誰が稼いでると思ってるんだ!
この光景もすっかり馴染んだな。
映像作成部の部室で昼食をとるようになってから結構な日が経ってる。
もはや習慣化してると言っても過言ではない。
部室に俺だけでなく百瀬と壱河が弁当をひろげてる。
俺と百瀬は、まあスマホの同士で同じ中学出身というのもあり、なし崩し的に昼休みを部室で過ごすようになっていた。
壱河はと言うと、教室の喧騒に耐えられないから避難する形で部室に入り浸ってる。
部を設立して約2週間。
今のところ部活動らしいことは一切やってない。
昼休みに何となく集まって飯を食べるだけ。
会話も基本的に俺と百瀬で、壱河は黙って聞いてる感じ。
居心地が良いかと聞かれたら『良い』と答えるけど、部が無くなったら困るか? と聞かれたら『別に』と言える。
あるに越したことはないけど、無くてもいい。
そういった場所だ。
そんな事を思いながら食事を進めてると『ゴリッ、ゴリッ』とコーヒー豆を挽く心地の良い音が聞こえた。
直後、焙煎したコーヒーのかぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。
「百瀬、コーヒー豆、挽いてるのか?」
「おう」
そう言いながら百瀬は、円柱の手動コーヒーミルのレバーを回してる。
「この前までインスタントだったよな? 何時の間に本格派になったんだよ」
「先生に頼んで買ってもらった。近々、焙煎機も導入する予定だ」
人の金を何だと思ってんだよ。
――と言っても、うかつにいったら俺の命が危ぶまれるし。
ああ、激しく言いたい!
その部費の原資が、俺の口座から出てるって!
「壱河もコーヒー飲むか?」
「うん」
机に突っ伏した姿勢の壱河は短く答えた。
昼食を終えて、ひと眠りする直前だったようだ。
食後、すぐに寝るのは壱河のルーティン。
最初の方は起こすように頼まれたけど、今ではきっかり10分で起きるようになったので、昼休み終了間際まで寝てたら俺か百瀬が起こすくらいだ。
それだけ、壱河も馴染んだのだろう。
亜由美を手にかけようと思わなければ、いい子なんだけど。
「時田はどうする?」
「デカフェなら――」
「無いな。今度、用意しておくよ」
俺の金なんだけどな。
しかし、豆を挽く音っていいなあ。
……?
あのミルの筒の素材、木だよな……。
もしかして、コマ〇ダンテ?
《秀矢、心拍数が急上昇してるけど、どうしたの?》
すごく嫌な予感がした。
俺はこうみえてコーヒー愛飲者の端くれ。
初めは電動ミキサーもどきの安いミルを使ってたけど、どうせ飲むなら出来るだけ美味しいものがいいと思い、素人でも味に影響を与えやすいのが豆の粒度と均一性であることを見つけ、手動のコーヒーミルを購入するまでに至った。
その過程で、様々なコーヒーミルのスペックと価格、動画でミルの使用感を目にした。
俺の記憶が正しければ、コマンダン〇は最安値でも5万円は下らない。
俺は小声で「亜由美、口座の入出金明細で万単位の取引をピックアップしてくれ」と言った。
《はいはーい。……あー、確かにここ数日、ArmorZoneへの支払いがあるわね。合わせて、大体7万円。でも、秀矢の稼ぎからしたら微々たるものだし、気にしなくてもいいんじゃない? 死神討伐のボーナス、たんまりあるじゃん》
「気にするわ! 俺が命を懸けて稼いだ金だぞ」
「どうしたんだよ、時田。アイボーとコソコソして」
「一応、聞いておきたいんだが、そのミル。どうやって買ったんだ?」
「先生に頼んで買ってもらった。部室にお茶の器具が充実してると部活動が捗りますよって言ったら、二つ返事で許可もらった。しかも、これが欲しいんですけどって7万するミルを提示したにも関わらずによ。太っ腹だよな」
「はああああ!?」
「なんでお前がキレてんだよ。費用は学校持ちなのに」
先生、人の金を打ち出の小づちかなにかと勘違いしてんじゃねえのか。
あ、そもそも学校の金と勘違いしてるのか。
「だって、豆を挽く道具に7万って、高校生には分不相応というか――」
「40万相当の国産スマホを使っておいて、言えた口か?」
ぐぬぬ。
そういう問題じゃねえんだよ!
壱河もこっちを見てニヤニヤしてるし。
もう、お前は寝てろよ。
そして、二度と目を覚ますな!
「ミルだけじゃないだ。珈琲豆に緑茶と紅茶もそれなりの品質のものを取り揃えたんだぜ」
「だったら、デカフェの豆も用意しろよ」
「だから今度、買っておくよ」
俺の金だけどな。
くそう!
俺がここに来てるもう一つの理由。
それは、部費の監視だ。
何せ、動画撮影を大義に掲げて、ハイスペックマシンを遠慮なく購入する連中。
野放しにしたら、いくら金があっても足りないのは明白。
これで壱河まで使い込み始めたら、ご破算だ。
部室に立ち込めるコーヒーの香りが憎たらしい。
百瀬は俺の気を知らずに、のんきにドリップしてやがる。
「はい、壱河。ミルクに砂糖多め、だよな」
百瀬は、壱河のすぐ近くにコーヒーカップ、ミルクポーション、たっぷりのスティックシュガーを置いてから「二人とも、ちょっと話したいことがあるけどいいか?」と言った。
「何だよ、話って」
壱河はむくりと起き上がりながら「私は、構わないわ」と答えた。
「映像作成部の役職を決めておこうと思ってな」
俺はすかさず「百瀬が部長でいいだろ」と投げやりぎみに言った。
「なら、副部長は、時田に任せるよ」と百瀬からクソリプが来た。
壱河は呑気にコーヒーをすすってる。
まあ部活動の役職なんて部長じゃなければ、どうでもいい。
正直、動画を作るだけの部活動で副部長の役割なんて想像できないけど、まあ部長と一緒に生徒会と話つけて部費をせしめれば、それなりに格好がつくだろ。
……ん?
