聖女が増殖を始めました4
――数日後。
「リリアン様、“もう一人”が到着いたしました」
フリックの報告は、いつも通り無駄がない。
でも内容は、無駄に面倒くさい。
「……早いわね」
「ええ。向こうも“準備が整っていた”ようで」
はい出た。
絶対黒いやつ。
わたくしはため息を一つ吐いてから、椅子から立ち上がる。
「会うわ」
「かしこまりました」
フリックが一歩下がる。
その動き一つで、「場の主導権は完全にこちら」と分かるのが腹立つくらい優秀。
ほんと、何食べたらこんな執事育つの?
応接間。
扉を開けた瞬間――
「きゃあっ♡」
いた。
すでにいた。
しかも完成されていた。
「お会いできて光栄ですぅ〜♡」
ふわっ、とした動きで立ち上がる少女。
柔らかい声。
上目遣い。
完璧な角度の小首傾げ。
……うわぁ。
(教科書でも見た?)
思わず内心でツッコむ。
ここまでテンプレを極めると、もはや芸術。
「わたし、ミレイっていいますぅ♡」
はい来た。
語尾ハート。
実在したんだ。
「聖女として召喚されちゃってぇ……とっても怖くてぇ……」
ちらっ。
こちらを見る。
ちらっ。
もう一回見る。
“守ってほしいですぅ♡”オーラ全開。
(……なるほど)
わたくしは一瞬で理解する。
これは――
(男受け特化型最終兵器)
そして。
横を見る。
フリック。
完全無表情。
石像。
呼吸してる?
「……」
「……」
ミレイ、もう一度ちらっとフリックを見る。
効かない。
全然効かない。
すごい。
耐性カンストしてる。
「こちらがリリアン様です」
フリックが淡々と紹介する。
温度、マイナス5度。
「まあぁ♡ あなたがぁ?」
ミレイがぱあっと顔を輝かせる。
「お噂はかねがねぇ〜♡」
(どんな噂よ)
怖いんだけど。
「わたしぃ、こういう世界初めてでぇ……頼れる人がいると安心しちゃいますぅ♡」
距離を詰めてくる。
ナチュラルに腕を絡めに来る軌道。
うん、見える。
その軌道、全部見える。
がしっ。
「……あれぇ?」
フリックが間に入って止めた。
しかも自然体。
違和感ゼロ。
職人技か。
「お怪我をされます」
「えっ?」
「リリアン様は、加減を誤ると人が飛びますので」
「そんなことしませんわよ?」
「過去三回ほど前例が」
「記録消しなさい」
即命令。
「既に三箇所にバックアップが」
「有能すぎて怖いわね?」
ミレイ、ぽかん。
完全にテンポから置いていかれている。
よし、主導権は取った。
「で?」
わたくしは椅子に腰掛ける。
「あなたが“もう一人の聖女”?」
「は、はいぃ……そうみたいでぇ……♡」
もじもじ。
ちらっ。
フリックを見る。
無反応。
鉄壁。
ミレイの眉が、ほんの一瞬だけピクッと動いた。
(あ、今“素”出たわね)
見逃さない。
「大変でしたわね」
にっこり笑う。
「突然知らない世界に連れてこられて」
「そうなんですぅ……ほんと怖くてぇ……」
「帰りたいですか?」
「……え?」
一瞬、止まる。
ほんのコンマ数秒。
でも、十分。
「帰還手段、まだ確立していませんの」
さらっと言う。
「ですので、基本的には“こちらで生きる前提”になりますわね」
「……」
沈黙。
笑顔が、ほんの少し固まる。
ああ、なるほど。
(この子、“帰りたい側”じゃないわね)
むしろ。
(ここで成り上がる気満々)
理解した瞬間、ちょっと楽しくなってきた。
「安心なさって」
わたくしは優雅に足を組む。
「わたくし、身内はちゃんと守りますの」
「……身内、ですかぁ?」
「ええ」
にっこり。
「ユイも含めて」
「……っ」
ミレイの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。
あ、火種。
いいね。
燃えそう。
「わたしもぉ、その“身内”に入れてもらえますかぁ?♡」
即座に笑顔へ復帰。
早い。
切り替え早い。
プロか。
「もちろん」
わたくしは即答する。
「ただし」
一拍。
「“ルール”は守ってもらいますわ」
「ルール、ですかぁ?」
「ええ」
指を一本立てる。
「わたくしの前で、変な駆け引きしないこと」
二本目。
「ユイに手を出さないこと」
三本目。
「あと――」
少しだけ笑う。
「フリックは落ちませんわよ?」
「……っ!?」
ミレイ、固まる。
図星すぎて石化。
フリック、無表情。
いやちょっとくらい照れなさいよ。
人間味どこ置いてきたの?
「そ、それは誤解ですぅ〜♡」
「そう?」
「わたし、そんなつもり全然〜♡」
「じゃあいいわ」
あっさり引く。
その方が効く。
「無駄な努力しなくて済みますものね」
「……」
ミレイの笑顔が、微妙に引きつる。
いい顔。
実にいい。
「フリック」
「はい」
「この子の管理、任せるわ」
「かしこまりました」
即答。
「最適な配置と監視体制を構築いたします」
「監視って言った?」
「聞き間違いです」
「そういうことにしておくわ」
ユイが端でおろおろしている。
ああ、癒し。
この空間の唯一の良心。
「大丈夫よ」
わたくしは軽く手を振る。
「ちょっと騒がしくなるだけだから」
「……ちょっと?」
いい疑問。
でも答えない。
「さて」
立ち上がる。
「舞台は揃ったわね」
聖女が二人。
思惑はバラバラ。
裏では誰かが糸を引いてる。
完璧。
最高に面倒。
そして――
「面白くなってきたじゃない」
わたくしは笑う。
ミレイは笑顔を貼り付けたまま。
フリックは無表情のまま。
ユイは不安そうに、でも少しだけ強い目で。
――そして全員、気づいていない。
この中で一番ヤバいのが、
誰なのかを。




