「死ぬつもりはさらさらない」


《それなら良し!》


 秀矢と亜由美の話がひと段落つくのを見計らうように荒川が口を開く。


「時田のいう通り、報酬は魅力的だ。でもよ、タスクにないなら、報酬の話も無い、と考えるのが普通じゃないか?」


「……」


 日下部は難しい顔をしたまま口を閉ざしてる。


「お館様の話はここまでにしよう。僕たちが話をしても埒が明かない」


《皆様方、タスクに目を通してください》


「ポチ、タスクならさっき見た――ん!?」


 秀矢はぼやきながらポチの言葉に従い、タスクを開いた瞬間、驚きのあまり言葉を失った。


 サブクエストが追加されてたのだ。


 ご丁寧に件名には、ディオス討伐の文字。


 固唾を飲みつつ報酬を見る。


 報酬は2段階で分けられてる。


 第1段階は、ディオスと交戦。


 報酬は、宝箱を開封した時と同じ額――1億円に比べたらお小遣いに等しい。


 第2段階は、ディオスの討伐。


 報酬は、蛟牙の話に出た退職金1億円上乗せと即時契約解除。


(マジかよ……)


 緊張で息が苦しくなり、体が震える。


 呼吸を整えるため、大袈裟な深呼吸をする。


《落ち着いて、秀矢。これは、サブクエストよ》


「サブクエスト……どういう意味だよ」


《ざっくり言うと、緊急クエストはマストだけど、サブクエストはスルーしていいの》


 亜由美の言葉に、先週話した宝箱の件が思い浮かぶ。


 開けずに放置したら、翌週誰かに開けられてた。


 つまりそれは『宝箱は開けなくてもペナルティがない』という証左であり、亜由美のいう通り、サブクエストは無理して達成しなくても良いという事。


 無理して人を殺さなくても良い、という話と聞いて、安堵する。


「父上の計らいよ」


「お館様の?」


「ええ。あなた達が父上の言葉を気にかけてたみたいだから、今さっき父上に確認したの。その答えがサブクエスト(これ)よ」


「内容はともかく、随分と話が早いですね」


《蛟牙様によれば、巳月お嬢様より前に日下部様から話があったとの事です》


 ポチの言葉を合図に、日下部に視線が集まる。


 当の本人は視線に気づいたためか、顔を上げた。


 ひどく困惑してるようだ。


 冗談を口にしたら、思った以上に深刻な事態を招いて戸惑ってる、そんな感じだ。


 報酬に諸手を上げて喜ぶ雰囲気ではない。


 目を向けるも、かける言葉が見つからない。


 異世界人とは言え、人間であることには変わらない。


 サブクエストは『討伐』と銘打ってるが、結局のところ殺人である。


 雇用主と旧友の間に、如何なる事情があっても、殺人を肯定することはできない。


 皆、サブクエストの内容が殺人であることを承知してるためか、戒めるように空気が重く圧し掛かる。


 どのくらい時間が経ったのかわからない。


 秀矢の体感では5分ほど経過した頃、「日下部さん」と長光が喉の奥から絞り出すような声を出した。


 日下部は「うん」と元気の無い返事をする。


 長光が意を決したような顔になる。


「民事に、殺人に関する罰則はない。これは事実だ」


《長光先輩! 正気ですか!?》


《たしかに長光様の言う通り、殺人は刑事事件であり民事事件ではございません。そして、あなた方、民間人が厳守する規則は民事です》


「そしてダンジョンでの殺人に、日本の行政と司法が関与できるとは思えない。おまけに相手は異世界人。つまり、僕たち住む地球の住人じゃない」


「……」


 日下部の唇がきつく結ばれる。


《捕まる捕まらないの問題じゃないでしょうが!》


 亜由美が吐き捨てるように言った。


 しかし、長光の話は止まらない。


「僕たちは、任務から離れれば、住む場所も通う学校も職場も全く異なる赤の他人。そして無事に退職して、法龍院家との縁を切れば、任務に関わる記憶は全て消去される。そうなれば、日下部さんの事を咎める人間は居なくなるし、日下部さん自身が忘れるから良心の呵責に苛まれる心配もない」


「長光総司……事実とはいえ、あんまりよ」


「あくまで同僚としての意見です。彼女には彼女の人生というものがあり、僕はそれを最優先にするべきだと思ってます。だから迷いを断ち切るために、なにより思い残すことが無いように『決断』するためにもね」


 日下部が何故ディオスの討伐報酬を気にかけたのか。


 そこに日下部がサムライになった要因があるのだろう。


 ただ人生経験の浅い秀矢には、人を殺してでも金を得る要因が何なのか、納得できる答えが思い浮かばなかった。


 長光は、その要因を知ってるに違いない。


 だからこそ、日下部の行動と決断を尊重するつもりでいるのだろう。


(サクナには、人を殺してほしくない。いや、サクナだけじゃない。知り合った人間全てに手を汚してほしくない)


 殺人を忌避する本能と秀矢の倫理観が言語化された。


 だけど、それを口に出すまでには至らない。


 何故なら、自分の言葉が無責任で身勝手な要望であることを理解してるから。


「日下部さん、結論を急ぐことはない。むしろ大いに悩んで悩んで悩み続けてくれた方が僕としては助かる」


「え?」


「当たり前だろ、僕は人殺しなんてゴメンだ。ポリシーに反する」


 長光は、シリアスな空気を払拭するような軽い口調で言った。


《長光先輩……さんざん煽っておいて、そうきますか》


「判断材料を提示したまでさ」


「相変わらずリーダーは、人が悪いな」


 場の空気が和やかになったのを感じると、秀矢は緊張を解くため嘆息を吐いた。


「長光さん、心臓に悪いですよ。俺はてっきりサクナをそそのかしてたのかと思ってましたよ」


「ひどいな時田くん、殺人教唆なんて人聞きが悪いだろ」


(あんたは、人が悪いだろうが)


 その時、右腕に人肌を感じた。


《何、秀矢にくっついてんのよエロガキ!》


「早期に契約が打ち切られる可能性があるなら、小作りも急ぐべきと判断したのよ」


《こんな時に発情してんじゃねえよ!》


「魂の叫びは、ともかく――」


《いちいち腹立たしいわね》


ディオス(あいつ)との交戦を避けるのは私も賛成よ。今の私達では、仮に倒せたとしても無事ではすまないもの」


「お嬢の見立てでも、ディオスは強敵に見えますか」


「任務でも相手にしたくないわ。悔しいけど、父上の戦友と知って納得した」


「助かります。ですが――」


「『覚悟』はしておけ、でしょ? 大丈夫よ。私は法龍院だもの」


《覚悟って、奈央姉だけじゃないの?》


「うん。僕たちが彼との戦いを望まなくとも、彼が僕たちとの戦いを望んでる可能性を考慮しなければならない」


《言われてみれば、たしかに》


「だから日下部さんだけじゃない。荒川くん、空閑さん、時田くん……いざという時の『覚悟』だけはしておいてほしい」


「構わねえよ。襲い掛かってくるなら相手してやる……生憎、俺は慣れてるからな」


《慣れてるって何によ。大体、あんたが思わせぶりな事を言っても似合わないわよ》


「わかりました」


 秀矢は端的に答えた。


「時田秀矢、覚悟が決まったようね。それなら早速――」


《エロガキは、とっとと秀矢から離れなさいよ!》

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