推しからしか摂取できない必須栄養素
「時田、壱河。お前達二人は、毎日毎日楽しそうだな」
「運動部のスカウトマンを振り切ってるだけだ」
俺は事実を端的に答えた。
「ホント、最悪よ。運動部なんて、この学校から消え失せればいいのに」
壱河は恨み節をつぶやく。
映像作成部の部室で三人揃って昼食をとるのが当たり前になっていた。
ただ、俺と壱河は例の騒動のせいか、運動部から熱烈なスカウトをたまに受ける。
同じクラスの連中は担任のおかげもあって、すぐに諦めてくれたけど、別のクラスや学年の奴らは厄介なことに、ノーを突きつけても、日を置いてから再びやってくるのでタチが悪い。
新学期が始まって割と日が経つのに、何が悲しくて食前の運動を強いられなきゃならんのだ。
しばらく、三人でダラダラ話をしながら昼食を終えた。
時間はまだ余ってる。
ぼうっとしてると、コーヒーを淹れ終えた百瀬が口を開いた。
「ちょっと二人に話がある」
「どうした?」
「……」
壱河は視線で応じてる。
口数が少ないのは、ここ数日一緒に過ごしてて、わかってる事なので百瀬も気にしてない模様。
「この前メールした件だよ。うちの部の記念すべき一本目の動画をどうしようかって話」
「……あ、ちゃんと活動する気あったのか」
「部費を使い込んでる分、成果物は残しておかないとな」
「高校生らしい、というカテゴリーで、大金を稼げる動画が作れるんかね」
「おいおい、大金って……動画を上げれば誰も彼もが稼げる時代は、とっくに終わってるって」
「それじゃ演劇部に頼んでドラマを作るとか?」
……うう、声を大にして言いたい。
この部の金は、俺が命懸けで稼いだお金であることを。
言えるわけがないので、適当に話を合わせる。
俺が動画投稿者なのは隠しておきたいので、学校ならではのネタを思いつく限り口に出そう。
それに俺は、実写の動画コンテンツは門外漢だしな。
「他の部を巻き込むのは、めんどくさいなあ。それに、顔出し動画はデジタルタトゥーだから、ノッてくれるかも怪しいしな」
「それもそうか……」
トピックが変わっても、ダラダラと話をする。
百瀬のモチベからして校内に『ちゃんと部活動してますよ』とアピールする材料があれば十分なのだろう。
正直、ホッとした。
これで再生数やバズを狙ってたら、と思うと気が気じゃない。
「百瀬くん、時田くん」
めずらしい。
この議題に壱河から発案があるとは思わなかった。
百瀬も同じ思いなのか、少し驚いてるようだ。
「もしかすると『動画向け』かなと思って、持ってきたものがあるの。見てくれる?」
相変わらず、か細いうめき声だけど部活動には前のめりらしい。
壱河はカバンから何かを取り出すと長机の上に置いた。
それは、着物をまとった少女の日本人形。
ジャパニーズホラーでは定番の小道具だ。
《ねえ、秀矢。ちょっと嫌な気配がするんだけど、何が起こってるの?》
不意に、亜由美が言葉を発した。
亜由美の口振りからして、こいつは曰く付きなのだろうか。
「壱河、これは日本人形、だよな」
「そうよ」
「この人形にまつわる呪いのエピソードがあるとか?」
「見てればわかるわよ、百瀬」
そういやアイは、ホラゲーの耐性が無いんだよな……。
そうだ!
俺はスマホを日本人形から大体3メートル離れた位置に置いた。
当然、カメラのレンズは画角に日本人形がおさまるように。
すると、日本人形がひとりでに、スマホの方に向きを変えた。
そして、スマホに向かって、しゅるしゅると黒い髪の毛が伸びる。
へえ、怪奇現象ってあるんだな。
百瀬の方はというと「う、動いた!? 勝手に動いてるぞ!」と驚きの声をあげながら、標準サイズのスマホを構えてる。
動画投稿者からしたら、怪奇現象もコンテンツの一つに過ぎないのだろう。
ちなみに俺は、既に超常現象を目の当たりにしてるから、この程度のことには動じない。
《キャァアアアアアアアアアアア――!!》
キタキタキタキタキタキタァ!
これだよこれ!
ああ、推しの悲鳴は堪らねェ……。
しかも新録!
