第87話 魔人
「その出で立ち……報告にあった『マジン』か!」
琥珀の死神が声の主に怒声をあげる。
そして、暗闇から一人の男が姿を現した。
体躯は人並み。
肌は青みがかった灰色。
髪の毛は、銀――というより灰色で粗野な印象を受ける。
筋骨隆々の上半身は裸にローブを羽織っており、下半身はズボンという出で立ち。
明らかに、現代人とは異なる人種であることがうかがえる。
「マジン? カタコトで言うなよ……魔人な。骨だけだと声出すが大変そうだな」
魔人と呼ばれた男は琥珀の死神に対し、余裕のある態度を取る。
だが秀矢の全身には、凄まじいプレッシャーが圧し掛かる。
長光、日下部、荒川の三人の顔つきが険しくなる。
「同胞の敵! 我が槍の錆びとなれ!」
琥珀の死神が魔人に猛然と襲い掛かる。
鋭く早い刺突。
――が、大男は片手で騎槍を掴む。
次の瞬間、轟音と共に魔人に黒い稲妻がほとばしる。
「なんだぁ、こんなものか。冥府の使徒といえど、上の方にいる連中は弱えんだな」
(仲間割れ……ではなく元々、相容れない勢力みたいだけど)
《みんな。今が逃げるチャンスじゃない? 何か死神と魔人? が勝手に争ってるみたいだし》
「いいアイデアだ、空閑。さっさとリーダーを焚き付けて、行ってくれ」
《いや、あんたも来るのよ》
「そうしたいのは山々なんだが、さっきの感電で体が思うように動かねえ」
《うう……》
「私もあみちゃんに賛成したいけど、さっき私達を取り囲むような放電――アレを後ろから打たれるリスクを考えたら難しいかも。私のウルト、一瞬で消える技に弱いの知ってるでしょ?」
「加えて、僕たちは満身創痍。現状は、じっとしてるのが最良と言わざるを得ない」
「今は、大人しくしてるしかなさそうですね」
秀矢は長光の言葉に異論がないため、同意を示した。
「理想は、奴らの共倒れと荒川くんの回復。それがダメなら、僕がタイミングを見計らって指示を出すから、それに従って撤退してほしい。だから、日下部さんは何時でも走りだせるように、準備だけはしておいて」
「……うん」
琥珀の死神と魔人は、秀矢たちには目もくれず戦いに没頭してるようだ。
「一応、聞いておきたいんだが……ここに配置した俺の部下をやったのは、お前か?」
琥珀の死神の黒い稲妻と騎槍を受けながら、魔人は無駄話のような感覚で訊ねる。
しかし、琥珀の死神は問いに答えず、ひたすら攻撃を繰り出すばかり。
「だんまりかよ。――ったく、わかった、わかった。せっかくの獲物だ」
魔人が真顔になる。
それだけで琥珀の死神と魔人の間にある空気が張り詰めた。
琥珀の死神の動きが止まる。
「来るべき戦のために、頂戴するぜ。――てめェの力をよ!」
魔人の体から一種の波動が放たれ、全身にまとわりつくようにとどまる。
全身からオーラが噴き出す、という様子だ。
そして魔人は右腕を突き出してから、手を開いた。
掌から白く輝く光線が発射された。
光線は、急速に膨張し、琥珀の死神に到達する頃には、全身を覆うほどまで膨れ上がった。
程なくして光線は消えた。
琥珀の死神の姿はなく、代わりに、頭蓋骨があった位置にゴルフボールサイズの黒い球体が残された。
小さな黒い球体はバチ、バチ、と黒い火花を散らしてる。
それを魔人は、躊躇なく掴み取った。
魔人の全身に一瞬、黒い稲妻が走る。
「まあ、何かの足しになるだろ」
魔人の両腕に黒い稲妻が帯電。
魔人はそのまま秀矢たちの方に向いた。
「ここに配置した俺の部下をやったのは、お前らか?」
雑談を切り出すかのような緊張感のない口調で訊ねてきた。
秀矢の脳裏に、琥珀の死神を一撃で葬った映像が鮮明に蘇る。
改めて、気を引き締め、警戒を強める。
他のサムライも同じ気持ちなのか、真剣な面持ちで魔人を注視してる。
「別に仇討ちしようってわけじゃない。部下とは言ったけど、俺の兄弟が創った怪物にすぎん。別に思い入れも愛着もねえよ」
「察しの通り、僕た――」
「俺が倒した。こいつらは関係ねえ」
荒川が長光の言葉を遮る。
「そうか、そうか。お前、凄いんだな」
魔人は表情をほころばせ、心の底から嬉しそうに言った。
「あいつさあ、中途半端な攻撃だと、すぐ元通りになるから苦労しただろ? 俺でも、あのジジィを倒せ、と言われたら頭抱えるくらいだしよ」
「あ、ああ……」
荒川は呆気に取られたのか、気の抜けた返事をする。
「それじゃあさ、俺の部下をやった力をちょっと見せてくれないか?」
「俺の得意技は、ただのパンチだ。お前が今さっき取り込んだ雷と違って、地味で見ただけじゃあわかんねえと思うぜ」
「……ん? 何か聞いてた話と違うが、まあいいや。なら、俺を殴ってくれ。こっちの人間の力を知りてえんだ」
「死んでも恨むなよ……こっちは腹を刺されて、加減なんて器用な真似できねえからな」
「弱点は、ジジィと同じ場所だ。外すなよ」
魔人は両手をだらりと下げ、悠然と立ってる。
荒川が正拳突きを放つ。
ログに三千世界無双拳の発動を知らせるメッセージが流れた。
荒川の右こぶしが魔人の胸部にめり込む。
魔人の全身が一瞬だけ震える。
《完全に入った……よね? ログに成功って出てるし》
「うん。荒川さんのウルトをまともに食らってるのに、あいつピンピンしてやがる」
秀矢と亜由美が見守る中、倒れたのは荒川だった。
魔人の胸部には、荒川が残した痛々しい窪みがある。
「気を失ったようだ。極度の疲労困憊に出血が重なったんだ、無理もない」
長光が言った。
「そうちゃん! そんな悠長に言ってないで、だいちゃんを助けないと――」
「ぐうああああああああああああああああああ――」
魔人の絶叫が日下部の声を遮る。
続けて、魔人が地べたをのたずりまわる。
好機と見たのか、長光が倒れた荒川を担ぐ。
「あああ、これはジジィには無理だな」
魔人が立ち上がる。
痛みの根源と思しき胸部を抑え、苦痛がしかめた顔をこちらに向ける。
余裕のある振舞いから滲み出てた圧倒的強者の貫禄は見る影もない。
「すっげええ武器だな。おまけにカッコいいし!」
それどころか、子供のようにキラキラと輝いた目を荒川の刃機に向ける。
長光は仕切り直すように嘆息を吐いた。
「申し訳ないが彼はご覧の通り、もう限界なんだ。満足したのなら、見逃して欲しいんだけど」
「お前達の命をどうこうしようとは思わねえよ。俺がここにいる目的は、冥府の使途をぶっ倒しまくって力をつけること。お前達の装備には興味あるが、どうせ魔人の俺には人間が作った物は扱えないだろうしな」
魔人が踵を返す。
数歩、歩いた後、顔だけこちらに向く。
「俺の名前は、アトレテス。俺と戦いたくなったら、何時でも受けて立つぜ」
その顔には『血が騒いでる』と明確に書き記されている。
アトレテスは前に向き直り、そのまま暗闇の中に消えた。
(助かった……)
緊張の糸がぷっつりと切れた秀矢は、眠る様に意識を失った。




