第110話 冒険者一行……視点変更
ここは法龍院家の屋敷の一室で、重症を負ったサムライがあてがわれる部屋。
部屋にはベッド、モニター、冷蔵庫の他に点滴スタンドと心電計がある。
「体温、脈拍、呼吸数、血圧……おおむねバイタルサインに異常はないよ。巳月」
白衣をはおった女性――久理田はベッドで横たわる巳月に告げた。
「毎日ご苦労様、母上」
巳月は天を仰いだまま言った。
サムライとして初任務を終えた翌日。
巳月の体にはバイタルを検査するためにいくつかの電極が張り付いてる。
「巳月。サムライ就任後の初任務はどうだった?」
「いつもと変わらなかったわ」
「――という事は、友達は一人もできなかったわけか。あれだけ息巻いてたのにな」
「うっ……そ、それは……これからよ」
「私の社会人経験からすれば、職場でプライベートも絡む友人や恋人を作ることはあまりオススメしないけどね」
「それは母上の性分でしょ」
「私はインドア派だからな」
「それと母上……失敗作ともお話したわ」
「空閑のことか。元気にしてるだろ。死んでるけど」
「ええ。死ねる自由があるのは素直に羨ましいと思ったわ」
「若い娘がそんな事を言うもんじゃない」
「母上、体調が良好なのはわかった。それで私は後、どのくらい生きていられるの?」
「昨日の任務が気掛かりだったけど……私の見立てでは今の調子なら多く見積もって、あと1年ってところだ」
「昨日と変わらないのね」
「縮むことはあれど延びることはない。私としては巳月には、できるだけ大人しくしてほしいんだけどね」
久理田は目を伏せた。
「悪いけど私は、法龍院巳月よ」
「わかってる」
「法龍院にかけられた呪いを克服するために、1日でも早く子を宿さないといけないの」
天井に向けられた巳月の瞳には、揺るぎない強い意志を感じさせる光が宿っている。
ベッドで仰向けになる巳月を見る、久理田の目は憐みと慈愛が入り混じった複雑な色をしていた。
◇◇◇
ダンジョンの地下7階。
地に横たわるディオスに2つの人影が近づく。
「なんじゃ、生きておったかディオス。ほら、起きろ」
小柄な男性がディオスに蹴りを入れる。
「うーん、ハルマか。お帰り」
「おう待たせたな」
小柄な男性――ハルマは、ニカっと笑った。
背丈は人間よりも一回り小さいが筋骨隆々で長い髭をたくわえた高齢のドワーフ。
頭には、二本の角がついたバイキングヘルムをかぶってる。
小さな背丈の後ろには、身の丈を押し潰すような大きな袋がある。
ハルマは顔色一つ変えずに背負ってるようだ。
「ディオス様。ご健在で何よりです」
毛髪を覆い隠す白いベール、白いローブをまとった若い女性がディオスに声をかけた。
「イリアも今はすっかり元気そうだね。最初の頃はダンジョンに潜るたびに真っ青になってたのに」
「何度も往復すれば慣れますよ。それに、これも修業の一環と思えば辛抱できます」
白いローブの若い女性――イリアはたしなめるように言った。
「ふーん、シスターも大変だねえ。まだまだ徳を積まないといけないの?」
「はい。修業の身であります故」
「神って奴は、どこまでも強欲だな。こんな美人を何度も何度もダンジョンに送るなんて――」
「仕方ありません」
まるで呼びかけに応じるかのように、スッと黒い四つ足の獣がイリアの側に姿を現した。
獣の容姿は、毛並みが黒い成獣のトラ。
見た目は猛獣ではあるが、格調高い雰囲気をまとってる。
大きな背には、大きな袋が乗ってる。
ハルマが担いでる袋に引け劣らない大きさだ。
「別に精霊の色なんて、何でもいいと思うけどね」
「そうはまいりません。洗礼を受けるためにも、まずは身の内に秘めたる闇を払わねばならないのです。特に私のは、この通り闇の眷属と呼ぶに相応しい黒く禍々しい獣。このままでは神にあわす顔がありません」
「俺達は人間だ。いくら神に祈りをささげても祝福されるとは限らないよ」
「神様に見返りを求めるのは不敬というものです」
「そういうもんかねえ――ん? あれ? 2人だけ? 妹さんは?」
ディオスが辺りを見回す。
「ここに来る道中、気になる連中が居たから『少し後をつけてくる』と言って別れた」
