埋まる衣装室
嘘だと疑ったディアンの言葉は、百パーセント掛け値なしの真実だった。
私の採寸が終わった翌日から何枚も衣装が運び込まれ、アクセサリーが届けられ、あっと言う間に衣装室に納められていった。
まだ数日だというのに、すでに部屋の三割くらいをドレスが埋めている。
「今日のお召し物もたいへんよくお似合いですよ」
青いワンピースを着つけて、ディアンさんがにっこりと笑った。
鏡の中では、上品なデイドレスを身に着けた奥方がきょとんとした顔で座っている。
寝て食べて体調を整えた時にも驚いたけど、今日のドレスコーデはそれ以上の驚きだ。
これが自分?
ディアンさんの本気おしゃれコーディネイトの力すごすぎない?
顔の造作は自分自身のはずなのに、お金持ちの若奥様にしか見えない。廊下でばったり出会ったらひれ伏してしまいそうだ。
「ドレスだけですと、首回りが少し寂しいですね。イヤリングとペンダントもつけましょうか」
ディアンさんは、高そうな小箱を持ってきてぱかりと蓋を開いた。
中には青い宝石のついたアクセサリーが行儀よく並んでいる。
こんな高そうなものを、私の耳に? 首につけるの?
もし落としたりしたらどうなるの?
綺麗と思うより先にざあっと頭から血の気が引く。
「ひひひ、必要ありませんよ。今日だって家の中にいるだけですし、お客に会うわけでもありませんし」
「いつか外にお出かけする時にだって身に着けるものですよ。小ぶりなものから、少しずつ慣れてくださらないと」
確かに、アクセサリーにはまっている宝石のサイズはさほど大きくない。小指の爪先くらいの小さなものだ。
けれど自体はきらきらとまばゆくきらめいている。
小粒って言いながらめちゃくちゃ質の高い石じゃない……?
「まあ、この石の美しさがおわかりになるなんて! とてもきれいでしょう? 旦那様の瞳のようで」
「それは否定しませんが」
一瞬、カイルの整った顔がよぎってとくりと胸が高鳴った。
青という言葉で表される色彩はさまざまにあるけれど、ディアンさんが手に持っているアクセサリーの青は、特に彼の瞳によく似ていた。
こんなものを身に着けたりしたら、困る。まるで彼に寄り添われているみたいじゃないか。
私は所詮契約妻だというのに、こんなの不相応すぎる。
「それに、お会いになる方がいらっしゃらないわけでもないでしょう」
「?」
私は首をかしげてしまった。
神殿で働きづめだった私の知り合いはそう多くない。もともと家族はいないし、神殿の聖女たちも友人というよりは仕事仲間のような関係だった。援助していた孤児院の子たちにもここ一年ほどはあまり会えてなかった。
「旦那様ですよ」
ふっとディアンさんがほほ笑む。
「美しく装われた奥様を見れば、きっとお喜びになります」
「えっ……」
着飾った私を見てカイルが喜ぶ。
そんなことあるんだろうか。私はなりゆきで結婚した契約妻だというのに。
「ほら、ちょうどいらっしゃいましたよ」
コンコン、というノック音がして私の心臓が飛び跳ねた。
仕度が終わったころに顔を出すことが多いけど、今日はもうちょっと後のほうがよかったなあ!
私の返事を待たずに、ディアンさんはいそいそとドアを開けにいってしまう。
どんな顔をしたらいいのか、おろおろしているうちにカイルが部屋に入ってきた。
「おはよう、シーラ」
「お……おはよう、ございます。旦那様」
出迎えた私を見て、カイルはぴたりと足を止めた。頭のてっぺんからつま先まで、じいっと食い入るように凝視する。
「旦那、様?」
「……イイ」
「い?」
どういう意味だろうか? 私が見上げると、カイルは唐突に咳払いした。
「んんっ……すまない。その、今日は随分装いが違ったから」
「よく似合っておいででしょう?」
「そうだな。悪くない」
カイルはふい、と一度視線を逸らした。それでも私の姿の何かが気になるようで、横目で何度もこちらを見てくる。
ディアンさんのコーディネイトは完璧だから、変なところはないはずなんだけど。
ちょうど話をしていたところにカイルが現れたせいで、どぎまぎしているのが伝わってしまっているんだろうか?
「いいお天気ですし、いつものようにおふたりで庭を見て回ってはいかがでしょう?」
「あー……そうしたいのは山々なんだが」
カイルは妙に歯切れの悪い様子で、もう一度咳払いした。
「んっ……今日はこの後、来客の予定だ。しばらくこちらには来れそうにない」
「あら、そうだったんですね」
「ただ、夕食は一緒に取ろう。構わないな?」
「はい」
私はうなずいた。彼と食事をとるのは、庭を散歩するのと同様にいつだって楽しい。私が拒否する理由はなかった。
カイルはもう一度私を頭からつま先までじいっと凝視すると、部屋から出て行った。
美青年からの視線から解放されて、私はほっと息をつく。見つめるだけの姿でもかっこいいんだから、あまり心臓に悪いしぐさは繰り返さないでほしい。
「せっかく奥様がお綺麗になさっているのに、残念ですわね」
ディアンさんは残念そうに口をとがらせた。
「でも、夜にはお時間がとれるようですし」
「そうですわね。またお夕食にあわせてコーディネイトしましょうか」
「……お手やわらかにお願いします」
ディアンさんのことだ。夕食の席にあわせて、さらに着替えさせられかねない。
「旦那様はお仕事に向かってしまわれましたけど、これからどうされます? 休憩されるのでしたら、お茶をお持ちしますけど」
「少し庭に出てきます。どちらにせよ植木の様子は見ておかなくてはいけませんから」
「いってらっしゃいませ」
ディアンさんに見送られて、私は庭へと向かった。
この後とんでもない事態に遭遇するとは、夢にも思わずに。




