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禁止エリア

《つまり、俺達のいる場所は禁止エリアだ。ダメージゾーンなんて目じゃない。誰かに見つかったらゲームオーバーだ》


「さすがに、ここで女子に見つかったら、ヤバイよね?」


《間違いなく社会的に処されるな》


「これでも、他の生徒が寄り付かなさそうな遠い場所を選んだんだけど」


《目撃者を避ける気遣いには感謝する。それでも学校から処されるだろうけどな》


「さすがに、そこまでは無いんじゃない?」


《亜由美。もし女子トイレに男がいたら、どう思う?》


「殺すわ」


《だろ? 言い訳の余地は皆無。情状酌量は期待がもてない。俺達の事情は、裁判所では荷が重すぎて、天秤がもたねえし》


「この状況を打開する策ない?」


《知らねえよ。俺、禁止エリアに入ったこと無いもん》


「そうだ。こういう時こそ基本に立ち返るべきよ」


《男子禁制の聖地に足を踏み入れちゃってる時点で基本から大きく逸脱してるだろうが――》


「何、言ってるのよ。学校みたいな閉鎖空間の場合、護衛に助けを求めるのがセオリーよ」


 何だか聞き覚えのあるフレーズだ。


 プラチナカードの件があるから怖いけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


 亜由美のアドバイス通り、部外者に助けを求めるとしよう。


《わかった。それじゃ亜由美、頼む》


「無理。アイボーからでもヘルプは呼べるし、チャットならアイボーになった秀矢の方が早いからさ。何より今の私が声を出すわけに行かないし」


《それもそうだな》


 俺は藁にも縋る思いで、護衛の電話番号に発信した。


 呼び出し音に混ざって、コツコツと足音が聞こえる。


 誰かが禁足地にやってきたようだ。


 体が無いのに、緊張で全身が冷たくなった気がした。


「はーい、こちらー。ミズチ電機サポートセンター、担当の村田でございやーす」


 よりにもよって、こっちも女性かよ。


 しかも、ダルそうな声してるし。


 うん、スピーカーはミュートだな。


 よし、これで俺と護衛の通話が外部に漏れることはない。


「あのー、例の新人くんでしょ? 女の子の魂をスマホに閉じ込めたキモイ子」


 出鼻をくじかれるどころか心までポッキリ折れそうだ。


 いくら配信者(おれ)でも、異性から謂れのない誹謗中傷を受けたら傷付くんだぞ。


「あーあ、三木将くんや荒川くんがよかったなー。やる気が1ミリも沸かないわー」


 消去法でディスってんじゃねえよ!


 ……いやいや、今はそんなことはいい。


 この人達の仕事は、俺達サムライの護衛で元はサムライ。


 俺の大先輩にあたるお方。


 きっと悪いようにはしないはず。


 ここは正直に、俺の置かれた状況を伝えることにしよう。


《今、すっごいピンチなんで助けてほしいんです》


「ふーん。具体的には?」


 よし!


 さすがに仕事と私情は分けてくれてるようだ。


 ありがたい。


《学校の女子トイレから誰にも見つからずに脱出したいので助けてください》


「死ね。虫けらが!」


 村田さんの冷淡な一言に続いて、アラートが来た。


 そこには短い一文で『士道不覚悟』と書かれてる。


《ギャアアアアアアアアアアアアア! 俺の体があああああああああああああああああああ》


 俺の体の顔が苦悶の表情を浮かべた。


 そして、俺の体の胸部、心臓のある場所を左手で強く握りしめた。


 亜由美、大丈夫か!?


 めちゃめちゃ苦しそうだけど。


《何でゴキブリみたいに俺を殺そうとしてんですか!》


「やってる事はゴキブリ以下でしょうが。でもまあ居場所を素直に連絡しただけ、インフルにかかった豚よりマシね」


《だったら早く止めてくださいよ》


「禁忌を犯したクソガキは、死んだ方が世のためかな、と」


《俺は、介錯より解決を希望します!》


「……確かに訳アリのようね」


《やっと、わかってくれましたか。それじゃあ早く止めてくださいよ》


「落ち着いて。もう止まってるわよ」


 本当か?


 確かに村井さんの言う通り、先ほどまで苦しみ悶えてたのが嘘のように俺の体はしゃんとしている。


 というか、凄いな亜由美。


 心臓が止まってたのに、一言も声を発しなかったぞ。


 あれは男の俺でも辛かったのに。


 ……まさか死んでないよな!?


