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あの、俺が稼いだお金なんですけど……

「却下。高校生に大金を預けられるわけないでしょ」


 放課後、俺は百瀬と壱河を引きつれて職員室におもむいた。


 そして書類仕事に勤しむ十塚先生に交渉を持ち掛けたけど、ご覧の通り一蹴された。


「いやいや先生、聞いてくださいよー。若い内から大金を扱うことで、正しい金銭感覚を養う教育の――」


「部費は、子供のお小遣いではありません」


「ほ、他にも社会に出た時に、甘い話を持ち掛けられた時に動じない精神力が身についたり――」


「私の生徒は、闇バイトだのネズミ講だのに引っかかるような愚か者ではないと信じております。――それとも『違う』とでも言うの?」


「いくら俺でも、甘い話には裏があることくらいは、わかってますけど――」


「そう。あなた達は、詐欺か否かを見抜いて回避する知性があるわ」


「そう、ですね」


「それなら、子供に分不相応な大金を預けるリスクは理解してるわよね?」


「はい」


「ほら、あなた達は既に金銭感覚が備わってるじゃない」


「……」


「それに、こうして先生に向かって、毅然と物を申し立てる胆力と主体性もある。つまり、他人の言葉に惑わされない精神力も十分に備わってると見ていいでしょう」


「それでも――」


「だから、教育の一環として、あなた達にカードを預ける理由も必要もない、と私は考えてます」


「そんなー、どうか、お慈悲をー」


《もういいんじゃない? 諦めた方がいいわよ、時間がもったい無いわ》


「時田、潔さはどこへ行った」


「強欲で諦めが悪くて、見っともなく追いすがる金の亡者は救いようが無いわね」


 俺だって、他人の金なら何とも思わねえよ!


 その部費の出所が俺の口座だから食い下がってんだよ!


「それと私には、あなた達にカードを貸し出せない決定的な理由があります」


 十塚先生は、引き出しから取り出した紙切れを俺に突きつけた。


「このカードはブタ……校長先生が動画制作部の顧問としてではなく、私個人に公務として預かる様に命じられてるの」


 これみよがしに突きつけられた紙切れに目を通す。


 要約すると、校長先生から十塚先生にプラチナカードを預かる様に、と書かれた業務内容と両者の直筆サインと印鑑、さらに学校の公印まである。


 ――甘かった。


 説得するには最低でも、十塚先生の偏見(じょうしき)を叩き伏せるための理論武装が要る。


 日常生活に討論が無い俺では、この状況を打開する手立てがない。


 正直言って、あの紙切れは物凄く怪しい。


 法的効力や学校特有のローカルルールが蔓延る閉鎖的な環境うんぬんはさておき、いちいちクレカの貸し借りで、こんな御大層な命令書を用意するか?


 でも『怪しい』というだけでは、先生の主張を突っぱねるには弱いし、仮に反論できたとしても一般市民の社会通念は『未成年には不用意に大金を持たせない』が多くを占めるのは明白


 俺は追い縋るように後ろを振り向く。


 ――が、二人の顔には、さっさと諦めろ、と書いてあった。


 二人はあくまで付き添いであって、俺をキャリーする気など微塵もない様子。


「……わかりました、先生」


 俺は観念した。


「あなた達ならわかってくれると思ったわ」


 先生の声音からして、心にもないことを口にしてるのがわかる。


「先生」


「百瀬も部費に不満があるのかしら?」


「いやだなあ、先生。ちょっとした確認ですよ。部活動で必要な備品は、これまで通り先生に申請すれば部費がおりる、という認識で間違いないですよね?」


「ええ、その認識で結構よ」


「――だそうだ、時田。ちょっと面倒だけど、必要な物があれば先生に言えば用意してくれるから、それでいいだろ?」


 俺は渋々「ああ」と答えた。


 ◇◇◇


『詐欺か否かを見抜いて回避する知性がある』なんて言ったけど、前言撤回した方がいいかしら?


