第90話 新人加入
7月第1週の土曜日。
任務を控えた秀矢たちは、いつもの広い和室にいる。
屋敷内は、空調が効いてるのか涼しくて快適だ。
「今日は任務の前に、紹介したい者がいる」
秀矢たちの向かいで、あぐらをかいてる蛟牙が言った。
蛟牙の側らには、黒髪の少女と大型犬のペットロボットがいる。
女性は座布団の上で正座している。
真っ直ぐ伸びた姿勢。
日本人形を想起させる黒髪の尼削ぎ。
凛とした顔つきからのぞかせる強い意志を秘めた瞳は、秀矢たちの間に緊張感をもたらす。
黒髪の少女の隣にいる、お座りの姿勢のペットロボットは、こちらを値踏みするかのように首を左右に振ってる。
「待たせたな、お前達。この子が待望の新人だ。ほら、挨拶せい」
黒髪の女性は蛟牙を一瞥し、コクリとした。
そして、秀矢たちの方に向き直ってから口を開いた。
「サムライの皆様とは既に顔を合わせていますが改めて――私の名前は、法龍院巳月と申します。以後、お見知りおきを」
形式ばった挨拶と共に、黒髪の少女――巳月は深々と座礼する。
見事なまでの所作に、釣られるように秀矢も頭を下げた。
「聞いての通り、この子は、わしの一人娘だ。待たせた分、腕は保障する。長光、存分に使ってやってくれ」
「承知しました」
言い終えた長光は困惑した表情で、巳月と蛟牙に視線を行き来させる。
《その子、じっちゃんの娘? 孫じゃなくて?》
「ああ。わしの一人娘だ」
《じっちゃん、年いくつ?》
「100を超えてから数えてねえなあ――って、お前達。何だ、その……化け物を見るような目は。わしが子を作るのがそんなにおかしいのか?」
蛟牙の問いに誰もが口をつぐむ
「亜由美、上級国民の事情には、無闇に立ち入らない方がよさそうだ」
秀矢は亜由美に向かって小声でと言った。
《えー、ちょっと気になるなあ》
「おいガキども。言っておくが法龍院家は、お前達が考えてるようなドロっとした愛憎劇なんてねえからな。期待しても無駄だぞ」
《なーんだ》
亜由美が残念そうに言った。
話が妙なところで切れたためか、秀矢たちの間には何とも居た堪れない空気が立ち込める。
もどかしい静けさの中、沈黙を破るかのように巳月の様子が変わった。
唇をキュッと強く結ぶと同時に、両ひざがぷるぷると震えだしたのだ。
(足がしびれたのか?)
秀矢たちは各々、楽な姿勢で座ってるので、しびれとは無縁。
何なら、雇用主が話してる最中でも平然と姿勢を変えるほどだ。
しかし、巳月は違うようだ。
頑として姿勢を崩そうとしない。
そのためか、表情から余裕がなくなっていた。
懸命に何かをこらえてる様子がうかがえる。
それを衆目の前で、指摘しても良いのか。
高貴な家柄の一人娘に恥をかかせても良いのか。
秀矢の頭の中は、そんな事が逡巡する。
理由は異なるかもしれないが他のサムライ衆も、指摘したくでもできない、あえてしない、といった模様。
「母上ッ!」
堪えきれなくなったのか、巳月は切迫した口調で助けを求めたようだ。
続けて、襖を開ける音が鳴る。
部屋に入ってきたのは、侍女のお仕着せをまとった女性――明美だった。
「巳月お嬢様、いかがなされましたか?」
巳月は無言で、明美に手を差し出す。
巳月の様子を見て察したのか、明美は巳月の手を掴んだ。
巳月は膝を立てた。
明美を支えに、立ち上がろうとしてるようだ。
しかし、足のしびれが邪魔してるのか、巳月は明美にしがみついたまま。
ミディスカートで隠れてるが、巳月の両足は生まれたての小鹿のようにぷるぷる震わせてるに違いない。
すると、亜由美が小声で話しかけてきた。
《お手伝いさんとの子供、ね。これは、きな臭くなってきたわ。闇深案件よ、秀矢》
「やめろ、亜由美。この案件は、庶民の手に余る」
「巳月ちゃん、大丈夫?」
日下部が声をかけた。
「大丈夫、慣れない姿勢で足が痺れただけ」
「ここ、空いてるから」
「隣、失礼するわ。日下部奈央」
「巳月お嬢様。今、座布団をお持ちしますので少々、お待ちください」
明美は、先ほどまで蛟牙の隣で巳月が使用してた座布団を運んでくると、巳月は座布団の上に腰を下ろした。
姿勢は、女の子座り。足の痺れを心配する必要はなさそうだ。
「皆様方、くれぐれも巳月お嬢様のことをお願い致します」
明美は丁寧なお辞儀をする。
《やっぱり、あるじゃん。愛憎劇の一つや二つ。正妻ではあきたらずに女中に手を出すご当主様。大きな屋敷には付き物ね。ミステリーの鉄板よ》
亜由美が小声でささやく。
秀矢も渋々、小声で応じることにした。
「いいか? 亜由美……俺は、しがない従業員。だから、この家の事情には、絶対に深入りしないぞ」
《秀矢ってスポンサーにめっちゃ弱いでしょ》
「俺は亜由美と違って、ピンじゃ客を呼べないからな。チーム単位とは言え、スポンサーがつくだけありがたいんだよ」
秀矢は他のサムライの様子をうかがう。
3人とも蛟牙、明美、巳月の三人の人間関係に立ち入るつもりはないようだ。