耳が幸福で、脳内がドーパミンで満たされるぜェ。
「時田、アイボーなのに反応が本物とそっくりだな」
「純国産AIさまさまだよ」
《あんたら、なに呑気なこといってんのよ! 種も仕掛けもないお人形が髪伸ばしてんのよ!? 質量保存の法則をぶっちぎってんのよ!? どうみても怪奇現象でしょうが!?》
「ジェネリックだけど確かな有効成分だな、時田」
「凄えだろ」
まあ中身は、本物だからな。
口外にできないけど。
それよりも――。
「百瀬は、アイの事どこまで知ってるの?」
「有名な切り抜きを摘まむ程度に。とりわけホラーの反応集は、結構好きなんだ。編集作業の息抜きに流してる」
「ふーん」
「そう睨むなよ。俺に、特定の推しはいないよ」
「なら、いいか」
《イヤァアアアア! 助けてぇえええ! こっちに来ないで―!》
「そうそう、これこれ。ホラーゲームやってる時のアイの再現度が高いよな」
「いいなあ、時田は。俺にも、なんか面白い案件こないかな」
「無理だろ。インフルエンサーに任せたら、情報漏洩するだろうし」
《ムリムリムリムリムリ、何なのよこれェ!》
宇宙の法則をガン無視した日本人形の髪の毛は、スマホの目前までにじり寄っていた。
まあ呪物なら除霊する力はないだろう、と思い、俺はのんびりと見物を決め込む。
百瀬はスマホで撮影をしており、壱河はニヤニヤしてる。
しかし、髪の毛はスマホの手前で成長が止まった。
《来ない? 来ないの? 大丈夫なの?》
亜由美は未だに怖がってる模様。
《髪の毛が縮んでる?》
亜由美のいう通り、蔓のように伸びた髪が急速に縮んだ。
あの髪の毛、有効射程があるようだ。
《秀矢! 早く、ここから動かして! というかカバンに入れて!》
推しが涙目で懇願するので、スマホに手を伸ばす。
その時、「待って、時田くん」と壱河に呼び止められた。
「どうした?」
「時田、見てみろよ」
「どれどれ」
気のせい……じゃないな。
日本人形が歩いてる……よな?
歩幅が小さいので正面からだとわかり辛いが、横から見ると動いてるのがわかる。
《ねえ、秀矢。あの日本人形、動いてない?》
「気のせいだろ」
《いいや、動いてるね。距離詰まってるの、ちゃんと測ってるもん》
ちっ!
アイボーなだけあって、測量はお手の物か。
「へえ、髪の毛が伸びるだけでなく、ちゃんと自立歩行もするんだな」
百瀬はスマホで日本人形を追跡してる。
「百瀬くんは、怖くないの?」
「よく出来てる人形だなぁ、ってくらいにしか思わないけど」
「そ、そう」
「百瀬が作ったの?」
「……仕上げだけ、私がやった」
何だよ『仕上げ』って!
何をしたら出来るんだよ、こんな呪物!
《ちょっと!? あの人形、止めてよ!? こっちに近づいてるじゃん。私、のろ、呪われちゃうじゃない!?》
「似たようなものでしょ」
《うっさいわね!》
「似た者同士、仲良くなれるわよ。よかったわね、お友達が出来て」
文脈のせいで日本人形がコクリと頷いた気がした。
「ほら、お人形ちゃん、もうすぐお友達のところだぞー。がんばれー」
百瀬のエールのおかげか、日本人形の歩行速度が上がった。
《誰がお友達よ! ひいいいい、こっちに来てる。確実に、着実に、来てるってー!》
一歩一歩、スマホに近づく日本人形。
――と、その時、日本人形はびたーんと転び、顔面を強打する。
スベスベの長机と人形の足裏。
早足になれば、滑りやすくなるのは想像に難くない。
それにしても人形とはいえ、見てる方も痛くなる。
百瀬、壱河も同じ気持ちなのか、ただ静かに日本人形の様子を眺めてる。
亜由美は、視線を反らしてる。
すると、日本人形の手が動いた。
顔を上げて、膝を立てて、懸命に立ち上がろうとしてる。
その姿が、痛みで泣き出しそうなのを堪えながら一生懸命に立ち上がろうとする子供の姿と重なる。
さっきまで無表情だった日本人形の顔がくしゃっとなった気がした。
目に涙を浮かべ、唇を噛む。
ぐぐっと上半身が起き上がり、両脚がゆっくりと真っ直ぐになった。
