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お前は、ヒロインではなくビッチです!  作者: もっけさん
オブシディアン領で労働中

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204/207

隠された聖女

 ――発覚は、あまりにも静かだった。


 昼下がりの執務室。


 高い窓から差し込む光は、やわらかく、穏やかで――だからこそ、異様だった。


 机の上に広がる書類。


 インクの匂い。


 紙をめくる、乾いた音。


 いつもと同じ。


 何も変わらない。


 ――はずだった。


「リリアン様」


 背後からの声。


 落ち着いている。


 いつも通り。


 フリックの声は、状況の重さに左右されない。


 それが、今は逆に不穏だった。


「報告があります」


「言いなさい」


 視線は落としたまま。


 ペン先を紙に当てたまま。


 止めない。


 止めたくない。


 嫌な予感は、当たると知っているから。


「同時期に、もう一人。異世界から召喚された少女が存在します」


 ――止まった。


 ペン先が、紙に沈む。


 インクがじわりと広がる。


 黒い点。


 小さくて、でもやけに目につく。


(……は?)


 思考が、一瞬遅れる。


 言葉の意味は分かる。


 でも、理解が拒否する。


「……もう一度」


 声が低くなる。


「言いなさい」


「同時期に、もう一人召喚されています」


 淡々と。


 確定情報として。


「現在、教会地下にて秘匿されています」


 一拍。


「高位神官の管理下で」


 沈黙。


 部屋の空気が、わずかに重くなる。


 光の色すら、変わった気がした。


(……やったわね)


 胸の奥で、何かが冷たく固まる。


 怒り。


 だが、爆発ではない。


 圧縮された、硬い怒り。


 ゆっくりと顔を上げる。


 フリックと目が合う。


 彼は、揺れない。


 わたくしの“次”を待っている。


「……わたくしの知らないところで」


 椅子を引く。


 脚が床を擦る音が、やけに大きく響いた。


「もう一人、異世界から人間を連れてきて」


 一歩。


「閉じ込めていた、と」


「はい」


「高位神官が主導で」


「はい」


 笑みが浮かぶ。


 自覚している。


 これは、周囲が一番恐れる類の笑顔だ。


「フリック」


「はい」


「関係者は」


「既に確保済みです」


「逃げた者は?」


「いません」


「……完璧ね」


「恐れ入ります」


(ほんと、こういう時だけ頼りになるのよね)


 いや、いつもか。


 それが余計に腹立たしい。


「案内しなさい」


「かしこまりました」


 教会地下。


 階段を降りるごとに、空気が変わる。


 上とは違う。


 湿り気を帯びた、重い空気。


 石壁には苔が薄く張り付き、触れれば冷たい水気が指に残りそうだった。


 足音が反響する。


 コツ、コツ、と。


 音が遅れて返ってくる。


 まるで、追いかけてくるみたいに。


(嫌な場所ね)


 自然と、眉が寄る。


 “隠すための場所”。


 “忘れられるための場所”。


 そういう匂いがする。


 奥。


 さらに奥。


 やがて、分厚い扉の前に出る。


 古い術式が刻まれている。


 封印。


 隔離。


 拒絶。


 そういう意味の層が、幾重にも重なっている。


(……本気で隠す気だったのね)


「開けなさい」


 短く命じる。


 フリックが術式に触れる。


 光が微かに震え――


 ほどける。


 扉が、ゆっくりと開いた。


 軋む音。


 暗闇が、口を開ける。


 そして。


 その中に――


 いた。


 小さな体。


 ベッドの端に、身体を縮めるようにして座っている。


 膝を抱え、額を乗せて。


 まるで、自分を小さくすることで“見えなくなろう”としているみたいに。


 扉の音に、びくっと震えた。


 顔が上がる。


 目が合う。


 ――その目。


 怯え。


 疲労。


 そして、諦めかけた光。


(……遅かった)


 胸の奥が、じわりと痛む。


 怒りとは別の感情。


 もっと静かで、でも確実に刺さるもの。


「……だれ……?」


 声は掠れている。


 喉を使い慣れていない音。


 長く、誰とも話していなかった証拠。


(これが、“保護”?)


