適性価格
カイルから『庭の観察』という仕事を与えられてから、庭散歩が私の日課になった。
朝ごはんを食べて休憩をしたらまずは庭を一周。体力に余裕がある日は午後にもう一周。本音をいえば、もう何周かしたいところだけれど、あまり歩き回り過ぎると痩せてしまうので、言いつけ通り我慢している。
「足取りがしっかりしてきたな」
今日の庭散歩はカイルも一緒だ。
午前中は手があくことが多いとかで、私が庭に出ているとふらっと現れてはエスコートしてくれる。神殿にいたころは、男性と接すること自体が少なかったのに、気が付いたらカイルに手を引かれることにも慣れてしまっていた。
しかも彼はただ一緒に歩くだけではない。時折足を止めては、あの花の名前は何といって、どこから取り寄せたものだとか、この花はこんな特徴があるだとか、丁寧に教えてくれる。
女主人教育という課題を差し引いても、カイルの話は興味深く、毎回思わず聞き入ってしまう。今では彼が一緒に歩いてくれないかと、庭に出ながらそわそわしている始末だ。
さすが富豪の商人。話術まで洗練されている。
大きな手を握り返しながら、私はカイルを見上げた。
「実は午後休憩の合間に、足の運動をしているんです。ディアンさんにもっと筋肉をつけたほうがいいと助言をいただきまして」
「ふうん?」
「御存知でしたか? 脂肪に比べて、筋肉のほうが重いんだそうです。つまり、筋肉をつけていればちょっとくらい体力を使っても体重が減らないんです」
ふ、とカイルが口もとを緩めた。
「は、報酬減額がよほど恐ろしいとみえる」
「だって1グラムで銀貨一枚ですよ、銀貨一枚! 神殿での半月のお給料がなくなると思ったら、もうそれだけで身震いしてしまいます……!」
「銀貨一枚? ずいぶんと安いな」
カイルはひょいと眉をあげる。
「旦那様には端金かもしれませんが、底辺下級聖女にとってはこれでも大金なんですよ」
もともとこの半分ももらえてなかったところを、あれこれ交渉して、ここまで引き上げてきたのだ。
それを安いと言われてしまうと、ちょっとむっとしてしまう。
私の反論が気に入らなかったのか、カイルもまた眉をひそめた。
「俺にとって大きな金額じゃないのは確かだが、今のは世間一般と比べて、という意味だ」
「せけん、いっぱん?」
どういう意味だろう?
「君は一般的な聖女の祈りの仕事の他にも雑用を引き受けていただろう。どれくらい働いてたんだ」
「ええと……掃除と洗濯と、厨房の火おこしと下準備に配膳、それから庭仕事のお手伝いに、備品管理、参拝者名簿の整理、楽譜の管理に礼拝用の讃美歌リスト作成、それから神殿運営費予算管理に、礼拝の接待準備と各種手配と……あと何があったっけ……」
まだいくつかあったはずだけど、全部は思い出せない。
神殿から離れてまだ一月も経ってないというのに、忘れるなんて情けない。
「……とてもひとりの人間がやる仕事量じゃないな」
「え」
全部私の仕事でしたが?」
「君のあげた仕事は、最低でも専任の担当者が五人は必要だ。もちろん、給料も相応に用意しなければならない。おおざっぱに見積もったとしても月に金貨五枚は支払ってないとおかしい」
「えええ……!?」
私は思わずその場に立ち止まってしまった。
金貨が?
五枚も?
「だって……副神殿長のロクス様は、お前程度にできる仕事なんかこれくらいしかないって……給金はこれでも多いくらいだって……」
「買い叩かれたな」
「だって……これが普通って……」
カイルの話が正しいとすれば、私は何を聞かされていたんだろう。
「神殿には長いんだったな」
「はい……十二の時から働いていて……」
「外を知らないのをいいことに、騙されたんだろう」
「そんな」
ぐらりと世界が傾いた。
カイルが私を引き寄せる。大きな手がふらつく体を支えた。
じゃあ私の神殿での働きは。少しでも手当を増やそうと奮闘したのはなんだったんだろう。
「働きには見合わなかったかもしれないが、少なくとも孤児院運営の足しにはなっていたはずだ。全くの無駄じゃない」
「……でも」
「物品の管理計算や帳簿の付け方も学んだんだろう? アシュトン商会では十分有用な能力だ。将来的にそっちの仕事を回してもいい」
「お仕事、くれるんですか」
「もっと屋敷に慣れたらな。もちろん、適正な給金つきだ」
「……ありがとうございます」
私はカイルの手を握り返した。
その場を取り繕うためのフォローだとしても、努力を否定しないカイルの言葉は胸にあたたかい。
「まずは、庭観察の仕事をしっかりやり遂げろ。南の区画のバラが咲いたそうだから見に行こう」
「はい」
カイルに手を引かれて、また歩き出そうとした時だった。
「お兄様! どこにいらっしゃいますの!?」
若い女性の声が庭に響いた。




