第104話 プリセットアバター
「ポチ、周囲に仕掛けはあるかな?」
《不自然な金属反応、エーテル、霊障、呪力、超常現象はございません。今、中継を送ります》
目の前にウィンドウが出てきた。
そこには、仰向けで目蓋を閉じてる若い男性の素顔がフルカラーで映し出された。
中背中肉の男性で、秀矢の見立てでは歳は20代後半から30代前半。
髪型、顔のつくりは、とりわけ目立った特徴がない。
雑踏の中で目に入っても、秒で忘れるに違いない。
《なんか社会人2年目って感じね。私が所属してる事務所で見た事ある》
「物凄く、しっくりくる例えだな、亜由美」
「どうしたんだ姐さん。考え事か?」
「うーん、この顔。どこかで見た事があるのよね」
日下部は顎に手をあてて、難しい顔をしてる。
どうやら本当に、ダンジョンで眠ってる男に引っかかるものがある様子。
「私も少々、気になるわね」
巳月が真顔で言った。
「巳月もさっき言ってただろ。モンスターがはびこるダンジョンで惰眠を貪ってんだ。良くも悪くも、まともじゃないだろ」
「ええ。たった一人で、それも7階という深度でね」
「……敵に回したくないな」
「そうね。でも、緊急クエストは消えてないわ」
「寝顔を拝見して終わりってわけにはいかないか。ドッキリは趣味じゃないんだけど」
巳月のいう通り、緊急クエストがタスクに残ってる。
文字通り、接触しなければダメみたいだ。
「わかったわ!」
確信めいた声をあげた日下部に視線が集まる。
タイミングを見計らうように、日下部は間を置いてから口を開いた。
「あの顔、どこかで見たと思ったら、男性アイボーのプリセットの一つにそっくりなのよ。私1年間、無課金勢だったから見慣れてるし……って、みんな。そんなピンと来ない、みたいな顔しないでよ」
「日下部さん、みんな肩透かしをくらっただけだよ。てっきり面識のある人物かと思ってたからさ」
意味ありげに、しかも自信にあふれた声だったので、期待が高まっていたのは事実。
しかし、日下部の回答は『それに応えるものか』と言われたら『拍子抜けした』というのが正直な感想。
《今、アバターをざっと確認したけど奈央姉のいう通り、初期アイボーのプリセットとそっくりよ》
「でしょ? でしょ? あみちゃん! 私、間違ってないでしょ?」
《まあ、ね》
「姐さんには悪いが、一致してるから何だ? という感じだな。何つうか、昼休みのコンビニでよく見かける顔してるしよ」
「それを言わないでよ、だいちゃん」
「無下にすることはないと思うわ。父上の作ったスマホと異世界人と思しき男の顔が符合してる、というのは紛れもない事実だし」
「ううっ、巳月ちゃんは優しいね。お姉さん嬉しい」
「そ、そう? なら、よかったわ」
「それに引き換え男性陣は――」
「僕は何も言ってないだろ」
「右に同じ」
「そうちゃんも師匠も顔に書いてあるもん」
「お嬢の言う通り、初期アイボーと眠ってる彼の件は留意するとして――」
「誤魔化したわね、そうちゃん」
「仕切り直し、と言って欲しいね」
「そういう事にしておくわ」
長光は、空気を変えるように「コホン」と芝居がかった咳払いをした。
「残念な報せだが、タスクはまだ消化されてない。どうやら、プリセットの彼を眠りから覚ます必要があるみたいだ」
(エルフ、死神、魔人ときて、しまいには人間か……)
普段はモンスターがはびこるダンジョンだが、時折出くわす人並みの知能を備えた者の存在に焦りが募る。
「ここは先手必勝。奴が目覚める前に、ポチに捕らえさせよう」
「暴力はダメですよ。お嬢」
「しかし、奴と話が通じない事も考えられるわ」
「ですがフローラと名乗る異世界人と意思疎通が出来ました。不思議な事に、僕たちは彼女の言葉が理解できたし、彼女もまた僕たちの言葉がわかってたようです。歓迎しませんが、死神に魔人も同様です」
「フローラの件は、承知してるわ」
「まあ早い話、意思疎通が出来るかもしれないので喧嘩腰は止めましょう、ということです」
「そうね、私はそうちゃんに1票。コミュニケーションは、対決より対話よ」
「なるほど。対決より対話……覚えておくわ、日下部奈央」
「そんな深刻に考えなくても大丈夫よ、巳月ちゃん」
「う、うん」
「お嬢、いいですか?」
「ええ」
「もし彼と意思疎通が図れない場合、ポチを囮にしてもいいですか?」
「構わないわ……ポチ、聞いてたわね?」
《かしこまりました》
「ありがとう。――それじゃ、プリセットくんを起こしにいこうか」




