王都へ凱旋します
――旧オブシディアン領。
執務室の窓から見える街は、すっかり“普通”になっていた。
瓦礫は消え、道は整い、人の声には余計な怯えがない。
市場では値段交渉の声が飛び交い、子どもが走り回り、衛兵はちゃんと“仕事してる顔”をしている。
(……うん、終わったわね)
わたくしは椅子にもたれながら、書類の山を見下ろす。
かつては火山のように噴き上がっていた紙の群れも、今は“ちょっと活発な丘”。
つまりまだある。
普通にある。
(なんで?)
減らしたはずなのに増えてる。
紙って繁殖するの?
新種?
「リリアン様」
フリックの声。
振り返らなくても分かる安定感。
「何」
「本日分の追加書類です」
「増やすな」
「減らすための書類です」
「哲学やめなさい」
ため息をついて、ペンを置く。
インクの感触が指に残る。
(……でもまあ)
視線を外に向ける。
整った街。
ちゃんと回っている領地。
(ここ、もうわたくしいらないわね)
ちょっと寂しい。
でも同時に――
(解放感もある)
責任から離れる軽さ。
悪くない。
「フェディーラ」
「はい」
即、前に出る。
姿勢が完璧すぎて怖い。
この子、寝てる?
「任せるわ」
「既に回っております」
「知ってる」
即答。
(ほんと優秀)
SSRどころかバグキャラ。
「何かあれば?」
「対処します」
「頼もしいわね」
完全に任せるスタイル。
だってできるし。
(じゃあ、わたくしは)
「王都に戻るわ」
口に出した瞬間、妙に軽かった。
(あー、自由)
――王都。
石畳を踏んだ瞬間、空気が違う。
人、多い。
音、多い。
情報、多い。
(うるさい)
正直。
でも。
(嫌いじゃない)
隣では――
「すごい……!」
ユイが完全に観光モード。
目がキラキラ。
初心者プレイヤーか。
「はぐれたら置いていくわよ」
「ひどい!?」
ちゃんとついてくる。
よし。
反対側。
桜。
静か。
でも視線が忙しい。
全部見てる。
全部覚えようとしてる。
(……えらい)
でも。
(そんなに頑張らなくていいのよ)
言わないけど。
まだ。
後ろ。
「懐かしいですぅ〜♡」
ミレイ。
はい騒音源。
振り返る。
にっこり。
「逃げたら狩るわよ」
「逃げませんよぉ〜♡」
でも半歩下がった。
よし、効いてる。
学園。
門をくぐる。
整えられた庭。
規律。
静寂。
――圧。
(……窮屈)
完璧すぎる空間って、息苦しい。
ちょっと乱したくなる。
わたくしの悪い癖。
「ここが学園よ」
振り返る。
ユイ、固まる。
桜、観察モード。
ミレイ、すでに誰かにウインク。
早い。
順応がバグってる。
(絶対問題起こす)
確信。
数日後。
問題は順調に育っていた。
主に三方向から。
「むり……」
ユイ、机に沈没。
教科書に顔面ダイブ。
「まだ始まって三分よ」
「もう無理……」
「早い」
でも逃げない。
ちゃんと戻ってくる。
偉い。
(この子、ちゃんと伸びるわね)
努力型。
時間かかるけど信用できる。
「……こう?」
桜がお辞儀。
ぎこちないけど丁寧。
「いいわ、背筋そのまま」
「うん」
ぴしっとする。
可愛い。
(この子は積み上げ型ね)
コツコツ。
ちゃんとやる。
しかも。
褒めるとちょっと嬉しそうになる。
尊い。
「やだぁ〜♡」
はい来た。
問題児。
「やりなさい」
「無理ですぅ〜♡」
0秒拒否。
もはや反射。
「座りなさい」
「眠いですぅ〜♡」
「さっき寝てたわよね?」
「寝足りないですぅ〜♡」
殴っていい?
ダメね。
品位。
(どうすんのこれ)
机に座らせる→離席
本を開かせる→閉じる
ペンを持たせる→回す(しかも上手い)
無駄に器用。
腹立つ。
「ミレイ」
「はぁい♡」
「何しに来たの?」
「可愛がられにぃ〜♡」
即答。
清々しい。
殴っていい?
ダメね(二回目)
フリックを見る。
「どう思う?」
「制御困難です」
「知ってる」
「ただし監視は容易です」
「なぜ?」
「目立つので」
「それはそう」
正論。
「よって隔離します」
「言い方」
でも正しい。
(……もういいわ)
「ミレイ」
「はぁい♡」
「別クラス」
「えぇ!?」
初めて崩れた。
いい顔。
「ユイと分離」
「なんでですかぁ〜♡」
「集中できないから」
「わたしのせい!?」
「ええ」
即答。
「あと問題起こしたら補習十倍」
「じゅ、十倍!?」
「フリックが担当」
「地獄です」
フリック即答。
怖い。
「ひどいですぅ〜♡」
涙目(演技)。
でも声震えてる。
効いてる。
よし。
夜。
自室。
窓の外に王都の灯り。
静か。
……に見えるだけで、たぶん外もカオス。
(さて)
ベッドに倒れ込む。
天井を見る。
(ユイは順調)
(桜も問題なし)
(問題は――)
ミレイ。
あの生命体。
(教育って何)
一瞬哲学になる。
今日の出来事を思い出す。
授業サボる
先生褒めて誤魔化す
友達作る
課題やらない
完璧。
ダメな意味で完璧。
(やる気がないんじゃない)
(必要ないと思ってる)
そこが厄介。
(……賢いのよね、あれ)
だから余計に面倒。
ノック。
「入って」
フリック登場。
安定の無表情。
「報告を」
「ミレイ様、三名取り込みました」
「早いわね!?」
初日よ!?
「適応能力は高いです」
「方向性が最悪なのよ」
頭を押さえる。
(ああもう)
でも。
ふ、と笑う。
「……まあいいわ」
「よろしいのですか?」
「ええ」
窓の外を見る。
「目の届く範囲にいるなら」
一拍。
「全部潰せるもの」
フリック、頷く。
理解済み。
「それに」
小さく笑う。
「どうせならまとめて面倒見てやるわ」
ユイ。
桜。
ミレイ。
三人三様。
問題児トリオ。
(普通なら逃げる案件ね)
でも。
(わたくしは逃げない)
むしろ。
「退屈しなくていいでしょ?」
その瞬間。
遠くで――
ガシャーン!!
何かが盛大に壊れる音。
沈黙。
「……フリック」
「はい」
「犯人」
「ミレイ様です」
「早い」
ため息。
でも口元は少し上がる。
(ほんとに)
「飽きないわね」
立ち上がる。
「行くわよ」
「かしこまりました」
扉へ向かう。
足取りは軽い。
面倒。
本当に面倒臭い。
私は、思わず大きなため息をこぼしていた。




