第109話 コイントス
聞き間違いではない。
しかも名だけでなく氏まで口にした。
「だんまりか。――でも、この期に及んで、とぼけるのは無しだ。少なくとも、君達はこれを『凶器』だと知っていた。見抜いたんじゃない。君達の反応は、知識として身についてたもののソレだ」
巳月は「ふぅ」と緊張を解くような呼気を吐いた後、「わかったわ」と言った。
秀矢の中では、いくつもの疑問が浮かびつつも、ディオスが自分達に付きまとってた事については納得した。
『びっくりしたわ。まさか、じっちゃんの知り合いなんてね』
亜由美から個人チャットが送られてきた。
秀矢は素早く『俺も驚いた』と短いレスをする。
頭の中では、蛟牙とディオスに聞きたいことが次々と浮かんでは消えていく。
「そうだ、お詫びに――」
ディオスは懐から一枚の金貨を取り出し、巳月に差し出す。
間髪入れずにポチが金貨を咥えた。
《これは、本物の金で作られております。仕掛けは、ないようです》
「そう。預かっておいて」
《承知しました》
するとディオスは、再び懐から1枚の金貨を取り出した。
今度は、右親指の爪に乗せ、人差し指から小指まで内側へ。
コイントスの構えだ。
「タマ。せっかくだから、ひと勝負しないか?」
「目的は?」
「最初から言ってるじゃないか、暇潰しだって。他意はない。」
「そうね。あなたなら拳銃を突きつけるよりも、腰に帯びた剣を抜いた方が怖いもの」
「そうそう。よくわかってるじゃないか」
「ふざけてるのかしら」
「趣味なんだから、やりたくなればやるし、気がのらないならやらない。そういう意味では、ふざけてるのかもね」
ディオスは余裕を誇示するかのような笑みを浮かべてるが、それに輪をかけて楽し気な口調で言った。
「ふーん、時田秀矢。あなた、ゲーム得意よね」
「パソコンとコンシューマーの対戦ゲームなら」
「それは、よくわからないけど同じゲームでしょ。代わってもらえないかしら?」
「コインの表か裏を当てるゲームなら、巳月でもできるだろ」
「ゲームは嫌いなの」
巳月は語気を強めて、拒絶を主張してるようだ。
「わかったよ。負けても恨むなよ……ディオス、交代だ。俺が対戦相手にやってやるよ」
「トキヤか。構わないよ」
「ルールは、コインの表か裏を当てる、でいいよな?」
「うん。こっちの文字が書いてある方が表、文字が書いてない方が裏だ」
文字と言われても読めないが、ディオスが示した裏には、表にはない意味不明な記号が大きく刻み込まれてる。
おかげで金貨の表裏は別物くらいの見分けができた。
「わかった。当てたら、何があるんだ?」
「金貨をもう1枚、贈呈しよう」
「外したら?」
「そこのシキガミが咥えてる金貨を返してもらう。それだけさ」
「本当に趣味なんだな」
「信用がないなあ。さっきから、そう言ってるのに――」
『師匠、勝ってね!』
『一応、言っておくけど、ダンジョンで獲得したものはみんなで山分けだから』
全体チャットで日下部と長光が念押ししてきたので、秀矢は『わかってます』と返信した。
「内緒話は済んだかな」
「ああ、待たせた。初めてくれ」
内緒話を否定するつもりは毛頭ない。
長光の超能力を感じ取るなら、チャットのやり取りの際に生じる気配の揺らぎくらい容易に察知できるのだろう。
「勝負は1回きりだ」
金貨が回転しながら真上に飛び上がる。
ディオスの右手の甲が上を向く。
金貨が手の甲に落ちる直前、ディオスの左手が手の甲に覆いかぶさる。
「表」
《早っ!?》
特に考えはない。
負けても失うものがないので、さっさと終わらせるために即答しただけ。
ディオスは左手をどけた。
意味不明な記号が見当たらない。表のようだ。
「トキヤ。君の勝ちだ」
ディオスは金貨を秀矢に向けて放り投げた。
秀矢は、反射的に金貨をキャッチした。
金貨は見た目に反して、重量感がある。
ポチの言う通り、本物の金で出来てるようだ。
「ありがたく頂戴するよ。いい小遣いになりそうだ」
秀矢は金貨をポケットにねじ込んだ。
「さて、ボクはこれで失礼するよ」
ディオスは身を翻すと、来た道に向かって歩き始めた。
サムライ衆の誰もが黙ったまま、ディオスの背中を見送る。
ディオスが立ち去ったことで、緊張が解ける。
「みんな。色々話したい事があるだろうが、まずは地上に帰還しよう」
秀矢を含む、他の者は短く返事をしながらコクリとうなずいた。
「悪い、コウ。頼みがあるんだけど」
帰りの階段に向けて歩き出そうとした時、後方から聞き覚えのある声がした。
皆が一斉に声の方に振り向く。
そこには、腹立たしくなるほどの爽やかな笑顔を振りまくディオスが立っていた。
悪びれる様子は一切ない。
コウ――長光は、うんざりといった様子のまま口を開いた。
「――これ以上、君の暇潰しに付き合ってられないんだけど」
「いやいや、そんな事じゃないよ。ちょっとボクが寝てた場所まで道案内してほしいんだよ」
長光が不快感を露わにする。
《あ、長光先輩がキレた》
「何となくわかる。ひと仕事終えた後、これから帰ろう、って時に水を差されるとムカつくよな」
サムライ衆の間に立ち込める辟易した雰囲気を前に、ディオスはニコニコとしてる。
「仕方がない……ポチ」
助け船を出すかように巳月が言った。
《はっ!》
「私達は帰るから、あの男の道案内を頼むわ」
《かしこまりました》
「助かるよ。鉄のシキガミくん」
《わたくしの後をついてきてください。ディオス様》
それだけ言うとポチは、ディオスとの合流地点に向かって走り出した。
「おーい、そんなに急がなくてもいいだろ」
ディオスは、そう言いながらポチの後を走って追いかけた。
「助かりました。お嬢」
「礼には及ばないわ。私も今日は、探索の気分じゃないし」
「長光さん。俺は……もうちょっと探索したいな、なんて――」
「却下だ」
《秀矢。この空気で、それを言える度胸だけは凄いと思うわ》
「時田くん、これは気分の問題じゃない。あの男――ディオスについては、早急にお館様に指示を仰ぐ必要がある」
「まあ、そうっすね」
「それに、お館様とあの男の繋がり。君も気になるだろ?」
「気には、なりますね」
これは本心だ。
おそらくではあるが、異世界人と雇用主に想像もしなかった接点の浮上。
喉に突き刺さった魚の小骨のような、引っかかりを覚える。
「時田秀矢。あなたの目的は理解してるつもり。でも、言いたくは無いけど、あいつは非常に厄介よ」
「わかってるよ、巳月。しかし――」
《秀矢、観念なさい》
「亜由美……」
《不服だけどエロガキの言う通り。今日の任務はここで切り上げた方がいいわ。続きは来週からよ》
当人に、推しに言われたら、返す言葉はない。
秀矢は「すみませんでした。今日はこれで上がりましょう」と言った。
7階から6階に至る長い長い階段を上る最中、長光を中心に、蛟牙とディオスの関係性について整理した。
拳銃は、今日のうちに巳月の手から返却。
道中、拳銃の件も含めて皆で挙げた疑問点は、来週の任務開始直前に蛟牙にたずねる運びとなった。




