第83話 疑似英雄詩(キルマシン)
勝負の行方がわからない中、時間が差し迫った状況下での40秒が恐ろしく長いことを秀矢は何度も経験してる。
残り時間がわずか、それまで優勢だったのにワンチャンを掴まれ、敗北したことは数知れず。
その逆もまた然り。
1分にも満たない残り時間を前に、秀矢は冷静さを保ってる。
長光は、サイコアームズの2本の巨腕を軽く動かす。
「日下部さん、爆発魔法の対処は、どのくらいいける?」
「無限、とまでは言えないけど、怪我の心配はしなくていいわ」
「わかった。それじゃ、行くよ。二人とも」
長光が先陣を切る。
日下部と秀矢が後に続く。
3人はボスと巨躯の悪魔の魔法攻撃を掻い潜り、モンスター達との距離を詰めると、わずか数秒で制圧した。
荒川はボスと対峙してる。
ログに、三千世界無双拳の使用が流れる。
しかし、ボス討伐の通知がない。
ボスが再びモンスター達を召喚する。
数は、先ほどと同じ。
同じログが3週流れる頃、英雄叙事詩の時間が切れた。
それでも臆する事なくモンスター達の討伐し続ける3人。
英雄叙事詩起動中のわずか3分で学んだ事を活かし、善戦している。
4陣、5陣と時間を取られつつも、どうにか撃退した。
それでも尚、ボス討伐の通知がこない。
そして、3人の体力と精神力が底をついた。
動きは精彩を欠き、敵の猛攻を凌ぐのが関の山。
攻勢に転じる余力は残されてなかった。
《サムライを甘く見ないでよ。長期戦は、こっちにも有利に働くのよ》
今、秀矢たちの命をつなぎとめてるのは、亜由美を始めとするアイボーのおかげである。
ウルト中の3分とウルトが切れた後の戦闘データから、モンスター達の挙動を完ぺきに捉え、秀矢たちの肉体にそれらの学習内容を浸透させたのだ。
《こいつらの動きは、完ぺきに把握したわ。だから秀矢は、攻撃のタイミングを見極めて》
疲労で思考が覚束無い中、辛うじて言葉の要点だけを捉える。
秀矢は「ああ」と、くぐもった声で返す。
疲労で、ハキハキと答える余裕が無いのだ。
《もう! 荒川の奴、何度しくじれば気が済むのよ! 長光先輩も、奈央姉も、限界なのに!》
「荒川さん、なら大丈夫さ」
《まあ、ここまで来たら、もう信じるしかないけどさ》
「あの人は……俺達と違って、空手をやってるからな」
これは本心から出た言葉。
荒川の戦闘ログを追っていた時、秀矢はもう一つ気になっていたことがあった。
それは、戦闘時の荒川が放つ、並々ならぬ気迫。
例え格下の相手でも侮らず、全身全霊を以て戦いにのぞむ姿勢。
秀矢がゲームの試合にのぞむ時とは、明らかに違う温度差を感じていた。
その差分は何なのかはまだ言語化はできてない。
しかし、荒川の戦いに対する凄まじい執念が決定打になることを予感していた。
(――にしても……どうしたものか)
疲労で衰えても尚、思案が止まらない事に辟易する。
モンスター達との戦闘の最中、頭に過ぎったのは、思考そのものへの不快感。
考える事を否定してるのではない。
負け筋を潰し、勝ち筋を掴むためには、考えることは大事だ。
しかし、ゲームとはいえ、おびただしい数の試合をこなしてく中で、秀矢が導き出した負け筋の一つに『考えてる間は勝てない』が挙げられる。
どういう事か。
試合中は、無になること。
雑念を払い、極限まで集中力を高め、無心でプレイに没頭すること。
思案は、試合以外の時間で存分に巡らせればいい。
意識から無意識へ。
反応から反射へ。
頭ではなく体に操作を覚えさせること。
脳を経由せずに、戦況を把握し、的確な判断を下し、正確無比の操作によって劣勢をくつがえす。
考える時間を省略することで得られる、コンマに満たないタイムアドバンテージが戦況を好転させた例は数知れず。
それは、強者がひしめく上位帯のトップ層に君臨するために必要な才能であり、愚直に反復練習と試行回数を積み重ねた者だけが得られる努力の結晶。
(全員、ボロボロだな)
秀矢は敵の攻撃を回避しながら、劣勢をくつがえすために思案を巡らせた。
全員のステータスに目を通す。
誰も余力がない。
ウロボロスゲージとエネルギーが底をつきてる。
わざわざステータスを見るまでもないが、状況を正確に把握するためには必要な事。
対してボスの勢力は、衰える気配がない。
いくら倒しても新手が次々と出てくるためだ。
あえて彼我の戦力差を正しく認識することで、危機感と焦燥感をあおり緊張感を高める。
その上で、雑念を振り払うために思考を止めた。
意図的に、意識するのを止めるという愚行。
全身が程よく脱力し、放心状態を経て、自我が底に沈む。
やがて、肉体と思考が切り離されたような錯覚に陥る。
脳みそが頭一つ分、後ろに下がってるような感覚。
頭の中には、一切の雑念がない状態。
だけど、肉体は無意識に最適解の動作を行う。
ここで、何か一つでも雑念が割り込んだら、元の木阿弥となるのは想像に難くない。
それは、無数の歯車が噛み合って駆動してる機械が小石一つで止まるようなもの。
《秀矢! ぼーっとしないで! こっちでフォローするのも限度が――》
亜由美の言葉を止めたのは、一つの通知だった。
――疑似英雄詩、作動。
意識が途絶える。
素早く距離を詰め、確実に仕留められる威力で、的確に急所を突く。
一挙手一投足、全てに無駄のない機械を想起させる精密な動作。
秀矢は、目に映る敵と認識した者を全て始末する殺りくマシンへと変貌した。
《何これ……秀矢! 危ないじゃない! そんなんじゃ味方に当たるわよ!》
亜由美は、想定外の自体に困惑してるようだ。
しかし、秀矢の斬撃と射撃は、味方に当たらない。
「師匠! こっちに向けて撃たないで」
「空閑さん!」
《私じゃ制御できないの! こんなの初めよ!》
「なるほど……そういう事か。――みんな、今の時田くんは青侍みたいなものだ。無茶な動きをしてるけど、彼の攻撃は僕たちには決して当たらない」




