神殿の思惑(聖女ユリアナ視点)
「あなたに女神の加護があらんことを」
礼拝堂で私は祈りの言葉を告げた。
きらびやかな衣装を身に着けた貴族の参拝者は、深々と頭をさげる。彼は従者に命じて豪華な袋に入れた何かを寄進箱に納めさせると、また礼をして去っていく。
私は居住まいを正したまま、その背中を見送った。
「上級聖女ユリアナ、個人祈祷は終わりましたか」
タイミングを見計らっていたのだろう。参拝者がいなくなるのと入れ替わりに、副神殿長のロクスが礼拝堂に入ってきた。
参拝者が寄進箱に積み上げていった袋を確認する。じゃらりと独特の金属音が響く。中身はすべて金だ。表向きは愛の女神への感謝の寄進となっているが、要は聖女の祈りへの手間賃だ。金を積めば積むほど、多くの聖女に長く祈りを捧げてもらえる。
「今日はまともな食事がとれるんでしょうね?」
たずねると、ロクスは嫌そうに眉をあげた。
「言われずとも。料理人に庭師、掃除夫、倉庫番に事務員と何人も人を雇いましたからね。そろそろまともに仕事が回るようになるはずです」
「それもこれも、シーラが何もかも投げ出して突然出て行ったりするからよ。まったく、なんて無責任なのかしら」
シーラがいなくなったあとの日々は最悪だった。
掃除、洗濯、食事、とにかく生活に関わるありとあらゆる仕事が止まってしまっているのだ。下級聖女に命じても、全員口をそろえて「シーラが段取りしていたからわかりません」と答えるばかり役に立たない。
由緒正しい子爵家の自分が、なぜ手を動かさねばならないのか。
こんな生活をするために神殿に入ったわけではないのに。
「ロクス様も、ちゃんとシーラを管理していてください。彼女がいなくなったら面倒なのは、わかっていたのでしょう?」
「だからこそ、決して逃れられない首輪をつけようとしていたのですがね」
「……首輪?」
「孤児院の修繕費程度の借金では、返済されてしまう恐れがありましたから」
ロクスの言葉には微妙な含みがあった。
そういえば、シーラの結婚騒動の発端は大燭台が壊れたことだった。もし、あそこで金持ちの男が割って入らなければどうなっていただろうか?
ロクスは以前からあの燭台は相当な値打ちものだと語っていた。貧乏人のシーラが簡単に返せるような金額ではない。それこそ、一生を神殿に捧げるくらいのことをしなければ。
「……燭台に火を灯していたのは、ロクス様でしたわね」
考えの裏付はない。
壊れた燭台はすでに片付けられ、代わりに新しい燭台が置かれている。
証拠となるものは、もう何も残っていないだろう。
しかし、確信だけはあった。
あの燭台破壊事件は、ロクスに仕組まれたものだ。
「アシュトン商会の坊ちゃまのせいで、計画が狂ってしまいました。とんだ大損です」
ロクスはひょいと肩をすくめた。
私の想像はそう間違っていなかったのだろう。否定の言葉はない。
しかし私はそれ以上追及しようとは思わなかった。
シーラの結婚も、ロクスの計画も、他人事だ。
どうせ腰掛け。
神殿など、聖女として箔がついたら出ていくつもりなのだから。
子爵家より上の貴族との縁ができればそれでいい。
「ああそうそう、上級聖女ユリアナに良い知らせがあるのですよ」
にい、とロクスが笑顔を作った。
「あなたが待ち望んでいたお話です」
ほらやっぱり。
庶民と違い、高貴な私には必ず道が開けているのだ。