 亜由美の安否が気掛かりなのでチャットを打ち込む。


《無事か? 亜由美》


 すると間髪入れずに、亜由美が高速でチャットに返信を書きだした。


「大丈夫よ。私、慣れてるから」


《慣れてんの!? そっちの方が怖いんだけど》


「空閑ちゃんはねー、厄介ファンに絡まれると、ついやりすぎちゃうからね」


《ファンの風上にもおけない不届き者は処刑していいと思います》


「あんたも同類でしょうが」


《失礼な。俺は厄介ファンじゃありませんよ。ちゃんと節度を保ってます》


「そんな感じでね、女の敵はことごとく抹殺したい気持ちはわかるけど……うちら、こう見えて民間企業だからね。民間人への過剰防衛は後始末が面倒だから厳重注意ということで、軽めの心臓麻痺をすんのよ。あんたなら分かるでしょ?」


《そうですね》


「これは言うなればイエロカード。もし居場所を嘘ついたら躊躇う事なくレッドカードを出してたわ」


 よかった。


 人間、素直が一番だな。


 おかげで命拾いしたよ。


 お? 亜由美が何か打ち込んでるぞ。


「ちなみにやりすぎちゃった場合は、きちんとアフターケアしてるわよ。賠償金も払ってるんだから」


《凄いな亜由美。ストーカーにも恩情をかけるなんて》


「記憶も消すから、賠償金のうち7割くらいはキャッシュバックするけどね。スパチャで」


《凄いな亜由美。情けは人の為にならず、とはまさにこういうことを言うんだな》


「ん? あんたの国語力はこの際、置いといて――それよりチャットが盛り上がってるところ悪いだけど、ちょっと聞いていい?」


《何でしょうか》


「何で、心臓が麻痺ってるのに、イキリ陰キャの大袈裟な悲鳴が聞こえたのかなって」


《……いちいち刺さないと話ができねえのかよ、この人》


「小声で言っても聞こえてるわよ。ちなみに他のサムライには、ちゃんとボールを投げてるから安心して」


《だったら俺にもナイフじゃなくてボールをくださいよ。――そんなことより本題に入りますよ! 実は今、俺と亜由美の魂が入れ替わってるんです。信じられないかもしれないけど――》


「え゛!? キモッ」


《ドストレートなリアクションありがとうございます!》


「でも、信じる他なさそうだけどね」


《わかってくれるんですか!?》


「普通に考えて、心臓が麻痺ってるのに大それたリアクションができるわけないもん」


《そんなものなんですね》


「それに、あんたのスマホには何かの手違いで空閑ちゃんの魂が入った。だから『何かの拍子で入れ替わることもあり得る』と判断した」


 村田さんと話をしてると、コンコン、と扉をノックする軽快な音が聞こえた。


 くそう!


 村田さんの私情のせいで、誰かが入ってきやがった。


《すみません、事態は想像より深刻です。だから、何か良い知恵を下さい。もしくは迎えに来てください》


「それじゃポチっと――」


《ギャアアアア! 俺の体がああああああああああああ! そっちのお迎えじゃねえええよおおおおおおおお!》


「スマホに女の子を閉じ込めるだけでは飽き足らず、男子禁制の聖域を侵す変態行為。やっぱり死んだ方が世のためかなと思って」


《あんたさっき、入れ替わりを理解してたじゃん! もう忘れたのかよ! 脳みそのギガ尽きてんのかよ!》


「ウソウソ。止めたから安心して」


《大丈夫か? 亜由美》


 俺の顔の色が青から肌色に戻っていく。


 俺の体と亜由美の無事を確認して、ホッとする。


《亜由美どうした? 上に何かあるのか?》


 俺の顔がみるみる内に顔面蒼白になった。


 両目ガン開きで、唇を震わせてる。


 何を見てるのだろうか。


 そう思った瞬間、視点が変わった。


 トイレのドア上部から、黒くて長いものがだらーんと垂れ下がってるのが見えた。


《か、怪奇現象かな? もしかして、ここ、花子さんの定位置だった? 俺達、お邪魔だったよね? い、今すぐ出ていくからねー。失礼しやーす。ほら、動け。俺の体》


 終わりだ。


 生きた人間に見つかった。


 この時ばかりは、悪霊の方が何百倍もマシだった。


 言い訳の余地もない。


 せめて最後の抵抗として、ミュートを解除した上で、素知らぬ顔をして切り抜けることを選んだ。


 黒くて長いものがススッと少しだけ上にズレる。


「今は『時田くん』と呼んだ方が、いいかしら。悪霊さん」


 そこには、亡者に勝るとも劣らない佇まいの女子生徒がいた。


《い、壱河!?》


「初回サービスに、学生ローン。ふふ――」

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