第86話 死神、再び
見覚えのあるアンノウンの警告メッセージ。
疲労困憊で鉛のように重い体に悪寒が突き抜ける。
下り階段の方に目を向ける。
暗がりからアンノウンが姿を現す。
それは一言で表すなら、琥珀の死神。
琥珀色の頭蓋骨には、羽飾りがついた金属製の兜が被せられており、右手には円錐の長物――騎槍を携えてる。
首から下、手足の先に至るまで金属製の甲冑で覆われてる。
とりわけ目を引くのが、天使を想起させる大きな白い鳥の翼。
背中から生えてるのだろうか。
秀矢は、疲労困憊の体にムチを打って、荒川の支える腕から抜け出した。
同時に視界がモノクロに染まる。
モノクロの映像には、荒川が騎槍で貫かれる様子が流れた。
程なくして視界が元通りになる。
「報告にあった者とは違うようですが――」
琥珀の死神から女性を想起させる高音を基調とした呻き声が聞こえる。
「あれは以前、遭遇した死神と同系統なのか?」
長光が言った。
《長光先輩! そんな事よりも早く逃げましょうよ!》
「あみちゃんに賛成――って、言いたいところだけど」
いつの間にか琥珀の死神が、サムライ達の側にいる。
物音を立てず且つ素早く、こちらに移動したようだ。
その証拠に琥珀の死神の両足は、わずかに浮いてる。
「我が同胞の仇である事実に変わりない!」
騎槍の切っ先が目と鼻の先に突きつけられる。
おもわず尖端に注視する。
「脆弱な身でありながら同胞を討った、その力――我らに捧げてもらおう!」
体が重くて動かない。
騎槍は今まさに刺し貫かんと引き絞られる。
強靭な意志をもってしても、指先一つ満足に動かせない。
(ゴメン、亜由美……)
死を覚悟して目を閉じた、その時――体が急に浮き上がった。
否、放り投げられたようだ。
落下の衝撃は、クッションのような柔らかいものに吸収されたようだ。
直後、背中に冷たいものが接触する。
どうやら長光のサイコアームズに支えられてるようだ。
「リーダー、時田と姐さんを連れて逃げな……こいつは、俺が相手しといてやるよ」
「バカな事を言うな! 君一人でどうにかなる相手とは限らないだろ、僕も――」
「崩壊の兆しで死んだのは俺だ。つまり、俺なら……ワンチャン、奴を倒せるかもしれねえってことだ」
《何、格好つけてんのよ。こういう時は、ダサくてもいいから命を優先するときでしょうが!》
日下部が「うん、うん」と亜由美の言葉に同意を示す。
言葉も仕草もままならない秀矢は、荒川に目で訴えかけた。
「こいつは言うなれば、納期が遅れたお詫び。――サービス残業って奴だ」
「荒川くん、悪いが僕たちと行動を共にしてもらう。これは命令だ。従わないなら――」
「士道不覚悟か……構わねえよ。俺は、この世に未練がないからな」
「……」
「心配するな。武道ってのはな……結局のところ実戦では、手足を犠牲にしてでも命からがら逃げきることにある」
荒川が琥珀の死神と向き合う。
「ふむ……世界が違えど、人間の根底は変わらぬものですね」
琥珀の死神が感心する口振りを見せる。
「待たせたな、今すぐ骨格標本にしてやるよ――壊れてなければな!」
荒川が渾身の一撃を放つ。
だが、刃機に覆われた拳は、騎槍の切っ先で防がれた。
「脅威かと思い受けてみれば、黄泉路に蔓延る魔物にも劣る脆弱な力。些か奇妙ではあるが貴様の技量では、我らの敵ではない!」
「リーダー! 早く逃げろ!」
長光の動く様子はない。
代わりに、秀矢の全身がガクンと揺れた。
サイコアームズが稼働したようだ。
続けて、目線が緩やかに下がって、サイコアームズの掌から地面に体が滑り落ちた。
「日下部さん、時田くんを頼む」
「そうちゃん!?」
「大丈夫、1日に崩壊の兆しが2度発動した弊害だ」
地面が一瞬だけ揺れた。
長光がサイコアームズを切り離したようだ。
《奈央姉、秀矢の刃機からスマホだけ取り出しておいて。ロックは解除してあるから》
「うん。あみちゃんも連れてくからね」
衣服に何かがねじ込まれる。
直後、体が上に引っ張られた。
目線が高くなる。
日下部が肩を貸してくれたみたいだ。
相対する荒川と琥珀の死神が目に入った瞬間、目蓋を閉ざしたくなる光景が映った。
琥珀の死神が騎槍が荒川の腹部を刺し貫いたからだ。
「捕まえた、ぜ」
「身を挺してまで我が槍を止めたか」
荒川の両手は、騎槍をがっちりと掴んでる。
「まさか!? 我が槍に施した冥府の力を吸い上げたというのか」
「色んなエネルギーをため込む、なんて意味不明な事を言ってたけど――思いの外、悪くねえもんだな」
荒川の刃機は、両碗に装着する籠手型。
荒川のウロボロス機関は、両手で相手の得物を捉えた時に本領を発揮するものなのだろう。
「槍を一つ、抑えた程度で優位に立ったつもりか」
琥珀の死神の翼が広がる。
騎槍に黒い雷がほとばしる。
「ぐああああああああああ――」
荒川が苦痛の叫びをあげる。
騎槍から手が離れる。
「その命、もらいうける!」
荒川に目掛けて、騎槍の刺突が放たれた。
――が、騎槍の鋭い先端は荒川に届く前にピタリと止まった。
「何事だ? 体が動かない」
琥珀の死神が動揺してるようだ。
「ぐっ……ダメだ! これ以上は――」
ひざから崩れ落ちる長光。
琥珀の死神が騎槍を掲げる。
同時に、秀矢たちを取り囲むように黒い稲妻が走る。
見逃すつもりはないようだ。
「不可解だ……しかし『マホウ』とは異なる力の模様。しかし、我が同胞を向けられた異能……見過ごすわけには行かぬ!」
騎槍の切っ先が秀矢たちの方に向く。
「この場で貴様らの命を奪うことなど造作にもない。――だが、すぐには殺さぬ。貴様らの持つ異能……その力の源泉、構造を提示せよ。――愚者の浅知恵、大人しく我らに献上すれば生き永らえさせてやる。一言一句、偽ることなく明かせば、貴様らの取るに足らぬ寿命を一秒、一分、延ばしてやろう。但し、沈黙は死罪とする」
重苦しい静寂が満ちる。
「……隠し立てか。まあ、いい。どの世界の人間も、履いて捨てるほどいる。後続に期待するとしよう」
「亜由美を生き返らせろ……そうすれば、知ってることは話してやる」
《秀矢!?》
「人間風情が身の程を弁えよ! 我らが取引に応じるなどと思い上がりも甚だしい」
「先に仕掛けてきたのは、てめえらだろうが!」
「小虫にかける情けはない……問いに答えよ。さすれば先の不敬には目を瞑ろう。それが貴様らへの最大限の譲歩だ」
脈拍が強くなる。
死を――覚悟した。
「おうおう、網に獲物がかかったと思えば、異世界人までいるじゃねえか」
「……!?」
奥の階段の方から、聞き覚えのない男性の声が聞こえた。
それに呼応するように、琥珀の死神がこちらに背を向けた。




