閑話・回想:技比べ……視点変更
今、3人は、荒川が通う中学の道場にいる。
道場及び周辺は、人払いが済んでるため、関係者以外は誰もいない。
荒川と蛟牙が対峙しており、審判の位置には村田がいる。
「フルコンタクトでいいか? それとも伝統派の方がいいか?」
「わしを前にして、敬老の精神か。若いくせに殊勝な心掛けだな。感心、感心」
「それじゃあ、フルコンタクトでいくぜ」
「おう、遠慮するな」
荒川の中に、蛟牙に対する敬老の精神などという高尚な気持ちは一切無い。
校長室で向かい合った時点で只者ではないことはわかってはいた。
こうして改めて真正面から向き合うと何等かの達人であることを肌で感じる。
高齢者とは思えない、いかつい体格。
自然体でありながら一切の隙がなく、生気に満ちてる。
小学校の頃、初めて道場の師範と自由組手をした時と同じ心境を抱く。
すなわち、圧倒的な強者との対峙。
「準備はよさそうだな。ほれ、いつでもいいぞ」
「一応、確認させてくれ……あんたも、リミッターを外してるのか?」
「わしに、そんなものはない。この世に生まれ落ちて100年余りの人生の中で、地道に研鑽を積んでるからな」
「そうかい」
荒川が仕掛ける――が紙一重で躱される。
触れたのは、紋付袴の布地のみ。
その結果に、驚きよりも必然という気持ちが勝る。
「怪異空間の探索……何で、あんたがやらない」
拳に、蹴りに、怯むことなく連撃を繰り出しながら問う。
「時期外れってやつだ。だから、お前さんのような若者に代わりを頼んでる。相応の対価を手土産にな」
「何で、この話を俺に持ち掛けた」
「元々、有望な若者には目を付けていてな。当然、お前さんの決勝の相手にもな。こういっちゃあなんだが、お前さんの現状には同情する。……だが、わしにとっては都合がよくてな。それで、お前の勧誘に出張ってきたわけよ」
「ガキの不幸に喜びを見出すなんざ、悪趣味にも程があるだろ!」
「なにせ両者とも将来は、金メダル間違いなしと目された空手界の新星。真っ当な人生を歩めば、危ない橋を避けるのは必定」
「だろうな!」
「しかし、決勝のお前さんの動き……あれは、酷かったな。死にぞこないの死ぬ気に気圧されて、慌てふためく姿は大いに笑わせてもらった」
蛟牙の言葉で不快になり、激情に駆られる。
体捌き、技の早さに変化が生じたものの、蛟牙は相も変わらず紙一重で避ける。
「人を殺せぬ技なんぞ、いくら打ち込まれようが恐るるに足らん」
「――っるせぇ!」
「手本を見せてやろう」
蛟牙が構える。
刹那、全身を刺し貫くような凄まじい気迫が怒涛のように押し寄せる。
息が詰まり、体が硬直する。
「これで終いだ」
気が付くと、蛟牙の鍛え抜かれた拳が鼻先まで迫っていた。
――が、蛟牙の拳はそこで止まった。
「顔面を禁じたつもりはねえぞ」
「わしは年寄りだからな。伝統とか格式が大好きなんだ」
蛟牙が拳を引っ込める。
その動作を皮切りに毒気を抜かれ、空気が一変し、戦いの緊張が消え失せた。
緊張の糸が切れた荒川は、長い呼気を吐いた。
蛟牙は紋付羽織を整える。
「ふむ、良い返事が聞けそうだな」
「どういう流れだよ」
「お前さん、立ち合いの前に比べたら、随分とマシな顔になったぞ」
「ん?」
「校長室に居た時なんか、生きてるのか死んでるのかよくわからん面してたからな」
「いい気分転換には、なったよ」
「それはよかった。さっきも言ったが、サムライになるかどうか、決めるのはお前さんだ。わしは今でも、お前さんを必要としてるがな」
「……年寄り相手に、手も足も出ない俺をか?」
「わしんところの新人研修は、懇切丁寧が売りでな。お前さんみたいな臆病者も半年かけて立派なサムライに育ててやる」
「前期育成、後期攻略……さっき説明を受けたばかりだ」
「時代に恵まれなかったとはいえ、結果的にお前さんは人生を放り出しちまったんだ。人手不足のご時世、若者なんて引く手あまたなのに」
「そんな、つまんねえことまで調べてんのかよ」
「当然だ。暇人は金で釣りやすいからな」
「……」
「そんな顔をするな。どうせ、このまま中学を卒業してもアテがなかろう。それなら3年間、わしに預けてみないか?」
「……いいぜ」
荒川の返答を受け、蛟牙はニヤリと笑った。
「サムライとやらになってやるよ。そんでもって、この苛立ちを化け物共にぶつけてやるよ」
後日、サムライの手続きを済ませた後、蛟牙の計らいでナーガ傘下の建設会社への就職も決まった。
一度は暗闇に閉ざされた人生に、微かな希望の光が差し込む。
何故、サムライになったのか。
それは荒川自身も、うまく言語化ができてない。
荒川にとってサムライとは、想定外の不運に見舞われ、予想だにしなかった機会に恵まれた結果、行き場を失った様々な感情が複雑に絡み合い、苦悩の果てに前進か停滞かの二者択一を迫られたため、半ば強引に決断を下した結果に過ぎないから。
◇◇◇
「おはよう、ダイキ。今日も現場に案内してくれ」
荒川を現実に引き戻したのは、駅の雑踏の中でも、ひと際、聞き取りやすい快活な女性の声だった。
「おはようございます。クリオ姐さん」
荒川がクリオ姐さんと呼んだ女性は、爽やかな笑顔を振りまいてる。
ショートヘアで褐色肌とアスリートを彷彿とさせるしなやかな身体は、現場の作業着を既に着用してる
背丈は、大柄な荒川よりも少しだけ上回ってる。
「丁度いいところで会ったな。現場まで案内してくれ」
「姐さん、これで一週間連続ですよ。いい加減、道を覚えてくださいよ」
「んー、そうだっけ? まー、いいじゃないか」
クリオは屈託のない笑顔を浮かべる。
「わかりましたよ。昨日と同じく、俺の後についてきてください」
荒川は雑踏から逃れるように歩き出した。




