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お前は、ヒロインではなくビッチです!  作者: もっけさん
オブシディアン領で労働中

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203/207

聖女が増殖を始めました5

 ――数日後。


 机の上に積まれた書類は、もはや“山”だった。


 小山ではない。


 山脈である。


 しかも連峰。


(……なんで増えてるのかしら)


 わたくしは一枚めくる。


 紙が擦れる音が、やけに乾いて響いた。


 めくる。


 まためくる。


 終わらない。


 どこまでも続く。


 誰よこの無限湧き仕様にしたの。


 クソゲーじゃないの。


「リリアン様」


 背後から、落ち着いた声。


 振り返らなくても分かる。


 フリック。


「ミレイ様の派閥ですが、神官の三割ほどを取り込んでおります」


「三割」


 わたくしは紙から目を上げずに答える。


「中途半端ね。やるなら半分くらい持ってきなさいよ」


「現状維持を優先しているものと思われます」


「小賢しいわね」


 ぺらり。


 また一枚。


「さらに、“どちらが真の聖女か”という議論が広がっております」


「知ってる」


「加えて、ナリス側の接触も確認されております」


「それも知ってる」


 一拍。


 フリックは、ほんのわずかに間を置く。


 この間は大体ロクでもない報告の前兆。


「あと、厨房でプリンが消えました」


 手が止まった。


 ぴたり、と。


 紙の端を持ったまま。


「……もう一回言って?」


「プリンが消えました」


「それは許さない」


 顔を上げる。


 即答。


 目が据わる。


「現在、犯人は特定済みです」


「後で締めるわ」


「かしこまりました」


 フリック、軽く一礼。


 呼吸一つ乱れていない。


 ほんと何この人、感情どこに置いてきたの。


 でも今はそれどころじゃない。


(……めんどくさい)


 胸の内で、どろっとした何かが広がる。


 派閥。


 陰謀。


 聖女二人。


 全部、絡まっている。


 解こうとすると、さらに絡むタイプ。


(めんどくさい)


 二回目。


 重要。


 そして。


 わたくしは、ペンを置いた。


 コトン、と小さな音。


 やけに静かに響く。


「フリック」


「はい」


「全部まとめて潰すわ」


 一瞬の間もなく。


「承知いたしました」


 即答。


 迷いなし。


 最高。


(こういうところ、本当に助かるのよね)


 ――教会・大広間。


 高い天井。


 石の柱。


 足音が反響する、少しひんやりとした空間。


 そこに、人が詰め込まれていた。


 神官たちがざわざわと小声で話し、


 騎士たちは直立しながらも視線を泳がせ、


 ミレイは――


「どうしたんですかぁ……? こんなに集めてぇ……♡」


 不安そうな“演技”をしながら、


 しっかり周囲の反応を観察している。


(抜け目ない)


 ユイはというと、


「ね、ねぇ……これ大丈夫なの……?」


 わたくしの袖を、遠慮がちに引いていた。


 指先が少し震えている。


 うん、正常。


「大丈夫よ」


 軽く肩を叩く。


「ちょっと世界を整えるだけだから」


「スケールが怖い!」


 即ツッコミ。


 いいわね。


 この子、本当にいい。


 場がほんの少しだけ緩む。


 その“緩み”を感じ取ってから――


 わたくしは、一歩前に出た。


 靴音が、コツ、と響く。


 それだけで、ざわめきが静まる。


 視線が集まる。


 空気が、張る。


(うん、いい感じ)


「さて」


 ゆっくりと口を開く。


「まず結論から言いますわ」


 一拍。


 わざと、間を置く。


 全員が息を飲むのが分かる。


「めんどくさいので、全部やめましょう」


「「「は?」」」


 見事なハモり。


 しかも三方向。


 神官・騎士・ミレイ。


 完璧。


(ちょっと面白い)


 内心で笑う。


「派閥争い、やめ」


 指を一本、ゆっくり立てる。


「聖女の優劣論争、やめ」


 二本目。


「裏でこそこそ動くの、やめ」


 三本目。


「あとプリン盗むのもやめ」


「最後関係なくない!?」


 ユイが思わず前に出る。


 半歩だけ。


 でも勇気ある一歩。


「重要よ」


 真顔で返す。


「とても重要」


「そんなに!?」


 ざわっ、と空気が揺れる。


 笑いを堪えてる人、何人かいるわね。


 いいわよ、笑って。


 どうせ逃げられないから。


「異論ある?」


 にっこり。


 笑顔。


 でも温度はない。


 空気が、ぴしっと固まる。


 誰も動かない。


 視線が泳ぐ。


 呼吸が浅くなる。


 ――その中で。


「……それは、あまりに乱暴では……」


 声。


 かすかに震えている。


 神官の一人。


 額に汗。


 でも、踏み出した。


(偉いわね)


