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第13話 人の姿をしたモンスター

 ボサボサの黒い髪に無精ひげを生やしており、肌の色は血色が少し悪いだけで人間であることを認識出来る色合い。


 ボロボロになったツナギを着用し、刃こぼれしてる短剣を構えてる。


 その人間に名付けられた名前は、ローグ。


 あれがモンスターだと言うのか。


「あの……人間、ですよね? あれが、モンスターなんて、何かの間違いですよね?」


「いや。間違いなく、モンスターだよ」


 情感に満ちた秀矢の言葉に対し、長光は突き放すように返した。


「さすがに、人間を相手にするのは――」


「気持ちは理解できる。だから、落ち着いて聞いて欲しい。ダンジョンでモンスターと認定された人間は、言うなればゾンビみたいなものさ」


「ゾンビ? でも――」


「戦ってみればわかるよ」


 長光の優しく諭すような声音は、確かな説得力を感じた。


 亜由美はコクリと頷く。長光の言葉に同意してるみたいだ。


 秀矢は覚悟を決めて、ローグと対峙した。


 お互い、じりじりと距離を詰める。


 一歩、踏み出せば刃が届く間合い。


 先に動いたのは、ローグの方だった。


 リーチの長さに物怖じせず、軽やかな身のこなしで秀矢に目掛けて斬りかかる。


(しまった!?)


 意識がローグの攻撃への応対に遅れたのだ。


 迫りくる凶刃。


 剣戟はおろか、喧嘩すら無縁の人生ゆえの、経験不足が招いた失態。


 秀矢は反撃よりも、これから味わうであろう苦痛を覚悟して目を閉じた。


 その刹那、キン、と金属と金属がぶつかる音が鳴る。


 痛みはない。


 目を開ける。


 ローグが短剣を高く上げたまま、よろめく姿が目に入ってきた。


 その光景を見て、自分の身に起こったことを理解した。


 意識して動かした覚えが無いのに、両腕と刃機の位置が変わっていた。


 つまり、自分の体が勝手に動いてローグの凶刃を弾いたのだ。


「サポートは、エイムアシストだけじゃないってことさ。過去、数十年前から連綿と蓄積し続けた戦闘データは、アイボーとナノマシンを通じて、体に染み付いてるんだ。つまり、僕たちの肉体は既に、数多の修羅場を潜り抜けた達人の域に達してる。だから、体が勝手に動く。でも過信は、命取りになるから気を付けてね」


(アクションRPGで見かけるオートガードみたいなものか)


 秀矢は、刃機を構えた。


 ローグも態勢を整えた模様。


「秀矢。ヤバくなったら私が助けに入るから、もう少しだけ頑張って」


 推しの声援が、秀矢に安心とチャレンジ精神をもたらす。


(幸いにも、ローグは一人だけ。もしもの時は、先輩たちがフォローに入る……練習には、持ってこいのシチュエーションだな)


