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第102話 別ルート

「7階の探索、初日なのに順調な滑り出しだね」


 ダンジョンを歩く最中、長光が切り出した。


 未確認モンスターの討伐、宝箱の回収、7階のマッピング……秀矢にはピンと来ないが長光の口振りからして、今の進捗状況が想定よりも好調なのがうかがえる。


 宝箱は初見の後に追加で2つ発見したが、2つとも罠の解除に成功し、中身も回収できた。


 モンスターとの戦闘では誰一人、重症を負うことなく切り抜けてる。


「そうね、6階の探索初日なんて酷かったからね」


 日下部が言った。


「リーダー、今日はどうする? まだ続けるか?」


「続行のつもりだよ。ただ、この先には進まない。帰りの階段周辺をマッピングしようと思ってる」


 今日の探索は、7階の階段から真っ直ぐ北の方角に突き進んだだけで、階段周辺はノータッチ。


 ベースキャンプがないフロアで無闇に遠出をすれば、帰りの階段から離れる分、リスクとなる。


 その点、階段周辺ならリスクを抑えつつ、リターンが見込める。


 反対する理由はない。


 秀矢は、沈黙で肯定の意志を示した。


 長光は辺りを見渡した。


「反対はいないようだね。それじゃ一旦、階段まで戻ろうか」


 秀矢たちは滞りなく、帰りの階段がある場所に到着した。


 そこから未踏のエリアに足を踏み入れる。


 しばらく歩くと、上り階段が目に入る。


 一同は足を止めた。


 不可思議な事態を目の当たりにした、と言わんばかりのもどかしい空気が立ち込める


《上り階段? あれ? 私達、元の場所に戻ったの?》


 亜由美が沈黙を破った。


 すると、長光が口を開いた。


「いや、マップを見る限り、別の上り階段という扱いだね」


 サムライ衆の顔が険しくなる。


「亜由美、原則として1階は下り階段のみ、以降は上り階段と下り階段は1つずつって話だよな」


《そうね。少なくとも、この上り階段を発見するまでは……》


 皆が難しい顔をしてる理由は、目の前にある上り階段が、これまでの調査結果に基づいた法則から逸脱した異物のためだ。


「そうちゃん、西の方はここで打ち切って一旦、帰りの階段に戻ってみない?」


「そうだね。もしかすると『迷いの森』の可能性もある。検証も兼ねて、来た道を戻ろうか」


「迷いの森? 長光総司、ここは怪異空間よ」


《巳月お嬢様。長光様のおっしゃる迷いの森とは、不可視の領域(ダークゾーン)や落とし穴の類で、正解のルートを辿らなければ開始地点に戻される、レトロゲームではポピュラーな仕掛けのことを指してると思われます》


「レトロゲーム……テレビゲームのこと?」


《広い意味で同義かと》


 巳月の顔が青くなる。


「巳月はゲームが嫌いなのか?」


 秀矢は何気なくたずねた。


「私は、ゲームはやらない。この先もきっと……」


「そこまで深刻に考えるほどのことか?」


「私の母上は普段、品行方正で温厚だけど、ひとたびゲームを始めると人が変わったように感情的になるの。母上以外誰もいない部屋で、青筋を立てて、怒鳴り散らしたり――」


 巳月の母上――明美のことを指してるなら、プレイしてるゲームの察しがついてる。


 そして、明美が感情的になる理由と巳月が青ざめる理由に納得しかないことも。


「挙句の果てには、ルール変更だか何かで、行き場を失った怒りの矛先をモニターとゲーム機に向けて、破壊の限りを尽くすの」


 怒りがDVにならなくてよかった、と安堵する。


「だから私、一時とはいえ母上を狂わせるゲームが怖いの。あれは常人が触れてはならない、おぞましい呪物よ。だって母上ほどの使い手ですら精神に異常をきたすもの」


 巳月の表情には恐怖が色濃く出てる。


 本当に心の底からゲームの存在を恐れてる模様。


「はは、そうだね」


 秀矢は、精一杯の愛想笑いを浮かべた。


 ひと段落したところで一同は、帰りの階段に向かった。


「道順通りに移動したら、上り階段がある場所に来られたね」


《長光様、私の方でも警戒してましたが道中に異変はありませんでした。巳月お嬢様はどうですか?》


「少なくとも結界、幻覚、空間の転移に相当する仕掛けは皆無よ」


「僕も超能力で警戒してみたけど、異常はなかった」


「なら現状、ここと西側で見つけた上り階段は別物と断定してよさそうね」


「そうだね」


「リーダー、上り階段が2つある事にそこまで慎重になる必要あるのか?」


 長光と巳月、二人だけで話を進めてる中、荒川がもっともな質問を投げる。


「僕はリーダーの任命と同時に、お館様からいくつか厳命を受けててね。その中の一つに『自らの足で下った階段以外は上ることを禁ずる』とあるんだ」


「私も父上から、強く言われたわ」


「長光さん。もし、さっき見つけた階段を上ったら、どうなります?」


 秀矢は間髪入れずに質問をした。


「士道不覚悟と見なし、リーダー権限で然るべき処罰を与えるように、とのお達しだ」


「そう、ですよね」


 こことは異なる上り階段の存在は、秀矢にとって希望だった。


 何故なら探索範囲が広がるから。


 それはすなわち、アスクレピオスの杖を入手する確率の上昇に他ならない。


《じっちゃんが禁じてるなら仕方ないわね》


 亜由美は、他人事のような口調で言った。


「落ち込むな、時田。俺達はまだ7階に来たばかりだ」


「そうよ師匠。宝箱も手付かずみたいだし、まずはここの探索を終わらせることを優先しよ」


「……すみません、二人の言う通りですね」


 怪異空間(ダンジョン)は地下に降りるだけの構造。


 そう思ってたところに、予想だにしなかった経路の発見により、推しの復活に新たな希望を見出した。


 落ち込むのは7階のマッピングが完了してからでも遅くはない。


 秀矢は、気持ちを切り替えた。


「みんなの体調は、まだまだ良好だね。それじゃ、今度は東の方に行ってみようか」


《長光先輩、今日はやる気ですね》


「稼げる時に稼いでおきたいだけだよ」

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