ワーカーホリック
「今日もここか」
いつものように屋敷の中庭を歩いていたら、声をかけられた。振り向くとカイルがいつもの様子で立っている。
「旦那様、おはようございます」
「ああ、おはよう。毎日精が出るな」
「私の大事なお仕事ですから」
そう言うと、カイルは口元をほころばせる。リラックスしているようだけど、きっとこれは苦笑だ。
「仕事熱心なのは結構だが、あいた時間はゆっくりしていていいんだぞ」
「ご心配なく。午後は読書をして過ごすつもりですから」
「ならいいが」
読もうと思っているのが『季節の植物図鑑』と『ガーデニング入門』であることはふせておく。本を読むという行動は事実だから、嘘は言ってない。ディアンさんが持ってきてくれた本に、たまたま庭に関するものがあっただけで、部屋に帰ってまで仕事をしているわけじゃない。決して。
「今日はどの辺りを見てまわろうか」
「あ、それなら南のバラ園がいいと思います。ちょうど今朝、白バラが開花したので」
「朝咲きのバラか、いいな」
カイルはするりと私の手を引くと、庭を歩きだした。優雅なエスコートに促されて、私も隣を歩く。
「白バラは何種か植えてあったと思うが、どれが咲いたんだ?」
「ガゼボの隣に植えてある『白露』です」
「あれか……よく品種名まで覚えていたな」
「だって旦那様の教え方がお上手だから。朝露を受けて咲く『白露』は、貴婦人のドレスのように可憐なだけでなく、とても華やかな香りがするなんておっしゃるから、どんな花なんだろうって、ずっと気になってしまって」
「俺の言葉が君の興味を引けていたのなら、よかった」
「旦那様のお話はいつも楽しいですよ」
特に口がうまいという印象はないのに、話しているとつい聞き入ってしまう。さすが大富豪の商人、と毎回感心してばかりだ。
カイルは庭のガゼボの前までくると足を止める。そのすぐ側では、今朝咲いたばかりのバラが、白い花弁を優雅に広げていた。
柔らかな風がバラ特有の華やかで上品な香りを運んでくる。
「バラがこんなにいい香りだなんて、初めて知りました」
「神殿にバラは植えられてなかったのか?」
「あそこは、女神に祈りを捧げる修行の場ですからね。建物を囲む植木はそれなりにありましたけど、手入れが面倒だとかで花をつけるような種類は植えられていませんでした」
「そうか? あそこの中庭は、いつも何かしら花が植えられていたように思うが」
「……それは、野菜の花ですね」
私のため息を聞いて、カイルが眉をひょいとあげる。
「食材を毎回市場から仕入れていると食費予算をオーバーしてしまうので、菜園にしていたんですよね」
「神殿全体の食費まで管理していたのか。しかもその口ぶりだと、菜園の管理もお前の仕事だな?」
「植える場所の確保と、栽培計画までですよ? さすがに、野菜の手入れは庭師さんにお任せしてましたし!」
はあ、と今度はカイルがため息をついた。
「それでも十分聖女の範疇を越えている。仕事柄、王都以外の街にも出入りしているが、聖女にそこまで仕事をさせる神殿は君のところくらいだ」
「……やっぱりこれも働きすぎ、ですか?」
神殿以外の暮らしを知ったおかげで、最近薄々気が付いてきたのだけど、私はお給料が低すぎただけでなく、仕事を抱えすぎてもいたらしい。
「そういうことだ。だいたい、君の上司もおかしいぞ? 食費が予算内に収まらないとなったら、仕入先の検討をしたり予算見直しをするのが上の仕事だ。現場に丸投げするなんて、無能のやることだ」
カイルはエスコートしていた私の手をぎゅ、とにぎった。
「……君のこういう話を聞いてしまうと、なかなか新しい仕事が振りづらいな」
「新しいお仕事! あるんですか?」