 秀矢が斬りかかる。


 それをローグは、盾で凌ぐ。


 秀矢とローグ、互いの刃が幾度か交差する。


 その最中、秀矢は違和感を覚えた。


 コボルドとオークにはあって、ローグにないもの。


 さらに数回、刃を交わした後、違和感の正体に気づいた。


 姿形は人間そのもの。


 一挙手一投足に至る、体の動きもおかしくない。


 短剣を握る指と手の動き。


 隙を伺う、足運びと目配せ。


 刃機に応じて、盾を構える体捌きと筋肉の強張り。


 どれ一つとっても躍動感がある。


 でも、それだけだった。


 コボルドやオークが放ってた、目に見えない圧力。


 悪意や殺意と言った、生命の意思をローグからは一切感じない。


 秀矢はローグに斬りかかる。


 振りかぶった刃機を斬り下ろす。


 ローグの左鎖骨付近から斜め下にかけて刃が通り抜けた――所謂、袈裟斬りでローグの体を両断。


 柄を握りしめる手には若干の抵抗を伝わる。


 しかしそれは、まな板の上で包丁を使って家畜の肉を切り裂いた時よりも軽いものだった。


 秀矢は、二つになったローグの姿に目を向けた。


 自らの手で禁忌を犯した事に対する、贖罪、責任、罪悪感等が良心を苛み、現実を受け止めるために。


 だがローグの遺体は、想像していたものとは違っていた。


 その遺体の断面は、真っ黒なのだ。


 肉、骨、臓物どころか一滴の血もない。


 金型に、黒い樹脂を流し込んで作った人形を切ったような断面。


 秀矢の胸中から罪悪感、贖罪、良心の呵責といったストレスが払拭された。


「僕の言ったことが理解できたかな?」


「……人間なのは、見た目だけ。中身は生き物かどうかも怪しいモンスター、ということはわかりました」


「上出来だ。アイボーは、モンスターと人間を識別できるから、今後も人間と見分けがつかない者が出た場合、アイボーの判定を参考にしてほしい」


「わかりました」


 人間と見分けがつかない、その言葉を聞いた時、一つの疑問が浮かび上がった。


 それはローグが身に着けてたツナギで、現代の日本に実在してそうなデザインをしていたからだ。


 コボルドとオークはファンタジーの生き物だが、ローグの身形は現場作業員として申し分ない出で立ち。


 秀矢は、アイボーの反応が無い事を確認してから、疑問を口にした。


「長光さん。さっきの敵、工事現場の人が着てそうな服でしたけど、こいつらってもしかして――」


「人間をコピーしてるんじゃないか、とでも考えたのかな?」


「察しがいいですね」


「似たような疑問を抱く者は後を絶たない、というのは本当みたいだね。君達の世代は違うようだけど」


 長光の視線が亜由美に向く。


「長光先輩、何でこっちを見るんですか」


「去年、この階層で今の彼と同じようにローグを倒した時、空閑さん達は人間じゃない事に喜んだだけで、その先にある何かに疑問を抱かなかったからね」


「もしかして……バカにしてます?」


「まさか……僕たちの仕事は、あくまでダンジョンの探索であって、ロマンを追い求めることじゃない。その点において、君達の仕事に対する姿勢は、とても助かってるよ」


「褒めるなら、もうちょっと言い方に気を配ってくださいよ」


「時田くん。せっかくだし、憶測で良ければ答えるよ」


「それで構いません」


「これは2年前、先輩のサムライに聞いた話だけどね。ダンジョンを探索する仕事は、1999年から始まった。当時は、今のような技術がなかったから、とにかく数を投入。二十世紀の末期は、職にあぶれた人が大勢いたから、サムライのなり手に不自由しなかったらしい。しかし、当時のサムライは烏合の衆。殉職者の数は、1万人を上回ってる」


「いやいや、ここ数十年でそんなに人が居なくなったら普通、騒ぎになるでしょ。」


「ネットが普及する前の時代だから、情報操作はマスコミと行政を抑えるだけで済んだみたいだね。何より、当時の人権と倫理観は、今の時代からしたら破綻してるし、コンプライアンスなんて言葉も無い時代。それにサムライ達には、ローンを賄う前金と潤沢な報酬を払ってるから、大事にならずに済んだみたいだね」


(金の力は偉大だなぁ)


「話を戻すけど、そんなわけでダンジョンには遺体が山のようにある。だから、人間型のモンスターは殉職したサムライを模倣してると思われる、が答えになる。確証は無いけどね」


「ありがとうございます」


「それじゃせっかくだし、僕から一つお願い事を聞いてもらおうかな」


「俺に出来ることであるなら」


「好奇心が旺盛なのは結構だ。未知の事象に胸を躍らせ、想像力を働かせたくなる気持ちも理解できる。しかし、君のロマンに、僕たちの命を巻き込むようなマネは止めてほしい」


「ロマン……ですか?」


「ゲームだと、よくあるだろ。少し上手くなると、もっと強い敵と戦いたい、レアなアイテムが欲しい、見た事がない景色を見たい、みたいなことで、自分勝手な行動をしないでくれって話さ」


「ご忠告ありがとうございます」


 予想外の返事だったのか長光は目を見開いた。


「あれ? 何か変なこと言いましたか?」


「君みたいなのは、もうちょっと向こう見ずな性分かと思ってたんだけど、僕の想像を遥かに上回る慎ましさにちょっと驚いただけさ」


「俺は、人生の先輩方のアドバイスには、耳を傾けるタイプですよ」


 この言葉は嘘ではない。


 実際、秀矢の交友関係はリアルとネットで大きく二分してるが、とりわけ秀矢の人生観の形成と交友関係は、ネット上の交流が大きな割合を占めてる。


 幼少期の頃からネット対戦に熱を入れてた秀矢は、SNSやコミュニケーションサービスを早期に利用して、様々な大人と交流する機会に恵まれた。


 中学に上がり、ランペイジに出会ってからは、ネット上の交流に拍車がかかる。


 オフラインイベントにも参加することとなり、良くも悪くも様々な大人とコミュニケーションを深める。


 中には、不敬な輩も居たが、大半は真っ当な大人なのが救いだった。


 自分と出会うまでの人生の足跡、価値観、主義、思想、社交性、処世術――実体験に伴うアドバイスは、中学生の秀矢には、新鮮で知的好奇心を大いに満たしてくれた。


 話を聞いてるだけで、背丈が伸びた気分になった。


 無論、何も考えずに従うわけではない。


 相手の言い分をきちんと最後まで聞いた上で、それを試すか拒否するかは、自分の頭で考えてから決める。


 その際、何故試すのか、何故拒否するのか、この『何故』の部分を必ず言語化する。


 人の話には耳を傾けること、頭ごなしに否定しないこと。


 これは様々な大人達とのコミュニケーションを通じて学んだ、処世術の一つである。


 秀矢の言葉に不満を抱いたのか、亜由美が「らしくないなー」とため息まじりに言う。


「今年の新人は、とても優秀で助かるよ」


「だから先輩、何でわざわざ、こっちを見るんですか」


 ローグを倒してから小1時間が経過した。


 秀矢は、持ち前の才能と亜由美のバフスキルによるステータスの向上も相まって、早くも第1階層の狩場をソロでこなせるレベルに到達した。


 今は遠くから、長光と亜由美が見守る中、一人で黙々とモンスターを狩り続けてる。

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