デート終了
視点が変わる。
亜由美も外野の声が気になったのだろう。
視線の先は俺達のいる席から、少し離れたテラス席。
そこにいる別の学校の制服を着てる男女がこちらを見てる。
男はチャラ男、女性は黒ギャルといった風貌で、お似合いのカップル。
チャラ男の方は、明らかにこちらを見下しており、遠くからでも識別できるほどの下卑たニヤけ面が印象的だ。
女性の方も男に同調してるようだ。
ああいう人達は、この手のカフェに無縁だと思ってたけど。
「ほら、やっぱり。男の方は、冴えねェ顔してる。無理してる陰キャって感じ」
《聞こえてるっつうの》
「秀矢はさ、普段から身形に気を配ればいいのになー、って常々思うんだよね」
「ふーん、男子でもそんなに変わるの? 何か変な物が視えてるんじゃない?」
「全然、違うわよ。……そうだ! この後、アパレルショップとメンズコスメ買うのに付き合ってよ」
《俺、毎日髪をセットしたり顔に何か塗りたくるのは嫌だぞ》
「顔出しイベントでやってるくせに」
《それは世間に素顔を晒さないための自衛策だ。どうしても、というなら専属スタイリストを手配してくれ。整髪とかスキンケアとか、あんなの毎日、自分でやるのはゴメンだ》
「ええー、スタイルよくて素材も悪くないのに勿体ないなぁ。……でも、余計な虫が寄り付かないのは好都合ね」
いくら推しにおだてられても、無理なことは俺にだって一つや二つはある。
亜由美が生き返って、オフイベントで対面する機会あるなら、いくらでも気合を入れてやる。
その分、日常生活ではダラけさせてもらう。
「それにあっちの女の方もさ、ホラー映画から飛び出てきたような暗い感じがさぁ――」
「きっしょ。あんなのが居たら、いい雰囲気が台無しじゃん」
壱河は一瞬だけ食べる手を止めた、と思いきや間を置かずに食べ始めた。
俺の事はともかく、恩人を悪く言われるのは気分が悪いな。
「さすがにムカつくわね」
亜由美が小声で不満を口にする。
「気にしなくて、いいわよ」
壱河がいつもの表情で言った。
「でもさ――」
「仕事の出張先で、よく言われるもの」
そう言いながら、壱河は目の前のケーキを堪能してる。
件の二人は、こちらを見て笑い者にしてる模様。
「うわっ! 男の方がこっち見てるよ」
「げー、何か呪われそうでこわーい」
「おまけに幽霊みたいな女連れて、何が楽しんだか」
「幽霊みたいって、ありえなくない?」
「本物の幽霊だったりしてな」
「それじゃあ写真撮って、皆に見てもらおうよ」
やつらのスマホの背面レンズがこっちに向けられた。
「秀矢、あいつらの名前と学校名を教えて」
《わかった》
断る理由はなかった。
今の俺は、目の前で恩人を侮辱されて、黙っていられるほどお人好しじゃない。
躊躇なく、奴らの顔写真をデータベースに照会。
秒もかからずに、奴らの個人情報を入手できた。
《男の方は、森田レオン。女の方は、相川ルナ。私立原黒高校に在籍。どちらも2年生だ》
「次は、2枚の画像生成をお願い。1枚目は森田とかいう男が別の女の子とデートしてる感じの画像。2枚目は相川と別の男。背景は有名チェーンのカフェで、主要人物の服装は全員同じ学校の制服で」
《はいよ》
さすが法龍院家のトンデモ技術。
物凄い速さで亜由美の要望通りの画像を生成した。
その画像は素人の俺からすれば、AIが作ったものには見えない。
「壱河は、ゆっくりしてていいからね」
亜由美はスマホを持って、席を立った。
向かう先は、件のカップルのいる席。
亜由美が二人の前に立つ。
二人は一瞬、ギョッとなる。
二人にとって、亜由美――もとい俺の体がやってくることは予想外に違いない。
「レオン、俺だよ俺。久しぶりだな。覚えてない?」
亜由美は馴れ馴れしく男に声をかけた。
「こいつ、あんたの知り合いなの?」
「え? いや、知らねえよ」
「でも、あんたの名前、知ってるみたいだし――」
「んなこと言われてもよ」
二人をとりまく空気が変わった。
相川ルナの方が森田レオンに疑念を抱いたようだ。
隙を見計らって、亜由美はスマホを操作して、森田レオンが映ってる方の画像を表示する。
「しっかし、レオンは高校に入ってから、毎回違う女の子連れてるみたいでうらやましいね」
黒ギャルが凄まじい形相でチャラ男を睨みつける。
「あんた、もしかして、まだ前の女と関係が続いてるの?」
「そんなことねえよ。あいつとは、ちゃんと別れたって。今は、お前一筋だ」
チャラ男は毅然とした態度で言い切った。
その言葉が刺さったのか、黒ギャルの顔から怒りが消えた。
「それじゃあ、この子はなんなの?」
亜由美はスマホの画面を黒ギャルに突きつける。
効果はてきめんのようだ。
黒ギャルは冷酷な視線をチャラ男に向ける。
ゴミを見るような目、とはまさにこのことだ。
「最っ低! 二股かよ」
「ちょっ!? こんな女、知らねえよ! つうか、この写真、何なんだよ!」
仕掛けたこっちが不安になるほど、二人はあっさりと仲違いする。
……AIによる画像生成も考えものだな。
