第92話 法龍院巳月は子供が欲しい
巳月の言葉を聞いた秀矢の思考は、言うまでも無くフリーズ。
頭の中では、巳月の言葉がひたすらリピートする。
他の三人も相当な衝撃を受けたようで、呆然としてる。
広い和室が静まり返る。
数十秒にわたって、一時停止した動画のように、誰一人誰も身動ぎせず、物音ひとつ立てない。
《んな勝手が許されるわけねえだろうがあああああああ!》
亜由美の絶叫が静寂を切り裂く。
同時に、秀矢の意識が現実に引き戻された。
他の三人も正気を取り戻したかのように、顔つきが変わる。
《じっちゃん! 一人娘にどういう教育をしてるのよ!》
「わしが死ぬ前に孫の顔を見せてくれ、これだけを言い含めておる。まあ心配するな。巳月は、婚姻も出産も可能な年齢に達しておる」
《そんな事は1ミリも心配してないわよ!》
「蛟牙様。真に残念ですが女性の婚姻可能年齢は、数年前の民法改正で18に引き上げられております。つまり、今の巳月様では婚姻は受理されません」
「そうか。まあでも、出産可能なら大丈夫だろ」
「左様でございます」
「時田秀矢。父上と母上がおっしゃる通り、子作りにおいて問題ないわ」
《大ありに決まってんでしょうが! じっちゃんもじっちゃんなら、あんたもあんたよ。何ドヤ顔で言ってんのよ!》
(巳月は、俺と同期らしいし、あの体格なら俺と同い年と見た方がいいな……あの夫婦が嘘を吐いてなければ、という前提だけど)
「み、巳月ちゃん」
「何かしら? 日下部奈央」
「そういうのってほら、巳月ちゃんが良くても……師匠の気持ちが……」
「うーん、一理あるわね」
巳月が秀矢の方に振り返る。
「時田秀矢。あなたの意志はどうなの?」
《こういうのは、ハッキリと拒絶しないと一生付きまとわれるわよ。上級国民のドロドロの愛憎劇に巻き込まれて一生を棒に振るわよ》
秀矢は懸命に考えた。
おかげで、それっぽいセリフを構築したので、恐る恐る口を開いた。
「出会って間もないのに、いきなり大人の関係になるのは、名家のご令嬢らしからぬ品性に欠ける行為かと――」
「家の存続ならば養子でも叶います。――ですが、我らに必要なのは、龍の後継者。故に私が所望するのは、あなたの子種だけ。人心までは望まないわ」
(要するに体だけの関係ってことか……いやいや! それはそれでどうなんだよ!? これが上級国民の世界という奴なのか!?)
声音と顔色からして、巳月が大真面目なのは明らか。
何を言っても、頑として譲らない強固な意志と気迫を感じる。
《何て女なのよ。こうなったら……荒川! あんたからも何か言ってやってよ!》
「何で俺に振るんだよ」
《職業柄、女の子に餓えてそうだし》
「嬢ちゃんは、時田をご指名だろうが」
《だから何とかしろって言ってんのよ!》
「――ったく、俺の職場の連中は、色んな意味で女性に入れ込んでる人が多いからなあ。……そうだな、時田」
「何ですか、荒川さん」
「女性に手を出すなら、被害を最小限に抑えるためにも、惚れさせるか同意を念押ししろ。職場の上司の受け売りだけどな」
「は、はぁ……肝に銘じておきます」
《ちっ! これだから社会人は――》
「生前の空閑も似たようなもんだろ」
見るに見かねたのか、蛟牙が口を開いた。
「なんだ時田、お前、本当に高校生か? その年頃なら、興味あるだろ? 試しに、わしの娘を相手するのも一興ではないか?」
「……や、やっぱり遠慮します」
《やっぱり上級国民は、私達と世界観が違うわね》
「そうだな。色んな意味で距離を置かないと倫理観が消し飛ぶぞ」
「僭越ながら、お館様に申し上げたいことがございます」
長光が声を上げた。




