複雑怪奇恋心
マリオンに自己紹介をされた私は、一瞬どう返していいかわからずその場に立ち尽くした。
カイルに求婚する女性がいるのは知っていたけれど、まさかこんなに綺麗な子だったとは。
しかもこんなに若い子だったとは。
呆然とする私の顔を、マリオンが覗き込む。
「ねえ、違うの?」
……はっ、びっくりしてる場合じゃない。
今の私はカイルの奥様だ。私の恥はカイルの恥になってしまう。
きちんと挨拶を返さなければ。
私はすっと背筋を伸ばすと、神殿仕込みの正式な手順で深々と頭を下げた。
「申し遅れました。初めまして、私の名前はシーラ。カイル・アシュトン様の妻にございます」
「……ふうん。少しへりくだり過ぎな気もするけど、姿勢は悪くないわね」
マリオンはじい、と私を見つめて不躾に値踏みする。
「あの、本日はどうしてこちらに」
「お兄様の花嫁がどんな方か、どうしても気になっちゃって。お父様が商談に来るのにこっそりついてきて、お庭まで来ちゃった」
ぺろっとマリオンが舌を出した。
あまり悪いとは思っていないのか、その表情はイタズラが成功した子供のようだ。大人としてここは怒って返すべきなのかもしれないが、あまりにあっけらかんとした姿に、毒気を抜かれてしまう。
「あなたの噂、聞いたわよ。神殿で燭台を壊して莫大な借金を背負わされそうになったところを、お兄様に助けてもらったって」
「その場で一目惚れしていただいたことに、なっておりますが」
愛の女神の前で婚姻を誓った建前上、私達は恋愛結婚ということになっている。
しかし私のささやかな反論をマリオンは聞いてない。
「つまり、人助け。お兄様の騎士道精神だったってことよね」
「……」
カイルが手を差し伸べてくれたのは、私が絶対絶命のピンチだったからだ。私達の結婚が利害の一致によるものだとわかっている。
でもなぜだろう。
自分で毎日言い聞かせてることなのに、マリオンに指摘されるときゅうっと胸の奥が締め付けられる。痛いほどに。
「変だと思ったのよね。お兄様にはずっと昔から想い人がいるのに」
「想い、人? ですか?」
ざわっと胸の奥にざらついたものが湧きあがった。
なに、これ。
「そうよ」
マリオンはあっさりうなずいた。
さも当然と言わんばかりに。
「うちは貴族向けの衣料品を主に扱ってるんだけど、お兄様はたまに店にやってきては、女性向けの衣装を買っていくの。ドレスとか、コートとか。決まって同じサイズでね、きっと誰か特定の人への贈り物だろうって噂してたのよ」
「それがきっと想い人……なんですね」
独身男性が購入する女性ものの衣装。
それは愛する人への贈り物に他ならない。
あれ? だとするとちょっとおかしくないだろうか。
「ええと……? マリオン様は旦那様のことがお好きなんですよね?」
「そうよ」
「ご結婚されたいんですよね?」
「そうよ」
「想い人がいらっしゃると、知っているのに求婚されているんですか?」
それはそれで純粋な疑問だ。
相手に想い人がいては、アプローチ以前の問題ではないだろうか。
「でも、お兄様はまだ想い人と結ばれてないじゃないの。つまり、お兄様もまたふられ続けてるってこと! まだこちらを向いてくれる可能性はあるのよ」
「なるほど。……なるほど?」
自信満々のマリオンに思わずうなずいてしまったけれど、論理としてそれは成り立っているんだろうか? 成り立ってないわけでもないんだけど。
少女の飛躍した思考に混乱する。
「お兄様が結婚したって聞いて、ついに想い人と結ばれたのかって思ったけど、杞憂だったみたいね」
ふふん、とマリオンは笑う。
なにしろ私は契約妻なのだ。彼女の推測は正しい。
マリオンはじいっと改めて私を見つめた。
「な、なんでしょう?」
「そんなにおびえなくても、とって食べたりしないわよ。でも……そうね、あなた悪い人じゃなさそう」
「そう、ですか?」
マリオンはひょいと私に手を差し出した。
「気に入ったわ。お兄様の片想い仲間ってことにしてあげる」
それはどういうカテゴリの仲間だろうか。
同じ人物に片想いしている同士は、恋敵と呼ばれるはずなんだけど。
しかも、そうなると私もカイルに片想いしていることになるのでは。
私はこの手をどうするべきなんだろうか。
握るべき? 払うべき?
でも自信満々に手を出しているマリオンは、握り返す以外のリアクションを期待してない。
そろりと手を伸ばそうとした瞬間、庭に新たな声が響いた。
「マリオン、そこか?!」
カイルの声だ。
マリオンとそろって振り向くと、屋敷のほうから男性がふたりやってくる。ひとりはカイル、もうひとりは見知らぬ壮年の男性だ。きっと商談にやってきたというマリオンのお父様だ。
「お前という奴は……シーラに何もしてないだろうな?!」
「まあ! ひどいおっしゃりようですわね」
「勝手に庭に入り込んでおいて、何を言う」
今にも掴みかからんばかりの勢いのカイルから避けるようにして、マリオンはさっと私の後ろに隠れた。
「私は、何もしておりませんわ。奥様とはついさっきお友達になったところですのよ」
「友達……?」
カイルは信じがたいものを見る目で私達を見た。
その気持ちはわかる。
私もなにがなんだか、いまいちよくわかっていない。
でも、マリオンに悪意がないとも感じる。
私はこくこくと頭を上下させた。
「はい、さきほどご挨拶いただいて、そういうことに」
「いいのか? それで。俺が結婚したと聞いてすっとんできた奴なんだぞ」
私の肩越しに顔を出して、マリオンがぷうと頬を膨らませる。
「私達は仲間なんですの。ねえ?」
「は、はい。そうですね」
お互いの共通項に釈然としないものはあるけど。
「……君がいいなら、許すほかないが」
はあ、とカイルが息を吐いた。その後ろでマリオンの父親も肩をおとす。
マリオンはぴょこ、と私の後ろから前に出て来た。
「今日のところは、これで帰りますわね。また今度一緒にお茶でも飲みましょう? アシュトン家のこと、いろいろ教えて差し上げますわ」
「ありがとうございます」
こうして、私はよくわからないまま、恋敵と友達になった。
たびたびですいません……
次の更新は火曜になると思います……。