 違う。


 これは。


(ただの監禁よ)


 頭の奥で、何かが“完全に”切れた。


「フリック」


「はい」


「後で、話を聞くわ」


 その一言で十分だった。


 フリックが深く一礼する。


 “どの程度の話になるか”を理解した上で。


 わたくしは、一歩前に出る。


 空気が揺れる。


 魔力が、無意識に滲み出る。


 それだけで、室内の温度が変わる。


「……呼ぶわ」


 低く呟く。


 抑えきれない。


 抑える気もない。


「大精霊達」


 指先に光が集まる。


 空間が歪む。


「出てきなさい」


 ――爆ぜる。


 風が巻き上がり、水が揺れ、炎が瞬く。


 複数の存在が、重なるように現れる。


 重圧。


 神秘。


 古い力。


「……怒っているな」


 低い声。


 だが、それに対して――


「当然でしょう?」


 わたくしは即座に返す。


 間を与えない。


「説明してもらえるかしら」


 視線を鋭く向ける。


「これは何?」


 静寂。


 精霊達が、一瞬だけ言葉を選ぶ。


 それ自体が、答えだった。


(後ろめたいのね)


 語られる内容。


 創造神。


 伊弉諾尊。


 魔力不足。


 魂の補填。


 死神の手違い。


 追加召喚。


 ――すべて。


 聞き終えた時。


 わたくしの中にあったのは、怒りよりも――


(呆れね)


 だった。


「……つまり」


 ゆっくりと言う。


「勝手に人を連れてきて」


「はい」


「勝手に増やして」


「はい」


「その後始末を、こちらに押し付けると」


「……そうなる」


 にっこり。


 笑う。


 とても綺麗に。


「ふざけてるの?」


 空気が凍る。


 精霊達ですら、沈黙する。


 視線を、少女――桜へ向ける。


 まだこちらを見ている。


 怖いのに。


 逃げられないから。


 目を逸らせない。


(……この子は)


 利用された。


 都合よく。


 何も知らないまま。


 その結果が、これ。


 この場所。


 この目。


「……引き受けるわ」


 静かに言う。


 決めた。


 もう、迷わない。


「その代わり」


 一拍。


「次はないわよ」


 精霊達が頷く。


 契約成立。


 わたくしは、桜の前に膝をつく。


 床の冷たさが、布越しに伝わる。


 でも気にしない。


 目線を合わせる。


「大丈夫よ」


 できるだけ柔らかく。


「もう閉じ込めたりしない」


 桜の瞳が揺れる。


 涙が、にじむ。


「……ほんとに……?」


 小さな声。


 消えそうな声。


「ええ」


 即答。


「わたくしが言うんだから、間違いないわ」


 ほんの少し、間を置いて――


 桜は、ゆっくりと手を伸ばした。


 震えている。


 細い指。


 壊れそうなほど。


 その手を、そっと包む。


 温かい。


 生きている温度。


(……遅くなって、ごめんなさいね)


 心の中で、だけ。


 地上へ戻る階段。


 桜は、まだ少しだけぎこちなく歩く。


 でも、手は離さない。


 離させない。


 その小さな重みを感じながら、わたくしは考える。


(魔力問題は解決する)


(でも――)


 ユイ。


 ミレイ。


 そして桜。


 三人。


 三様。


 全部、面倒。


 でも。


(放っておく気はない)


 ふ、と息を吐く。


「フリック」


「はい」


「部屋の準備を」


「既に整えております」


「でしょうね」


 少しだけ笑う。


「あと」


「はい」


「プリン、増やして」


 一瞬の沈黙。


「……三名分で?」


「違うわ」


 わたくしは静かに言う。


「戦争になるから」


「……承知いたしました」


 フリックが深く頷く。


 桜が、きょとんとこちらを見る。


 まだ意味は分からない。


 それでいい。


 その方がいい。


 ――新しい問題は、すでに始まっている。


 でも。


 今だけは。


 この小さな手の温もりを、優先することにした。

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― 新着の感想 ―
聖女召喚あたりから 文字数がだいぶ減りましたね 桜?の自己紹介のシーンも無くてモヤっとします
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