そもそも、この部の部費は俺のポケットマネーだよな?
……そうだ!?
「百瀬! 俺、会計がいい!」
「時田、どうしたんだ? そんな急にやる気になって。昼飯で変なもん食ったのか?」
「会計がいい! 会計こそが俺の天職だ!」
「やる気に満ち満ちてるのはいいんだけど、うちの部費を握ってるのは顧問の十塚先生だしなぁ」
「なら先生を追い出すまでだ!」
「……お前、何をそんなに必死になってんだ? ちょっと引くぞ」
当たり前だろ!
俺が命を懸けて稼いだ金なんだぞ!
「仕方ないわよ。悪い霊に憑りつかれてるもの」
《だから悪霊扱いすんな。あんたの方がよっぽど悪霊に見えるわよ》
「それより、私が副部長なんてやだ」
ダメだ。
百瀬も壱河も、俺を会計に推すつもりがないようだ。
まあ事情を知らないものから見たら、俺がお金に執着する異常者に映ってるんだろうな。
どうすればプラチナカードを回収できるのだろうか。
俺は必死に考えた。
いいアイデアが思い浮かばない。
そもそも俺に、人を丸め込むようなコミュ力があるなら、サムライなんてやらずに配信者1本で稼いでるってえの。
仕方がない。
せいぜい足掻いてみるか。
「なあ百瀬。今のままだと欲しいものがあるたびに先生に頭を下げないとダメだろ?」
「それくらいならいいんじゃないか? 教師と生徒だし、なにより俺の金じゃないし」
だから俺の金だってえの!
というか、お前、配信で稼いでるなら自腹切れよ!
部室の片隅に鎮座してるハイスペックPCだって、俺の血と汗と涙の結晶なんだぞ!
《あれは、私の命と涙の結晶だと思うわ》
「人の心を読むんじゃない! ――ほら、壱河。お前もそう思うだろ? 俺達の裁量で備品を購入できるようになった方がいいよな? な?」
「……私は別にいいかな」
「何でだよ! 何か部活動する上で欲しいものとかないのか?」
「そもそも家業で稼いでるから、欲しいものがあるなら自分で買うもん。時田くん、そこにいる悪霊、クラスメイト価格で100万円で請け負うけどどう?」
「断固拒否する!」
「ええー、これでも割引してるんだけどなあ」
壱河は口をへの字にするくらい残念がってる。
つうか、除霊って儲かるのな。
うう、凡人に生まれた事を心底呪いたくなってきた。
《うう、お金は人を変えるのね。お姉さん寂しい》
「うわあ、アイボーにまで言われてるよ。時田、そこまでお金に執着してて恥ずかしいと思わないのか?」
「人の金だと思って遠慮なく使い込む百瀬に言われたくない」
「これも悪霊のせいね。今なら150万円で請け負うわよ。金の亡者くん」
「却下だ! つうか、しれっと値上げするんじゃない!」
《うう、こんな秀矢。見たくなかったわ》
「何を言う! 俺はただ、原点に立ち返ってるだけだ」
《お金じゃん》
「アイボー、人間はな、時に初心に返るのも必要なんだ。俺がバイトを始めたのは何と言っても先立つものがなくて不安だったからで――」
《だから、お金だよね?》
「アイボー、男にはな、時に恥も外聞も捨ててでも、成さねばならないことがあるんだ」
《今の秀矢はどう言い繕っても、お金の匂いしかしないんだけど》
三人から冷ややかな視線を感じる。
でも、仕方ないじゃん。
1か月もしない内に、150万円ほど使い込まれた俺の気持ちもわかってくれよ。
「そうだな」
痛々しい沈黙を破ったのは百瀬だった。
「時田がそこまで言うなら、先生に掛け合ってみるか」
「も、百瀬……」
《え? どういう心境の変化なの? さっきまで、金の亡者をつるし上げる空気だったのに》
「シッ! 黙っとけ! ――というか、お前はどっちの味方なんだよ!」
「確かに、動機が金ってのは褒められたもんじゃないけどさ」
「うっせ」
「でも、ここまで感情的になる時田を見たの、初めてだからさ」
《へ~、中学の秀矢ってどんな感じだったの?》
「表面上の人当たりはいいんだけど、本音を押し殺してる感じかな」
「大抵の人間はそうだろ。特に公立の中学なんて、人種のるつぼだ。敵を作らないように立ち回るので精一杯なんだよ」
「そういう斜に構えてる態度が正にそうだ」
「はいはい。どうせ俺は、陰キャだよ」
「そんな、お前がムキになるくらいだ。一度くらいは先生と話してみるのもアリかなって思ったんだ」
「ありがてえ、ありがてえ、百瀬」
《情緒が渋滞してるわよ、秀矢》
「俺と壱河は、あくまで付き添い。交渉は時田、お前がやるんだ」
「わかった」
「チャンスは一度きり。交渉に成否にかかわらず、次はないぞ」
「俺も男だ。失敗したら、潔く諦めるさ」
《男の子って、たまによくわからないわね》
「同感……それより、何で私まで行く流れなの?」




