テストは諦めた
妹との通学を避けるため、俺と亜由美は逃げるように家を出た。
今は通学路を避けながら、学校に向かってるところだ。
「うーん、朝日の下で歩くって、こんなに気持ちいいんだね」
《亜由美》
「ん?」
《体に違和感ないのか? 何の前触れもなく野郎の体に入ったじゃん?》
「ないわよ。普通に体を動かすくらいなら、いつも通りって感じかな」
《そういうものなのか?》
「私もともと、心と体がぴったり一致してる感覚があまりないのよね」
《だから、魂が入れ替わったとでも?》
「どうだろ。外には出たいなあとか、美味しいスイーツ食べたいなあ、みたいなことは考えてたけど、秀矢の体を乗っ取ろうとは思ってないわよ」
心と体が一致しない……ねぇ。
どれどれ――お、ヒットしたな。
解離性障害というのか。
その中でも、亜由美の自覚症状に寄せてるのが『離人感』かな。
体と精神が切り離されたような感覚。
自分の生活なのに、外から観察してるように感じるらしい。
俺は医者じゃないから解離性障害と判断できないけど、これが元の体に戻るヒントになるかもしれない。
でも、ステータスは異常がないし、何より俺が生きてることになってる。
ナノマシンによる簡易検査も同様。
これ以上の検査は、屋敷で精密検査を受けるしかなさそうだ。
そのためにも、まずは午前のテストを無事にやり過ごせることを祈ろう。
テストか……。
確か今日のテストは、数学と英語に化学か。
《亜由美、テストの自身はあるか?》
「任せて!」
《おお、さすが上級生。頼りになるなぁ》
「ちゃんと漢字で『時田秀矢』って書けるわよ」
《あの……亜由美、先輩?》
「ん?」
《点数が取れるかどうかを、聞いてるんですけどね。具体的には、数学と英語と化学なんですけど――》
「大丈夫、大丈夫。選択問題なら当てる自信があるわよ。ランペイジで鍛えた当て勘を見せてあげるわ」
《だからテストだって! しかも公立高校のテストだから、選択問題じゃ稼げないんだって! ほら、亜由美は俺より一年多く高校生してるじゃん?》
「……そう、ね」
《だから先輩として、履修済みの教科だからさぁ。人生2週目みたいな感じの知識チートで高得点を狙えないかなーって》
「……」
《せめて、赤点くらいは何とかなりませんか……ね? うち、進学校じゃないし、偏差値も高くないから……ね? ね?》
「秀矢。テストというものはね、対戦ゲームと同じように日々の積み重ねが大事なのよ」
《その日々の積み重ねを発揮する機会が唐突に奪われて困ってるんですけど》
「秀矢。私が入学した通信高校にはね、留年とかテストという概念がないのよ」
《でも、少しは高校の勉強をしてるよ……ね?》
「秀矢。じっちゃんの会社が作ってるAIって凄いのよ。高校レベルの勉強ならアイボーに丸投げすれば一発よ」
《……翻訳すると、高校の勉強はアテにするな、と》
「てへ」
《俺の体で、その声とポーズは止めてえええええ!》
「だからさっき『多くは期待しないで』って言ったじゃん」
《あれは高得点という意味合いででして、赤点だけは回避してほしいなぁって――》
「それにほら、視覚は共有できるんだし、私ががんばって書くから秀矢が答えを教えてくれれば――」
《テスト中にスマホが使えるわけねえだろうがああああああああ!》
仕方がない、今日のテストは諦めよう。
まあ、初日と二日目である程度稼げてるはずだから、悪い印象を与えることは無いだろう。
今の内に、追試と0点の覚悟だけは決めておこう。
「はーい、一番後ろの席の方は、答案用紙を回収して先生に提出するように」
最終日、最後のテストの終わりを告げるチャイムと先生の号令が聞こえた。
俺は、百瀬のアイボーとのオセロを中断した。
テスト期間中は、スマホを先生の目の届かないところに仕舞うように強く言われてる。
だから俺は、カバンの中に閉じこもるしかなかった。
程なくして担任の十塚先生がやってきて、ホームルームを経て、下校となった。
テストの事は後回し。
まずは今日一日を無事に乗り切ることに専念しよう。
亜由美には予め、放課後になったらすぐイヤホンをつけるように、と伝えてるから、そろそろ話が出来るはずなんだけど……ちょっと遅いな。
ん?
何か物凄いスピードで校内を走り回ってないか?
後、アラートが出てるな。
何々、『膀胱が危機的状況のため、早急の排出を進言します』。
要するにトイレね。
ヘルスケアの事は知ってたけど、ここまで管理してるのかよ。
プライベートも何もあったもんじゃないな。
でも、このアラートの要因は、俺自身の体だしな。
今更、何を見られようとも、今朝の金塊事件以上のものはない。
などと考えてる内に、扉の閉まる音と鍵をかける音が聞こえた。
水を流す激しい音が続く。
アラートが消えた。
どうやら危機的状況から免れたようだ。
――待てよ。
アラートをあげてたのは膀胱だったはず。
膀胱なのに、わざわざ扉を開けて鍵を閉める必要あるかな?
……嫌な予感がした。
マップを開き、現在地の緯度、経度、標高を抽出し、ストリートビューに代入。
スケールシリーズはたしか日本全国の公共施設なら内部までストリートビューで見れたはず。
自分がアイボーだと脳波で物を動かす感覚でアプリが使えるから楽だな。
……やっぱり。
俺はスマホのバイブ機能を使った。
そして『声出し禁止。俺がOKを出すまでチャットで会話』とチャットアプリを打ち込む。
通話はダメだ。
たしかにイヤホンを使えば俺の声は周囲に聞こえなくなるけど、亜由美の魂が宿った俺の体から発せられる男の肉声は、小さくはできても消すことはできない。
「……?」
薄暗い個室の内部が見えた。
カバンからスマホを取り出したようだ。
うん。ズボンはしっかり穿いてるようだ。感心、感心。
続けて、俺の顔がアップで映る。
口は固く閉ざしてる模様。
どうやら亜由美は、俺のチャットを読んでくれたみたいだ。
《亜由美、今、どこにいるのか分かってるのか?》
「お花摘み」
《お手洗いだな。――で、黒と赤、どっちに入った?》
「当然、赤に決まってるでしょう。私は女の子なんだから」
《今の亜由美の体は、男の子なんだけど》
俺のチャットを見て思うところがあったのか、俺の体の目が大きく見開く。
そして、みるみるうちに顔が青ざめていく。




