第98話 変形機構
巳月は、その場から動く素振りを見せない。
秀矢は考えるよりも早く、刃機の銃口を枝角の悪魔に向けた。
「火葬砲!!」
銃口から赤熱の光線が射出。
しかし、光線はポチに当たった。
枝角の悪魔をかばうようにポチが飛び出してきたのだ。
ポチの全身が炎に包まれる。
「邪魔するな!」
《もしかして、バグったの!?》
《不具合ではありません。時田様、この力、お借りします》
動揺する秀矢とは反対に、熱線の直撃を受けたポチの言葉は冷静そのもの。
ポチの包む炎がより一層激しくなる。
《驚かしてしまい申し訳ございません。何分ウロボロス機関の残量が心許ないため、事後承諾になってしまいましたがご容赦いただきたい》
「ろくに戦わずに来たからゲージが少ないのはわかるけどよ。味方の攻撃の邪魔をする必要あるか?」
《あちらをご覧ください》
ポチが頭部が巳月の方に向く。
そこには、何度も攻撃を繰り出しては見えない壁に阻まれて、苦悶する枝角の悪魔と平然とする巳月の姿があった。
まるで、自分には危害が及ばない事を確信してるかのような振舞い。
「霊的結界を張ったの」
《先ほど巳月お嬢様が張った結界は、敵の攻撃を防ぐ反面、こちらの攻撃も半減してしまいます》
「それで、俺の火葬砲を無駄にしないために、身を挺して受け止めたのか」
《左様です》
「枝角の悪魔が使えるかどうか――」
巳月は一枚の札を取り出すと、枝角の悪魔に向けて飛ばした。
札が枝角の悪魔に張り付く。
次の瞬間、枝角の悪魔が「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア」と苦悶の声を上げながら身をよじらせた。
陸に揚げられた魚のように身悶えする。
しばらくして、枝角の悪魔が大人しくなる。
同時に札の五芒星が輝きを放つ。
《巳月お嬢様。どうやら彼奴は、使役できるようですね。いかがなさいますか?》
「……従順だけど複雑な命令を遂行する知性と高度な作業をこなす能力は無いみたい。……ポチ、奴を喰らいつくしなさい。欠片も残さずにね」
《承知しました》
ポチが再び枝角の悪魔に飛び掛かる。
霊的結界はポチを阻む事なく、すんなりと受け入れたみたいだ。
炎をまとう獣が、枝角の悪魔に噛みつく。
逃げ場はない。
それは、檻に囚われた家畜が成す術もなく肉食獣に食い殺される殺りくショー。
ものの数秒で、枝角の悪魔が跡形もなく食われた。
《秀矢。今、ちょこっと調べたけどポチには陰陽術で縛り付けた相手を喰らうことでモンスターの情報収集とゲージの回収ができるみたい》
「へえ、わざわざ食ってるのはパフォーマンスじゃないんだ」
《あとモンスターを収めた札を体のどこかに張り付けることで強化もできるんだって》
「ハクスラ要素あんのか。ちょっと楽しそうだな」
《ねー。私もそんな感じでパワーアップしないかなあ》
モンスター情報の更新を知らせる通知が来た。
今回は、枝角の悪魔のステータスのようだ。
《巳月お嬢様、後続の者はいかがなさいますか?》
仲間がやられたことを察知したのか、2体の枝角の悪魔が姿を現した。
「青龍で一気に蹴散らす。いけるわよね?」
《――はい。敵のデータは解析済みでございます》
ポチの身を包む炎が消えると同時に、四つの足を広げて、それぞれの爪先が地面にがっちりと食い込む。
そして、頭部と胴体が砲台へと変形する。
それはさながら軍事要塞、装甲車両、水上艦艇に設置されてる砲塔――タレットである。
銃砲身と口径はライフルより長く太い。
まるでカノン砲だ。
動画で予習してたとは言え、実際に変形するところを見ると秀矢の秘めたる少年心がうずく。
四機神――白虎、青龍、玄武、朱雀の計四つの形態を備える自律型刃機。
平常時の四足歩行形態の白虎。
青龍は、高火力の固定砲塔。
