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お前は、ヒロインではなくビッチです!  作者: もっけさん
オブシディアン領で労働中

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202/207

聖女が増殖を始めました4

 ――数日後。


「リリアン様、“もう一人”が到着いたしました」


 フリックの報告は、いつも通り無駄がない。


 でも内容は、無駄に面倒くさい。


「……早いわね」


「ええ。向こうも“準備が整っていた”ようで」


 はい出た。


 絶対黒いやつ。


 わたくしはため息を一つ吐いてから、椅子から立ち上がる。


「会うわ」


「かしこまりました」


 フリックが一歩下がる。


 その動き一つで、「場の主導権は完全にこちら」と分かるのが腹立つくらい優秀。


 ほんと、何食べたらこんな執事育つの?


 応接間。


 扉を開けた瞬間――


「きゃあっ♡」


 いた。


 すでにいた。


 しかも完成されていた。


「お会いできて光栄ですぅ〜♡」


 ふわっ、とした動きで立ち上がる少女。


 柔らかい声。


 上目遣い。


 完璧な角度の小首傾げ。


 ……うわぁ。


(教科書でも見た?)


 思わず内心でツッコむ。


 ここまでテンプレを極めると、もはや芸術。


「わたし、ミレイっていいますぅ♡」


 はい来た。


 語尾ハート。


 実在したんだ。


「聖女として召喚されちゃってぇ……とっても怖くてぇ……」


 ちらっ。


 こちらを見る。


 ちらっ。


 もう一回見る。


 “守ってほしいですぅ♡”オーラ全開。


(……なるほど)


 わたくしは一瞬で理解する。


 これは――


(男受け特化型最終兵器)


 そして。


 横を見る。


 フリック。


 完全無表情。


 石像。


 呼吸してる?


「……」


「……」


 ミレイ、もう一度ちらっとフリックを見る。


 効かない。


 全然効かない。


 すごい。


 耐性カンストしてる。


「こちらがリリアン様です」


 フリックが淡々と紹介する。


 温度、マイナス5度。


「まあぁ♡ あなたがぁ?」


 ミレイがぱあっと顔を輝かせる。


「お噂はかねがねぇ〜♡」


(どんな噂よ)


 怖いんだけど。


「わたしぃ、こういう世界初めてでぇ……頼れる人がいると安心しちゃいますぅ♡」


 距離を詰めてくる。


 ナチュラルに腕を絡めに来る軌道。


 うん、見える。


 その軌道、全部見える。


 がしっ。


「……あれぇ?」


 フリックが間に入って止めた。


 しかも自然体。


 違和感ゼロ。


 職人技か。


「お怪我をされます」


「えっ?」


「リリアン様は、加減を誤ると人が飛びますので」


「そんなことしませんわよ?」


「過去三回ほど前例が」


「記録消しなさい」


 即命令。


「既に三箇所にバックアップが」


「有能すぎて怖いわね?」


 ミレイ、ぽかん。


 完全にテンポから置いていかれている。


 よし、主導権は取った。


「で?」


 わたくしは椅子に腰掛ける。


「あなたが“もう一人の聖女”?」


「は、はいぃ……そうみたいでぇ……♡」


 もじもじ。


 ちらっ。


 フリックを見る。


 無反応。


 鉄壁。


 ミレイの眉が、ほんの一瞬だけピクッと動いた。


(あ、今“素”出たわね)


 見逃さない。


「大変でしたわね」


 にっこり笑う。


「突然知らない世界に連れてこられて」


「そうなんですぅ……ほんと怖くてぇ……」


「帰りたいですか?」


「……え?」


 一瞬、止まる。


 ほんのコンマ数秒。


 でも、十分。


「帰還手段、まだ確立していませんの」


 さらっと言う。


「ですので、基本的には“こちらで生きる前提”になりますわね」


「……」


 沈黙。


 笑顔が、ほんの少し固まる。


 ああ、なるほど。


(この子、“帰りたい側”じゃないわね)


 むしろ。


(ここで成り上がる気満々)


 理解した瞬間、ちょっと楽しくなってきた。


「安心なさって」


 わたくしは優雅に足を組む。


「わたくし、身内はちゃんと守りますの」


「……身内、ですかぁ?」


「ええ」


 にっこり。


「ユイも含めて」


「……っ」


 ミレイの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。


 あ、火種。


 いいね。


 燃えそう。


「わたしもぉ、その“身内”に入れてもらえますかぁ?♡」


 即座に笑顔へ復帰。


 早い。


 切り替え早い。


 プロか。


「もちろん」


 わたくしは即答する。


「ただし」


 一拍。


「“ルール”は守ってもらいますわ」


「ルール、ですかぁ?」


「ええ」


 指を一本立てる。


「わたくしの前で、変な駆け引きしないこと」


 二本目。


「ユイに手を出さないこと」


 三本目。


「あと――」


 少しだけ笑う。


「フリックは落ちませんわよ?」


「……っ!?」


 ミレイ、固まる。


 図星すぎて石化。


 フリック、無表情。


 いやちょっとくらい照れなさいよ。


 人間味どこ置いてきたの?


「そ、それは誤解ですぅ〜♡」


「そう?」


「わたし、そんなつもり全然〜♡」


「じゃあいいわ」


 あっさり引く。


 その方が効く。


「無駄な努力しなくて済みますものね」


「……」


 ミレイの笑顔が、微妙に引きつる。


 いい顔。


 実にいい。


「フリック」


「はい」


「この子の管理、任せるわ」


「かしこまりました」


 即答。


「最適な配置と監視体制を構築いたします」


「監視って言った?」


「聞き間違いです」


「そういうことにしておくわ」


 ユイが端でおろおろしている。


 ああ、癒し。


 この空間の唯一の良心。


「大丈夫よ」


 わたくしは軽く手を振る。


「ちょっと騒がしくなるだけだから」


「……ちょっと?」


 いい疑問。


 でも答えない。


「さて」


 立ち上がる。


「舞台は揃ったわね」


 聖女が二人。


 思惑はバラバラ。


 裏では誰かが糸を引いてる。


 完璧。


 最高に面倒。


 そして――


「面白くなってきたじゃない」


 わたくしは笑う。


 ミレイは笑顔を貼り付けたまま。


 フリックは無表情のまま。


 ユイは不安そうに、でも少しだけ強い目で。


 ――そして全員、気づいていない。


 この中で一番ヤバいのが、


 誰なのかを。

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