「お二人はお取込み中みたいだし、俺はこれで失礼するよ。久しぶりに会えて楽しかったよ。それじゃあな、レオン」
亜由美は俺の声で言い残すと、自分達の席に戻った。
壱河は変わらずに黙々とケーキを食べていた。
何となくだが、食べる速度が上がってるように見えた。
「会計は、ソクペイでお願いします」
亜由美はバカデカスマホのキャッシュレス決済アプリで、サッと支払いを済ませた。
俺は支払額を見て、ギョッとした。
あと少しで、最新ゲーム機の最大容量に手が届きそうな金額じゃないか。
確かに、食べるだけなのに異常に長いとは思ってたけど、こんな金額になるまで食ったのかよ。
「うーん、テスト明けのスイーツは格別ね」
壱河はご満悦の模様。
「さて、この後は――」
それは、店の出入口を出た時のことだった。
急に俺達を阻むように、何者かが飛び出してきた。
《こいつ、さっきの男じゃないか。確かレオン》
しかし、何だか嫌な気配がする。
身形は一切変わってないが風貌、佇まい、まとってる空気が明らかに違う。
鋭い眼光からは明確な敵意を感じる。
そして、チャラ男の表情には、怒りや憎しみはおろか何かしらの激しい感情がない。
計画的な犯行をするために頭を冷やしてる。
そんな感じの印象を受けた。
「何か用?」
亜由美は落ち着いた声音で訊ねる。
《気を付けろよ。こいつ、ちょっと様子がおかしいぞ》
「わかってる……ゴメン、壱河。ちょっと店の中で待っててくれる?」
「……怪我『させないように』ね」
程なくして、店の扉の開く音がした。
同時に、チャラ男が殴りかかってきた。
テラス席がざわつく。
当然だが無手の素人なんて、俺達の敵じゃない。
亜由美はちゃんとあいつの攻撃を回避してる。
ダメージ判定がないのがその証拠だ。
「秀矢。正当防衛のために、一発だけもらうわよ」
《顔以外にしてくれよ。家族が心配するから》
「オッケー」
俺の願いが叶ったのか、チャラ男は右脚でトロい蹴りを繰り出す。
それをワザと脇腹に食らい、大袈裟に吹き飛ぶ。
そして周りの客や店の備品を巻き込まないように転ぶ。
テラス席が騒がしくなる。
おまけで、スマホのカメラを俺達に向けてる客の姿もちらほら出てきた。
ちなみにチャラ男のミドルキックは、左の上腕二頭筋で受けてるのでノーダメージ。
日頃からストーカーを相手してるだけあって、荒事の対処はお手の物らしい。
今の亜由美は、俺の体を俺よりも上手く扱ってる気がする。
「正当防衛成立っと。やっぱ、男の子の体は違うね。シシシ」
《亜由美、もしかして、リアルで好戦的なのか?》
「いやあ生前はさ。ストーカーを何度も撃退してる内に思ったのよ。男の子の体で思いっきり、ぶん殴ってみたいなあって。ほら、女の子だと……ね」
《……壱河を待たせてるから、早めに切り上げてくれ》
「はーい」
再び、チャラ男が襲い掛かってきた。
やはり、違和感がある。
普通、デートの邪魔をされたなら、もっとムキになるはずだ。
それに公衆の面前で喧嘩を吹っ掛けてくる気性なら、人目をはばからず大声で喚くはず。
だがチャラ男は、感情を表に出さないまま、鋭い攻撃を仕掛けてきた。
しかし、チャラ男がいくら冷静だとしても、ここからの展開は言うまでもない。
亜由美の圧勝だ。
チャラ男の攻撃をことごとくかわしては反撃をするのみ。
亜由美の視点を見てた俺は、あまりの力量の差に、チャラ男が怪我しないことを祈るほどだ。
あえて特筆すべき点を上げるとするならば、チャラ男は思ったよりもしつこく食い下がってきたくらいだろう。
それも一言も言葉を発することなく、ゾンビのように何度も何度も起き上がった。
見るに見かねたのか、最終的には観客の中から複数人の男性が出てきて、チャラ男を抑え込むことで決着がついた。
「食後の運動しよっか」
決着がついた瞬間、俺の体は壱河に引っ張られた。
そして全速力で、その場から走り去った。
1キロほど走ったところで足を止める。
「ギャラリーは居なさそうね」
「そうみたいね」
亜由美は俺の体だから当然だけど、壱河は凄いな。
あれだけ食った後の運動だと言うのに、息切れしてないし、お腹の調子も良さそうだ。
「それじゃコスメショップに行こっか。秀矢は言うまでもないけど、壱河もメイクすれば絶対に可愛くなるわよ」
「結構よ。私のメイク、亡者にウケがいいんだから」
どうやら死者の世界にもルッキズムがはびこってるようだ。
死んだくらいじゃ陰キャは楽になれないのかよ。
「そういうものなの? 幽霊の世界って――」
「現に今日は、あんたからデートのお誘いがあったじゃない」
「ああっ! たしかに!」
「今日は、ご馳走様。思いの外、楽しかったわ。新しい知見も得られたし――」
「ええー、ショッピング行こうよー」
「今日の様子を見て思ったけど、体が入れ替わった状態での外出は控えた方が良さそうね。時田くんのためにも」
「うーん、仕方ない。次までに男の子の生活習慣を履修しておくわ」
「楽しみにしてるわ。それじゃあね」




