第95話 第7階層へ
「この階段をくだったら7階だ。みんな、去年に比べて飛躍的に強くなって自信もついたと思うけど、気を緩めないようにね」
長光の言葉で身が引き締まる。
秀矢たちは今、6階でボスと戦った部屋の先、7階への下り階段の前にいる。
モンスターとの遭遇を考慮して、亜由美の3Dモデルは非表示に切り替えてる。
青侍はいない。
理由は、初見のモンスターにぶつけても無駄死にするのが目に見えてるから。
秀矢は下り階段を覗き込んだ。
床が見えない。
あるのは、無数の石段とそれを飲み込む暗闇。
《秀矢、階段が気になるの?》
「考えてみたらさ、俺。ダンジョンの階段の上り下りをしたことがないんだよ」
《私達には、転移装置があるからね》
「僕たちも似たようなものさ。去年、初めてボスを倒して初めて5階から6階に下りたからさ」
「転移装置、様様ですね」
「おかげで、安全に確実に効率よく探索ができるよ。転移装置が無かったら、いくら時間があっても足りないからね」
「毎回、1階から7階まで往復なんて考えたくもありませんよ」
資料によると階層の広さと深度は正の相関があるようだ。
2回目の任務の時、1階を踏破するのに3時間かかったが、その時に下り階段を見つけたのが任務を開始してから1時間は経過していた。
さらに2階、3階、4階と徒歩で移動はしたものの、あの時は各階層ごとに複数あるのベースキャンプを渡り歩いてただけ
つまり2Aから2Bは徒歩。2Bから3Aに転移という風に、下の階層には転移装置を使用したから任務が1日で済んだ。
1階ですら下り階段の場所に到達するのに1時間かかるのに、これを2階、3階と重ねたら、とてつもない時間を要することは想像に難くない。
《長光様、よろしければ私めが先頭を立ちましょうか?》
「ポチは、そういう事もできるんだ。なら、お願いしていいかな?」
《承りました。何かありましたら、すぐにでも皆様にお伝えします――では》
ポチが先んじて、階段を下る。
続けて秀矢たちも、階段に足を踏み入れた。
《秀矢。足元、気を付けてね》
「なあ、亜由美。この下り階段はどこまで続くんだ?」
《わかんない。参考程度に5階から6階に下りた時も、階段を下りるだけで20分くらいかかった気がするわ》
「う”っ! そんなにかかるのかよ」
《だから、足元には気を付けてね。すっ転んだら、一大事だから》
「踊り場はないのか?」
《無い、とは断言できないけど、私は見た事ないわね》
「わかった。せいぜい転ばないように注意するよ」
足をのせる部分――階段の踏み面は、比較的ゆとりがある。
階段1段分の高さ――蹴込は思いの外、低い。
学校の階段と違って、目を瞑っても上り下りできそうだ。
材質は硬い。
摩擦もあることから石材の類だろう。
亜由美の言う通り、転んで頭でも打ったら一大事だ。
階段の両脇は、レンガ模様の壁。
天井までの高さは、これまで通ったダンジョンの通路と比べて低い。
ありがたいことに等間隔で灯りがある。
(愚痴っても、仕方がないか)
秀矢は渋々、足を動かした。
底が見えない事にうんざりしてると、巳月が声をかけてきた。
「時田秀矢、心配しなくてもいいわ。もし、足を踏み外して転んでも、先頭にいるポチが捕まえてくれるわ」
「あの刃機、人を運べるのか」
「ただのロボットじゃないわよ。法龍院家の技術の粋と私の呪力を結集してるから、出力はそこいらの大型獣を凌駕してるわ。実際、気を失ったあなたと荒川大樹を運んだのはポチだもの」
「ああ、先週のことか」
「こんな感じでね」
目の前で突然、ウィンドウが開いた。
そこに映し出された画像を見て、何とも言い難い不快感を催す。
《何これ!? 不潔よ! 不潔!》
その映像に対して、最初に声をあげたのは亜由美だった。
「やかましいストーカーね。仕方ないでしょ。ポチの背中は、大人二人をのせるほど広くないんだから」
《だったら、荒川はポチの口で襟を咥えて、引きずれば良かったじゃん》
巳月から送られてきた画像――そこには、ポチとその背中で折り重なってる秀矢と荒川の姿なのだ。