そして、再びスマホに向かって歩を進める。
健気に前進する日本人形の姿に心打たれたのか、誰も彼もが口を閉ざす。
さっきまで悲鳴を上げ散らかしてた亜由美ですら、慈愛に満ちた表情を浮かべてる。
懸命に歩いては転び、また立ち上がる。
俺達は、ただただ静かに見守るだけ。
そうして数分の時が経ち、ついに到着。
日本人形は両手をひろげてから、スマホに寄りかかった。
《うんうん。私は、ここにいるよ。大丈夫だよ。どこにも行かないよ》
亜由美は涙声で言った。
俺はというと、日本人形のおつかいを最後まで見届け終わると緊張の糸が切れてしまい、さっきまでの感動が嘘のように消し飛んだ。
「うん。いいシーンが撮れたな。自動で動く日本人形、部活動の一環としては上出来だろ」
「いいのかよ、百瀬。だって、ひとりでに動く日本人形なんて不気味だろ」
「うまく編集してストップモーションっぽくすれば、魔改造系で行けそうな気がする。人形の作り方はほら、壱河が知ってるみたいだから、製作工程もバッチリだろ」
「BAN、されてもいいなら、仕上げをお見せするわよ」
「百瀬、製作工程はカットだ」
「まあ仕方ないか。秘伝の職人技は、そう簡単に公開できないよな」
両者の頭に浮かんでる映像は一致してなさそうだけど、話はまとまったみたいだ。
《こらァ! 人間共! 日本人形が一生懸命にがんばったのに、動画の事しか頭にないの? 日本人形にかける言葉はないの? あんたらに人としての情は無いの!?》
「ふーん、呪いの人形でも動画のコンテンツになるのね。私も家で暇な時に、やってみようかしら」
◇◇◇
《秀矢、何か私に言わなきゃいけない事があるんじゃないの?》
昼の一件から放課後を経て、こうして帰宅してからも亜由美はむくれてる。
うーん、何で機嫌が悪いのか。
……あ! そういうことか!
「亜由美」
《うん》
「ありがとう」
《あ゛あ゛ん?》
「アイの悲鳴からしか得られない栄養素を久しぶりに摂取できたことに感謝します」
誠心誠意、心を尽くして、お礼を申し上げた。
ああ、思い出すだけで幸福感が得られる。
《違うでしょうがァァアアアアアアア! ――って、何でキョトンとしてるのよ! もっと他に、なんかこう、あるでしょ?》
「……耳福のひととき、真に堪能いたしました」
《だあああああああああああ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー! なあ゛あ゛ああんも、わかってないじゃん!》
ひ、ひどい。
俺なりに語彙を尽くして、称賛したのに……。
《何で、そんなに嬉しそうなのよ!》
「俺は今、生のアイとプロレスしてるって思ったら――えへへ」
《人を怖がらせたら、最初に言うべきことがあるでしょうが!》
「え?」
《だから、何でキョトンとするのよ! 秀矢のせいで、めっちゃ怖かったんだからね!》
「でも、最後には打ち解けてたじゃん。何か母性に目覚めてたし――」
《それでも、怖かったもん! 秀矢! 私が、アイが怖いの苦手なの知ってるくせに――》
「なら、何故ホラーゲームに手を出す」
《事務所からのプッシュが凄いのよ。何か知らないけど》
つまり悲鳴は100%天然素材のリアクションなのか。
どうりで他と効き目が違うわけだ。
ナイスだ! ワイバーンゲーミング諸君。
《確かに、評判は良いみたいだし、配信中はスパチャたっぷりもらえるし、アーカイブの再生数も回るから、稼ぎはいいんだけどさ。でも――》
うらやましいねぇ、俺も別ジャンルで稼げるようになりたいな。
《――じゃなくて! コホン。つまり、何が言いたいのかと言うと私を怖がらせた件で、心の底からの謝罪を要求します!》
「ちょっと、トイレ行ってくる」
《こらぁ、待てー! くぅうううううう――! 私を恐怖のどん底に突き落とした恨み、いつか倍にして返してやるんだから》
そうだな。
いつか返してもらえるようになるまで、ダンジョンの探索をがんばらないとな。