 でも。


「理由は?」


 即、返す。


「そ、それは……秩序が……」


「秩序?」


 首を傾げる。


 わずかに一歩、近づく。


 距離が縮まるだけで、相手の肩がびくっと跳ねた。


「今の状態が?」


「……」


「それとも、“都合のいい混乱”?」


「っ……!」


 言葉が詰まる。


 喉が鳴る。


 視線が落ちる。


 はい、終了。


「他には?」


 静寂。


 誰も来ない。


 いいわね。


 素直でよろしい。


「ミレイ」


「は、はいぃ♡」


 即座に切り替わる声。


 でも、指先はわずかに強張っている。


 見えてるわよ。


「あなたは?」


「わたしはぁ……みんなと仲良くしたいだけでぇ……♡」


「じゃあ派閥解体でいいわね?」


 間髪入れず。


「……え?」


 笑顔が、ほんの一瞬止まる。


 ほんの一瞬。


 でも十分。


「今の発言、そういう意味でしょう?」


「……」


 沈黙。


 視線が泳ぐ。


 逃げ場を探してる。


 でもない。


「ほら」


 少しだけ身を乗り出す。


「仲良くするんでしょう?」


「……は、はいぃ♡」


 遅れた。


 明確に遅れた。


 いいわね。


 効いてる。


「フリック」


「はい」


 すっと前に出る。


 無駄のない動き。


 差し出される分厚い資料。


 空気が、ざわ、と揺れる。


「これは?」


 ユイが小さく囁く。


「証拠集」


 短く答える。


「誰がどこと繋がってるか、全部」


「えっ」


 その一言で、空気が一段冷える。


 視線が走る。


 誰かが息を呑む。


「ちなみに」


 一枚めくる。


 紙の音がやけに大きく響く。


「ナリス側との接触記録もありますわよ?」


 完全に凍る。


 音が消える。


 呼吸音すら聞こえそうな静けさ。


「で?」


 ぱたん、と閉じる。


「まだ続ける?」


 誰も、何も言わない。


 目を逸らす者。


 俯く者。


 顔色が変わる者。


 ――勝ち。


 完全勝利。


 解散後。


 人が引いていく。


 足音だけが残る。


 重たい空気が、ゆっくりと抜けていく。


「……終わったね」


 ユイがぽつりと呟く。


 まだ少し緊張が残った声。


「ええ」


 わたくしは軽く頷く。


「これでしばらくは静かになるわ」


 静寂。


 平和。


 完璧。


「すごい……」


 ユイがこちらを見る。


 まっすぐな目。


 少しだけ、誇らしくなる。


「まあね」


 軽く髪を払う。


「やる時はやるのよ、わたくし」


 ふ、と笑った――


 その時。


「リリアン様」


 フリック。


 嫌な予感しかしない声色。


「厨房の件ですが」


「ああ、プリンね」


「はい」


 一拍。


 ほんのわずかな間。


「犯人ですが」


「ええ」


「ユイ様です」


「「え?」」


 完全に揃った。


 今度は綺麗に二重奏。


「ち、違うよ!?」


 ユイ、顔を真っ赤にする。


 手をぶんぶん振る。


「わたし食べてない!」


「しかし目撃証言が」


「えっ!?」


「“小柄で可愛らしい少女が幸せそうに三つほど”と」


「三つも食べてない!」


「一つは?」


「……食べた」


「ほら」


「でも一つだよ!?」


「三つ分の罪です」


「理不尽すぎる!」


 わたくしはゆっくり振り返る。


 にっこり。


 優しく。


 とても優しく。


「ユイ?」


「ご、ごめんなさい……」


 肩をすくめる。


 完全にしょんぼり。


 でも。


「プリンは共有物です」


 静かに言う。


「勝手に食べるのは重罪です」


「そんな世界なの!?」


「ええ」


 即答。


「よって」


 一拍。


「本日の平和は取り消しです」


「なんでぇ!?」


 大広間に、ユイの叫びが響いた。


 さっきまでの重厚な空気が、


 一瞬で崩壊する。


 フリックは無表情のまま頷き、


 わたくしは満足げに息を吐く。


 ――世界は今日も平和である。


 主にプリンのせいで。

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