女主人の庭仕事
「わあ……」
カイルに連れてこられたのは、屋敷の中庭だった。
中庭、と一言で言っているけれど、そこはただの庭じゃない。神殿裏の畑よりずっと広い、家が2、3軒は入りそうな区画に、花々が彩りよく植えられている。
まるで庭という名の美術品だ。
「君には、一日一度この庭を一周してもらう」
「庭を? 周るだけですか?」
「もちろん、ただ歩くだけじゃない」
カイルは私の手を取って、庭を歩きだした。エスコートに促されて私も庭に足を踏み入れる。
「この庭の花々を観察して、よく覚えてほしい。時間が合う時は俺もつきあう」
「……それは、構いませんけど」
やっぱり、指示内容に仕事という印象がない。首をかしげてしまった私を見て、カイルは軽く肩をすくめた。
「仕事の都合上、この屋敷にはよく客が来る。時には商売相手だけでなく、その家族も一緒に訪れることがある。主人たちが商談をする間、屋敷や庭を案内して家族をもてなすのは、誰の役割だ?」
「……もしかして、女主人、ですか?」
つまり私のことだ。
「正解だ」
カイルがにやりと笑う。
ちょっとだけ子供っぽい笑い方に、とくりと小さく心臓が跳ねた。かっこいいのだから、不意打ちでそんな表情をしないでほしい。
「さて、次の問題だ。もてなす側の女主人が、客から庭の花について尋ねられて、答えられなかったらどうなると思う?」
「……お家の恥になりますね」
「そういうこと」
カイルに頷かれて、やっと私はこの庭散歩の意図に気が付いた。
これは私を屋敷の女主人に育てるための課題なのだ。
「とはいえ、この広い庭をいっぺんに把握する必要はない。今日のところは軽く一周してみるだけでいい」
「はい、がんばり……ひゃっ!」
ようやく仕事らしい仕事を与えられて気合をいれたせいだろう。おろそかになった足がもつれて、がくっと体が傾いた。
倒れる寸前に、がしっと大きな何かが私を支える。
カイルの腕だと理解して顔をあげたら、すぐ目の前に彼の顔があった。吐息がからみそうなほどの至近距離で見つめられて、一瞬息が止まる。
カイルはすぐに体を起こして離れると、ごほっと咳払いした。
「まだ足元もおぼつかないようだし、覚えるのはゆっくりでいい」
「は……はい」
うう、せっかくやることができたというのに恥ずかしい。
ここは汚名返上のためにも、気合をいれてお仕事に励まなくちゃ。
「おい、俺は無理をするなと言ったんだぞ?」
「はい? わ、わかってますよ?」
多分一日に庭三周くらいなら無理の範囲じゃないはず。
「……どうにも信用ならんな」
じい、とまたカイルは私を凝視した。
今度は何を指示されるんだろう。
「庭観察の仕事にひとつ条件をつけることにしよう。部屋に戻ったら一度体重を測れ」
「たいじゅ……!?」
なぜそんなセンシティブな情報を夫に共有する必要が!
「数値を俺に報告する必要はない、ディアンにだけ把握させておけ」
「何に使うんですか!」
にい、と口の端を吊り上げたカイルの笑みは、とても邪悪だった。
「ペナルティだ。明日以降、体重が1グラム減るごとに、銀貨1枚の罰金を課す」
「ええー……!?」
「仕事だからと庭を歩き回り、痩せたりしてみろ、報酬を大幅に減らしてやる」
つまり私は、体重管理をしながら庭を歩かなくてはならないと。
「そんな、無茶です!」
「やかましい。体調管理もできない奴はペナルティが当然だ」
私がどれだけ抗議しても、カイルは条件を取り下げてくれなかった。
鬼! 悪魔!
横暴上司!!!
私は初めてこの契約結婚を後悔した。