ハルマが答えた。
ディオスはゆっくりと立ち上がると、地面に置いてある剣と盾を拾う。
「なら、もう少し待つか。妹さんが後をつけられる相手だ。大事にはならんだろ。……そうだ!? ハルマ、聞いてくれよ」
眠気を払ったのかディオスの表情が明るくなる。
「久しいな、お前さんがそんな顔するなんて」
「聞いて驚け! 2、3日前に、コウガの子供に会ったぞ」
ハルマとイリアの目が大きく見開かれた。
「本当か!?」
「ああ。オンミョウジュツを使ってたし、シキガミもいた。それに、コウガの置き土産を知ってやがった」
「テッポウな。あれはオレの腕ではどうにもならんからな……しかし、本当にコウガの子供なのか? コウガと同じ世界の住人というだけでは?」
「間違いない。賭けてもいいぜ」
ディオスは確信を表すかのように不敵な笑みを浮かべる。
「……お前さんがそんな顔をするわけだ。賭け事にめっぽう弱いくせに」
「弱いは余計だろオッサン」
「それじゃあ賭けに負ける前に、糧食と水の代金をもらおうか」
「そうだな……金貨1枚でいいか?」
「おう」
ディオスは懐から小さな袋を取り出した。
そして口を開いて、中を覗き見る。
袋に手を入れて、硬貨を確認する。
「……悪い、ハルマ。今、手持ちがなかった」
「ディオス! オレ達が補給で別れる直前、金貨を2枚持ってるの確認したはずだろ!?」
「それを言うならハルマこそ、金貨を要求する割に糧食が少ないよ。飲んだだろ?」
「当然だろ。英気を養うためだ」
ハルマは堂々と言った。
「それと同じさ。どんな人生でも息抜きは必要だ」
「博打を打つには相手が要る。ディオス! こんな人気のないダンジョンに賭博場があったとでも言うのか!」
「賭博場で思い出した。コウガの子供がいるパーティに勝負を仕掛けて負けたんだ。そこで2枚渡したのを覚えてる」
「……仕方ない。じゃあ、宝石の原石を寄越せ。たしか持ってただろ」
「酒浸りのくせに記憶力いいなあ、オッサン」
ディオスは懐から大きな宝石の原石を取り出した。
カット前の、道端で転がってそうな形状をしており、表面は土と埃で曇ってる。
ハルマはディオスから宝石の原石を奪うように掴み取るとカバンに仕舞った。
「こいつを加工して売れば、金貨数枚分にはなるだろ」
「面倒かけるね」
「なら賭け事から足を洗うんだな」
「そもそも、飲み食いが必要なのはボクじゃないけどね」
「オレからすれば、勝てもしない賭け事の方がいらん。……ん? 待てよ。聞いた限りだと、お前から仕掛けたんだよな」
「ああ。久しぶりに火がついた」
ディオスは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「……そうか。そいつは楽しみだな」
ハルマもニヤリと笑う。
ディオスとハルマが談笑する中、イリアの顔は暗く沈んでいる。
「……コウガ」
イリアは、か細くも聞いたものを震え上がらせるような強い恨みと怒りがこもった声を吐いた。
二人の談笑が続いてる。
イリアの言葉が届いてないようだ。
「遅れて、すみません」
二人の談笑を止めたのは、澄んだ女性の声だった。
「無事だったか、フローラ」
ハルマが言った。
「大丈夫。今、起きたばかりだよ……妹さん」
金髪碧眼のエルフ――フローラは、申し訳なさそうに顔をしてる。
「ハルマから聞いたよ。気になる連中の後をつけてたんだろ?」
「はい」
「フローラ。気になる連中の中に、鉄のシキガミ……鉄の獣を引きつれた女の子を見かけなかった?」
「全然、見ませんでした。私が追いかけたのは、鉄の板で顔を隠してる不気味な集団ですし」
「そっか。何かの狂信者だとすると関わりたくないね」
「遠目だと生きてるのか死んでるのか、短命一族なのか別の種族なのか、よくわかりませんでした。……いかがなさいますか勇者殿」
「放っておこう。面倒事になりそうだ」
「わかりました。――では、まいりましょう。一刻も早く、クロリスお姉さまを蘇らせるため、アスクレピオスの杖を探しに」
「うん。世界平和のためにも、ね」
ディオスは屈託のない笑顔を浮かべた。