「滅せよ!」
巳月の掛け声と共に、砲口から凄まじいエネルギーのビームが射出された。
ビームは一瞬で通路を埋めるほど膨張し、2体の枝角の悪魔を覆いつくす。
「モンスターの反応が消えた。文句なしの完勝だね」
長光が戦闘終了を告げると、緊張感が薄れた。
先頭にいる巳月がくるりと身を翻す。
「ど、どう? 私の力は」
巳月は、自信と照れ臭さと気恥ずかしさが入り混じった、落ち着きのない子供のような表情をしてる。
「正直、驚いた」
最初に返答したのは荒川だった。
「そうだね」と、長光が続く。
「うんうん、そうでしょう」と得意げに言う巳月を尻目に、長光と荒川はポチに駆け寄る。
「ポチ。お前、凄いな。敵に噛みつくならともかく、時田の攻撃と結界をぶち破って平然としてるなんてな」
《そのように造られておりますゆえ――》
「動画では、見なかったけどよ。ポチは、頑丈なのか?」
《ええ。巳月お嬢様が近くに居る時でしたら、3階のモンスターの攻撃程度ならダメージはありません》
「ふーん、それじゃあよ。壊れたらどうなるんだ? 刃機は頑丈だけどよ――」
《荒川様が懸念されてる通り、私めは金剛不壊というわけではありません。戦闘でダメージを受け続ければ機能不全に陥ります。――ですが、心配には及びません。皆様の刃機同様、スペアがございます。それに私めを形作るAIは、お屋敷のデータベースと衛星ストレージにバックアップがございますので、復元も容易です》
「そいつぁ、いいなぁ。次の戦い、一緒に仕掛けるか?」
《お供、致します。私めは刃機、サムライ衆のカタナでございます故、今後とも存分に振るってくださいませ》
「言うねえ」
荒川はご機嫌のようだ。
長光は、目を子供のようにキラキラと輝かせながらポチの全身を眺めてる。
《あんな長光先輩。初めて見た》
「あの人でも、あんな顔するんだな」
《やっぱり男の子って、ああいうロボットが好きなのかな?》
「犬はともかく、変形機構は俺も好きだよ。ロマンあふれてるし」
《ふーん、男性陣は、お犬様にご執心のようね。……あれ? 白虎って犬だっけ?》
「虎なんだから猫じゃないか?」
《何でポチなの?》
「さあ……」
《奈央姉は何か知って……って、どうしたの? そんなに落ち込んじゃって》
「ううっ……変形とか合体するロボットのオモチャって高いのよね。そのくせ、数週間で飽きちゃうし……」
《あのロボット、奈央姉のトラウマを踏んじゃったか》
(日下部家の切実な家計事情という奴か)
「何か……思ってたのと違う」
巳月は、トーンの低い声で言った
戦闘前の凛とした面持ちは嘘のように元気がない様子。
《いい年して、承認欲求モンスターか。エロガキ》
「まあまあ、あみちゃん」
日下部は亜由美を嗜めてから、巳月に近づいた。
「巳月ちゃん、ありがとね。私達、とても助かったわ」
そういいながら日下部は巳月を抱きしめた。
「そ、そう……」と恥ずかし気に言う巳月。
「サクナと巳月って仲いいよな。俺達よりも前に打ち解けてたみたいだし」
《気が合うんじゃない? ドスケベ同士で》
「巳月ちゃん、うちの男性陣は酷いよねー。命がけでがんばってくれた巳月ちゃんを放っておいて、オモチャにばっかりかまけて」
「いい年した男が情けないわね」
《誰がオモチャよ! あーあ、心配して損したわ》
日下部のおかげで、巳月は調子を取り戻したようだ。
「いや、その……お嬢の強さは、動画で確認済みだったから――」
「じじいの娘だぞ。できねえことを口にするわけねえだろ」
「青侍同伴とは言え、6階のモンスターをサクサク倒しちゃうからな。何か動画の延長線みたいで――いやまあ、よくよく考えたら初見のモンスターを危なげなく倒したことは凄いんだけどさ」
男性陣の言い訳に対し、巳月の無言の圧力が重く圧し掛かる。




