閑話・回想:炎罪……視点変更
女子生徒の涙声が荒川の打ちのめした。
信じ難い言葉にショックを受け、思考が止まる。
「試合の事故だ」と擁護する声も上がるが、今の荒川の耳には入ってこない。
それから荒川の日常が一変した。
三澄の死は、競技団体の公式発表の前に、三澄と同じ学校に通う生徒の誰かがSNSに投稿したことで燃え広がった。
追いかけるように競技団体は、三澄は試合中の事故死として発表したが沈静化には至らず、事態を重く見た競技団体は荒川を除名することを発表。
未成年という事もあり公共メディアでは名前は伏せられたが、SNSでは荒川大樹という名前は既に広く知れ渡っていた。
その影響で、おぼろげに灯された将来の道筋が途絶えた。
高校推薦の取り消し。
人殺しの疑惑が拭えない人間の入学を認める学校はどこにもなかった。
残された中学校生活は、卒業まで孤独に過ごすこととなる。
殺人犯と決めつける者、擁護する者は二分されてたが、どちらにも共通するのは、当事者である荒川との関りを極力避けてたこと。
空手の有段者であることが、直接的なイジメに繋がらなかったのは不幸中の幸いといえるのかもしれない。
世はSNS全盛時代。
当然、その影響は荒川本人だけでなく両親、親戚にも及ぶのは想像に難くない。
人殺しのレッテルを貼られた荒川家は地元に居辛くなり、引っ越しを余儀なくされた。
家を引き払い、父親は母方の氏に変え、他県に引っ越し。
荒川は、家族への影響を抑えるため、地元で一人暮らしを選択。
見知らぬ土地で見知らぬ人に後ろ指をさされるくらいなら、自分との距離感に慣れた者が多い土地で過ごす方が良いと判断したためだ。
進学も就職も選べないまま、6畳ワンルームの部屋と中学を往復するだけの無気力な日々を過ごす中、転機が訪れた。
卒業式が差し迫った3月上旬の平日。
めずらしく担任の先生が声をかけてきたので応じると「放課後、職員室に来るように」と言われた。
また訳のわからない膨大なアンケートに答えるのか、と不快感を募らせつつも、生返事をする。
放課後になり職員室に向かうと、校長先生から校長室に案内された。
その時の校長先生は、こちらのご機嫌をうかがうような卑屈な物腰だった。
校長室のドアを開ける。
それだけで、別世界に迷い込んだかのような異質さを感じ取った。
校長室のレイアウトよりも先に、ソファにたたずむ禿頭の年配者に目が向いた。
空手を通じて会得した、相手の力量を瞬時に見抜く能力が只者ではないことを強く訴える。
がっしりとした体格に活き活きとした眼光。
堂々たる風貌に紋付袴が様になってる。
「荒川くん、くれぐれも法龍院様に粗相がないよう、よろしく頼むよ」
校長先生は情けない声で言うと足早に姿を消した。
「おう、入れ。荒川」
禿頭の年配者の溌剌としたの声に促されるまま、荒川は対面に座す。
向き合うと、白髪の年配者が余計に大きく見える。
「俺に何の用ですか?」
荒川は、冷淡に切り出した。
禿頭の年配者は、荒川の態度を気にも留めず、ニカッと笑った。
「まず先日のアンケートありがとな。これは謝礼だ、遠慮なく受け取れ」
禿頭の年配者は、懐から封筒を取りだすと荒川に差し出した。
荒川は、無言でひったくるように封筒を受け取り、中身をあらためる。
中身は、1万円札が5枚。
生活費の足しになる、と思いながら封筒を制服の内ポケットにしまう。
「今日は、お前さんに2つ話があってな。どうせ暇だろ。少し付き合ってもらうぞ」
「暇なのは間違いねえけど、あんた何者だ?」
「わしの名前は、法龍院蛟牙。知っとるか?」
「知らねえよ」
「当然の反応だな。有名なのは関連会社だしな。では……総合企業ナーガの会長、と言えばいいかな」
(総合企業ナーガ……って言えば、親父の勤め先の親会社じゃねえか!?)
荒川は、スマホで『総合企業ナーガ 会長』で検索をかけた。
検索のトップに出てきたのは、目の前にいる禿頭の年配者と同じ顔。
投げやりな人生と言えど、親族に迷惑をかけるつもり毛頭ない。
予想外の人物に動揺し、心臓の鼓動が早くなり、鳥肌が立つ。
そして、スイッチが入ったかのようにピンと直立する。
「あっ……さ、先ほどは生意気な口を聞いて、すみませんでした!」
90度の見事なお辞儀と共に、体育会系ならではでのハキハキとした口調で謝罪する。
「気にするな、ここは道場じゃないからな」
「で、では、失礼します」
荒川は再びソファーに腰を下ろした。
「荒川、お前には謝罪と勧誘、2つの話がある」
「謝罪?」
蛟牙の話の意味がわからず懸命に考えを巡らせると、「はい、私の方から荒川くんにお伝えしなければならない事があります」と、どこからともなく聞いた事のない男性の声がした。
気になって蛟牙の隣を見ると、スーツ姿の壮年の男性がいた。
蛟牙の存在感が大きすぎて、見落としてたようだ。




