マジックワード
「お顔がずいぶんふっくらしてきましたねえ」
いつものように髪を結いながら、ディアンさんが言った。私はぎょっとして体をこわばらせる。
「ふ、太りました……よね?!」
なんとなく自覚はあったんだ。お腹まわりとか腕とかに、筋肉がついただけとは言い切れない、ぷにぷにしたものが増えていたことに。
ディアンさんは鏡越しにころころと笑う。
「奥様は元々が痩せすぎでございましたから。今くらいでようやっと、細身と呼ばれるレベルですよ。ここから極端に太りすぎなければ大丈夫です」
「よかった……」
産まれてから今まで、ずっとやせっぽっちだった身としては、どれくらいが正解なのかよくわからない。ひとまずはディアンさんの言葉を信じておこう。
「でもそうですね。これくらいお体が安定してきたのなら、一度しっかり採寸しておきましょうか」
「さいすん、ですか?」
ディアンさんはきゅ、とリボンを結ぶと軽く私の肩を叩いた。髪のセットはこれで終わりという合図だ。私は鏡の中の自分が綺麗に整えられているのを確認してから立ち上がる。
「これまではお体の負担にならないよう、ゆったりとしたデザインのお召し物を着ていただいておりましたが、もう少し体のラインにそったお召し物に切り替えてもよろしいかと」
言われてみれば、この屋敷に来てから身に着けていたのはもっぱら、体を締め付けない普段着か寝巻だ。カイルとディアンさんぐらいにしか会わないのだから、この格好でいいと言われていたけど、私の最終目標はアシュトン家の女主人。お客をもてなす装いも必要だ。
「しっかりお肉のついた今の体形を記録して、ドレスを手配しましょうねえ」
「……ドレス、ですか」
ごくりと思わず生唾を飲み込んでしまう。
綺麗なお洋服に興味がないと言えば嘘になる。神殿を訪れる貴族の参拝者の中には、美しく着飾っているご令嬢の少なくなく、聖女だったころは彼女たちを羨望のまなざしで見ていた。しかし同時に、それらのドレスにとんでもない値段がついていることも知っている。
「すぐにすみますからね」
ディアンさんは戸棚から紐状のメジャーを取り出した。しゅるしゅるとメジャーを広げて私の体に近づける。
メジャーの一方を肩にあてられて、私は思わず体をこわばらせた。
「奥様?」
「あはは……これからドレスを作るのだと思うと、ちょっと緊張してしまって」
普段着ですら高級品なのだ。
大富豪アシュトン家の奥方にどれほど高価なドレスが用意されるのか、見当もつかない。
「奥様、こんな時には魔法の言葉を唱えるのです」
ディアンさんは私を大真面目な顔で見つめてきた。
「魔法ですか?」
「奥様の装いを整えるのは、必要経費です」
「ひつよう、けいひ」
「ドレスは必要経費」
「必要経費」
「アクセサリーは必要経費」
「必要経費」
「バッグも靴も手袋も扇も全部必要経費でございます!」
「必要経費、万能の魔法すぎませんか?!」
あまりの言いように、悲鳴が口をついて出てしまう。
「その思想危険ですよ! 必要経費と言い訳すればなんでも浪費し放題じゃないですか!」
「奥様が多少我儘を言って困るほど、アシュトン家は小さくありませんよ」
「そうかもしれませんけど~~……」
富豪の金銭感覚に慣れた時が怖い。
「そうご心配なさらずとも、この件でさほど新たな出費は発生いたしませんよ。少しお直しすればお召しになれるものばかりですから。……旦那様の目が正確すぎて少々怖いくらいですが」
「どういう意味ですか?」
ディアンさんはよくわからない理由で納得してため息をついている。
何がどうなっているんだろうか。
しかし私の疑問は上品なほほえみで流された。
「楽しみにしていてください。この部屋のクローゼットくらい、すぐに一杯になりますから」
「ええ……」
私の部屋のクローゼットは、一般的な箱型をしていない。寝室のすぐ隣にしつらえられた小部屋を専用の衣裳部屋として使っているのだ。そこはちょっとした客間くらいの広さがあり、中には空の衣装かけや収納箱がいくつも置かれている。
あのがらんとした大きな部屋が? いっぱいに?
それ本気で言ってますか?!




