第106話 ディオス
秀矢たちはプリセットの男と早々に別れ、帰りの階段に向かっていた。
黙々と歩く。
少なくとも秀矢に話す気力はある。
だけど、誰も話を振らないのでだんまりする。
程なくして、急に長光が振り返った。
同時に全員の足が止まる。
「――さっきから、何なんだ君は」
しびれを切らしたのか長光が声を上げた。
《やっぱり気のせいじゃなかったのね》
「さすがに至近距離にいたら、見て見ぬフリをするわけにはいかないよな」
現在の隊列は先刻と同様、前にポチ、荒川、巳月。
その後ろに長光。
長光の後ろに、日下部、秀矢という指令塔を取り囲む陣形。
男は「ボクのことは、お構いなく」と朗らかに言った。
「僕はハッキリと別れを告げたはずだが?」
「そうだね」
「何でついてくる?」
「冒険者同士、仲良くしようよ」
「君がいたら取り分が減るんだよ」
「僕の分は気にしないでくれ。暇潰しで後を付けてるだけだから」
「寝てればいいだろう」
「起こしたのは君達だ」
何食わぬ顔をしてるが引き下がるつもりはないらしい。
この男をどうするのか、と考えてると全体チャットで長光から新しいメッセージを受信した。
『各員、念のため、彼に名乗る偽名を考えておくように』
偽名と聞いて、フローラと遭遇した時に亜由美が『アイ』と名乗ったことを思い出す。
ならば先人に倣って、ネットゲームやSNSでの通り名にしようと決めた。
『めんどくせえ、俺は普通に下の名前を言うわ』
『荒川くんはSNSをやらないのかい?』
『やらねえよ。あんなもの』
『今時、珍しいね。まあ君がいいなら、僕からは何も言わないよ』
『ああ、俺の事は放っておいてくれ』
『長光総司、私もエスエヌエスやネットゲームに触れた事がないんだけど』
『お嬢の刃機がポチだから、タマはどうかな?』
『真名を知られるよりマシね』
『よかったわねエロガキ。あんたには、ピッタリじゃない』
『うるさいストーカーね』
『残念でした。私にはアイって立派な別名がありますー』
『――他のみんなは、大丈夫そうだね』
(面倒になって無理やり切り上げたな)
秀矢はトキヤと名乗るつもりなので、チャットには何も打ち込まなかった。
長光は観念するかのように嘆息をついた。
「安眠を邪魔したのは、こちらに非があるとしても、僕たちは君を連れて行くつもりはない」
「えーっと、あれだ。『ソデフリアウモタショウノエン』という言葉があるだろ?」
「言葉の意味を知ってるのかい?」
「まったく」
プリセットの男は悪びれもなく言い放つ。
《秀矢。『道で知らない人と袖が触れ合う程度の、ごく些細な出会いも、前世からの深い因縁によるもの』という意味みたいよ》
「そうか。つまり俺には無関係ということだな」
《そうね》
二十一世紀に中世ヨーロッパ時代をして生きてる者はいない。
秀矢はプリセットの男に声をかけた。
「つうか、意味は知らなくとも言葉は知ってるのか」
「他にも知ってるよ。タビハミチヅレヨハナサケ」
「言葉の意味は?」
「忘れた」
プリセットの男は、臆面もなく「忘れた」と言い放った。
そして「1人よりも2人、2人よりも3人、そして……6人よりも7人って言うだろ?」と続けた。
7人という言葉を聞いて、背筋がゾクリとする。
視線を長光に向ける。
平静を装ってるが眉間に微かな力が込められてる。
直後、サムライ衆に漂う空気がわずかに重くなる。
言葉の意味に気づいたのだろう。
刹那の静寂の後、長光が口を開いた。
「仕方がない。君をどうこうするのは止めだ」
「うんうん。話せばわかってくれると信じてたよ」
「その代わり、自分の身は自分でどうにかしてくれ」
「当然そのつもりさ。何なら先陣を切ろうか?」
「それは囮になる、と受け止めていいのかい?」
「構わないよ」
「それは願ったりかなったりだ」
「それじゃあ、少しの間、お世話になるよ。ボクの名前はディオス。短い間だけどよろしく頼むよ」
「ああ。僕の事は、コウと呼んでくれ」
長光が偽名を名乗る。
「俺は、トキヤ」
「……ダイキ」
「私はサクナ。よろしくね、ディオス」
「タマ」
巳月だけは不満げに口を尖らせた。
プリセットの男――ディオスの視線が秀矢の刃機に移る。
《……私は、アイ。忘れてもいいわよ》
「大丈夫、大丈夫。忘れないように努力するよ」
ディオスは人を食ったような笑顔を浮かべつつ、先頭をにいるポチの側に移動した。




