閑話・回想:死因……視点変更
壮年の男性は、荒川の顔色をうかがってる模様。
当然ながら荒川は、壮年の男性と会うのは初めてなのだが一目見た瞬間、完全な赤の他人には思えない何かを感じ取った。
「私の名前は、三澄正彦と申します。先の空手の大会の決勝戦で、あなたと戦った三澄彰の父親です」
「……!?」
荒川は、罪悪感にかられて目を伏せた。
「顔を上げてください。……悪いのは、こちらですから」
温和だけど微かに震えてる声。
こちらを咎めるつもりはないようだ。
恐る恐る、三澄正彦と視線を交わす。
「彰は生まれつき心臓を患っていて『もって10年くらい』と言われてました。それが空手に打ち込む事が功を奏したのか、中学に進級して、空手の大会に出場を果たすまで健やかに育ちました」
三澄正彦は、罪を告白するように語る。
「――ですが、先の大会の直前に容体が急変して、医者に試合出場を止められたんです。激しい運動をしたら命の保障はない、と忠告を受けました。しかし、彰は、あなたと戦いたい。その一心で今まで生きてこれました。だから私は、息子の望みを叶えるため、医者の忠告を無視して、息子の背中を後押ししました」
(本当に命がけだったのか……)
試合当時の三澄の様子を思い返す。
鬼気迫る表情。
見る者を震え上がらせる凄まじい気迫。
「息子のためを、と思っての行動が結果的に、荒川大樹くん――あなたを苦しめることになった。本当に申し訳ない」
三澄正彦は、深々と頭を下げた。
誠心誠意を痛いほど感じる。
三澄正彦が頭を上げるよりも先に、蛟牙が新聞紙を取り出し、テーブルに置いた。
「これは、彼が住む地域の地方紙だ。ここに、お前の対戦相手――三澄彰の死因が遺伝性不整脈であることが記載されてる。よかったな、お前は人殺しじゃない。地方紙のベタ記事じゃあ、SNSに波及せんけどな――って、どうした? 浮かない顔をして、うれしくないのか?」
「そうすね……親父さんが居る前で言うのも心苦しいけど……がっかりした、というのが正直な気持ちです」
「何ゆえに?」
「あいつを――三澄を倒したのは、俺の力じゃないことを知ったから」
おかしい、とは思っていた。
三澄が自分の技をもろに食らうなんて想像できない。
それは、対戦する自分が一番理解していたはずだ。
連絡先は知らないし、まともに口をきいたこともない、たった2回しか拳を交わしただけの間柄なのに、妙な信頼感を寄せてる事に気づく。
思わず、笑みがこぼれる。
(お前との勝負は、俺が死ぬまでお預けか……)
曖昧だった三澄彰の死因がハッキリしたことで、気持ちの整理がついた。
「荒川、気でも触れたか?」
「気にするな、俺個人の問題だ」
「そうかそうか、若いもんはそうでないとな。さて謝罪はこの辺にして――」
蛟牙が三澄正彦に目を向ける。
目配せなのだろうか、三澄正彦はこくりと頷いてから、立ち上がった。
「本当は、何か君の力になれれば、とは思って来たんだけど――」
釣られるように荒川が立ち上がる。
「大丈夫です。あいつの死因を伝えに来てくれただけで十分です。俺みたいな奴のために、ありがとうございます」
言い終えてから、頭を下げる。
「車の位置はわかってるな?」
「はい。すみません、突然のお願いにも関わらず、ご無理を聞いていただき感謝します」
「もののついでだ」
「では、失礼します」
三澄正彦が外に出たのを確認してから、ソファーに座る。
「それじゃ本題に入ろうか」
「本題……ああ、勧誘の方か」
「そうそう。三澄彰の死因はどちらかと言えば、お前の両親のためだからな」
「……?」
「ネットとリアル、どちらでも嫌と言うほど誹謗中傷を受けた、お前ならわかるだろ。風評被害が両親に及ぶのを。だから死因をハッキリさせておく必要があった。まあ前もって死因が判明するまでは、つまらんことはするな、とお前の親父さんが勤めてる会社には釘を刺しておいたけどな」
「ありがとうございます」
「疑わしきは罰せず、という奴だ……刑事裁判の原則だけどな」
「それで勧誘とは、どういうことだ?」
「お前さん、サムライにならんか?」
「……この国は、いつから封建制度に逆戻りしたんだ?」
「はっはっはっ! ちゃんと勉強してるんだな。偉いぞ、日本の将来は明るいな」
「喧嘩、売ってんのか?」
「まあ土地はやれんが契約したら前金で5千万。3年の任期終了後に5千万の計1億円くれてやる。このまま卒業してもニートだろ? どうだ? やってみんか?」