(気を失ってたとはいえ、くるものがあるな)
言うまでも無く、秀矢はノーマル。バイではない。
異性とは物理的にお近づきになりたい気持ちはあるが同性は違う。
その気持ちが歩調を早めて、荒川との距離を開けた。
「緊急事態なのよ。非生産なのは認めるけど」
「嬢ちゃん、過ぎた事にとやかく言うつもりはないけど、そういう画像は消してくれ」
「私に言われても困るわ。だって、画像の出所は日下部奈央だもの」
日下部奈央、という言葉に反応した秀矢は、日下部に目をやる。
日下部は「あはは」と乾いた笑みを浮かる。
《奈央姉……そういう趣味あったの?》
「ななななな、ないわよ!?」
「サクナ、すっごい動揺してるじゃん」
「帰り道とは言え、緊急事態に何考えてんだよ、姐さん」
「だって、だって! 同年代の男の子がゼロ距離で密着してたら、気になるじゃない! あみちゃんは気にならない? 思わず目を奪われたりしない? チラッと覗き見したり、こっそり目を向けようとしない?」
《気持ちはわからないでもないけど》
「亜由美、そこは同意するのかよ」
「チラ見どころか、ガッツリみてるじゃねえか、姐さん。鮮明な画像で映し出されてるくらいだし」
《でも、秀矢と荒川だからね……》
(これは、ツッコんだら負け確だな)
荒川は我関せずと言わんばかりの呆れ顔。
「だって、ほら……私とそうちゃんは疲れてて、二人を運ぶことが出来ないから、ポチにお願いするしかなかったのよ。そしたら、たまたま二人がいい感じに重なっただけで――」
「ポチの背中に二人を乗せたのは、日下部奈央よ」
日下部の言い訳に、間髪入れず巳月が割って入る。
「う"っ! そ、それは――」
「私は最初、ストーカーの言う通り一人は引きずるしかないと進言したけど、日下部奈央が頑なに譲らなかったわ」
(巳月が男を背負うなんて、体格的に厳しいしな)
「それは、ほら! 二人が気を失ってる間に風邪を引かないようにしたのよ」
「風邪を引かないように? ……雪山で遭難した男女が裸で抱き合って温めるように?」
「そうそう! 二人が重なることで、放熱面積が減るから体温の維持ができるのよ!」
《お熱なのは奈央姉でしょ》
「……だって、だって! 私なんて、いつも見られてばっかりだもん!」
駄々をこねる子供のような声音で、涙目の日下部が訴えかけてくる。
見られてばっかり、という言葉を聞いて、日下部の恵体が頭をよぎる。
今は刺激的な格好をしてるから仕方ないが、日下部なら地味な私服や制服でも人目を引くのは容易に想像できる。
(女性は見せたくない相手の視線には嫌悪感を抱くって聞くしな)
だからといって、怒りの矛先になるのは釈然としない。
「私だって、眺める側に回りたいの! 目の保養がしたいの! 耽美な世界に浸って、受験勉強のストレスとプレッシャーで、ささくれた心を癒したいのよ!」
情感と欲望がこもった日下部の切実な主張が響き渡る。
直後、何とも言い難い静寂がおとずれる。
下り階段は、まだまだ続くようだ。
小さな無数の足音だけが聞こえる。
「ほら、あみちゃん。屈強な男の子が細身の男の子に押し倒されてるところとか、見たいと思わない? 胸にグサッとこない?」
《……》
「通学とかお買い物してる時とか……お仕事は仕方ないよ。……だいちゃんとそうちゃんは、そういう目で見てないのはわかるから大丈夫よ。最初だけはアレだったけど」
《秀矢はどうなの?》
「師匠なら、いいかなって」
《ああん!?》
突然、照明が落とされたように視界が真っ暗になる。
「何で俺!? 亜由美! 頼むから視界を元に戻してくれ!」
《心の眼があるでしょ?》
「俺にそんなスキルはない!」
《それなら、がんばって習得なさい!》
「そこはほら、亜由美が何とかしてくれるから大丈夫かなって――」
《……仕方ないわね》
視界が元に戻る。
「うう、だいちゃん、師匠。そんな目で見ないで……ちょっとだけ、ちょ~っとだけ魔が差しただけなのよ!」
《私の悩み、その7。秀矢が新しい扉を開けてしまいそうで夜しか眠れません》
「亜由美。そんな新世界は、俺も願い下げだ」