 こんな法的拘束力があるのか、用意した私にもわからない物で引き下がるなんて、まだまだ甘いわね。


 私は、校長(ブタ)を引っ叩いて作らせた命令書(かみきれ)を引き出しの中に仕舞った。


 ふと、プラチナカードをブタに渡した人の事が頭に浮かんだ。


 あれは、時田と壱河が奇声を上げながら校内を奔走した日のこと。


 プラチナカードの彼は、自分のことを『法龍院家の使いの者』と名乗った。


 アスリートを想起させる筋肉質な体型の野暮ったい風貌の男。


 スーツを着用してたため第一印象がよかったのを記憶してる。


 法龍院という名前にはピンと来なかったけど、青ざめた校長を見て、その場にいた私は大人しくしようと決めた。


 彼は校長にプラチナカードを渡すと「これは、うちの従業員が騒ぎを起こしたお詫びです」と言った。


 校長は恐る恐る「じゅ、従業員?」とたずねると、彼は「今年、貴校に入学した時田秀矢です。そうそう、あなたは担任でしたよね?」と私に話をふった。


 突然の事に一瞬だけ動揺したけど、別にやましいことはしてないので、私は「はい」と返事をした。


「今後とも、うちの時田が面倒をかけるかもしれませんが、どうか彼には穏便な学校生活を、切にお願いします」


 縮こまってる校長の様子から、言葉の真意はすぐに汲み取れた。


 時田秀矢が不祥事を起こしても隠蔽してほしい、という圧力なのだろう。


 ――不思議だった。


 どう見ても、時田秀矢(かれ)がそんな大層な後ろ盾を得るような人物に見えないからだ。


 しかし、目の前では現に起こってるので認めるしかない。


 だから「承知しました」と心にもないことを言った。


 直後、時田秀矢(かれ)が再び面倒な事を起こさないことを切に願った。


 別に私は、教職に思い入れはない。


 だから面倒事は極力、避けるつもりでいた。


 それは今も変わらない。


 ただ自分なりの優先順位は設けてる。


 それは、放置したら禍根を残しかねない事案か否か


 面倒なことに火種は、そこかしこにあるのだから。


 そんな事を考えながら、私は二人の会話を聞いていた。


「そんな深刻に受け止めなくても結構ですよ。何も『過保護になれ』とは言いません。ただ彼の学校生活を脅かす要因の排除と彼自身が面倒を起こした時に便宜を図って欲しいだけです」


「それは善処しますが……最近はその、ちょっとした騒ぎでもSNSで拡散されちゃいますから――」


「ご安心ください。あなた方は校内の出来事だけで結構です。ネットの方は私共で対処します」


 この時の私は、あの二人の様子が既にSNSで拡散されてるのを知ってた。


 仕事の一環として、裏アカで学校関係者と思しきアカウントには目を付けており、数あるアカウントの一つが面白半分で動画を上げてるのを見た。


 手遅れなのに、と思いながらスマホをいじってSNSを立ち上げた。


 すると、二人が校内を奔走してた動画とスクショの投稿が消えていた。


 動画とスクショをいくら上げてもすぐに消される、スマホに保存してたデータもクラウドストレージと同期するタイミングで消える等、注意喚起と悲鳴が混ざった投稿が多く見られた。


 その事実を認識すると同時に、全身の血が氷水に変わったような寒気に襲われたのを今でも鮮明に覚えてる。


 ――ネットの方は私共で対処します。


 そこで校長が青ざめた理由を理解し、プラチナカードの彼に戦慄を覚える。


 いつもの私なら『ネットの対処なんて不可能』と一蹴するけど、その時の私は、誇張でも比喩でもなく文字通り『対処した』のだろう、と信じた。


 そして、それは今でも変わらない。


 何故なら、ここ2週間ほどSNSや動画サイトをつぶさにチェックしてるが、あの時の動画とスクショを一切見かけないからだ。


 まるで、あの騒ぎが夢であるかのように。


「そうそう。カードの注意点ですけど、用途とエリアは限定してます。端的に言えば、ベガスや銀座、歌舞伎町で豪遊することはできませんのであしからず。まあ教育者として良識の範囲内でご活用ください。例えば、一斉に全ての教室のエアコンを総とっかえするとかですね。当然ですけど、この事はくれぐれも内密に。お金について外野からつつかれたら『法龍院家からの寄付』ということで構いませんので――」


「しょ、承知いたしました!」


 権力者に平伏す小悪党のように、卑屈になって平身低頭する校長。


 ただ恐ろしく早く頭の上げ下げしてる辺り、ムチの恐ろしさよりもアメが上回ってる様子。


 近年、学び舎の課題に少子化が取り沙汰されてるけど、予算が不足してることは意外と知られてない。


 だから、多額の寄付金をもらったら、ああなるのは無理もない話。


「最後に一つ、そのカードは決して生徒に渡さないでください。時田秀矢も例外ではありません。もしカードが生徒の手に渡った場合、寄付は打ち切りとさせていただきます」


「ははー! 仰せの通りに」


 教育の範囲なら自由に使えるお金。


 これを逃す手はない。


 そう思った私はプラチナカードの彼が学校を出てすぐに、校長にムチを打ってカードを回収し命令書を書かせた。


 そして、その日の内に百瀬に連絡をとり、部活動促進の一環という建前で、百瀬オススメの高機能PCとスマホを購入した。


 冗談みたいな金額なのに、本当に買えた。


 次に、飛行機の予約を試したら、失敗した。


 修学旅行は、生徒からお金を集めて実施するからだろう。


 続けて、ArmorZoneの支払いに使えるのか試した。


 結果、お茶類だけでなく先日、百瀬に頼まれた高額な豆挽き道具も買えた。


 基準はよくわからないけど、買えたから気にしないことにした。


 何はともあれ、これで私の人生設計の前倒しを図れる。


 教職を定年まで続けられる保障はない。


 雇用状況が安定してても、心身が不安定になることはざら。


 動画作成部の設立に加担したのは、将来の収入源を増やすため。


 百瀬が部費をアテにしてるのは明白。


 だから便乗した。


 当初はブタを叩いて部費を引き出そうとしたところに、ふってわいた打ち出の小づち。


 大いに活用しよう。


 昨今、受験勉強対策の動画の需要は増加の一途。


 これなら私のスキルをマネタイズできる。


 見た目は最近流行のアバターをかぶせれば解決。


 学校の金と就労時間を活用して、いざという時のために備えて動画作成のノウハウを習得。


 動画の収益は、母親名義の口座を利用。


 確定申告はネットで出来るから、リモートで母親に操作させれば足が付くことはない。


 フフ。


 私の盤石な人生設計はこれからよ。

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