聖女が増殖を始めました
――次の段階へ進み始めていた。
……はずだった。
「聖女様」
フリックが、すっと耳元で囁く。
「なに?」
「外が騒がしいのですが」
「いつもじゃない?」
「今回は“物理的に”です」
「物理的に?」
嫌な予感しかしないワード選びやめて。
私はゆっくりと振り返る。
食堂の扉の向こう。
――ドン。
――ドドン。
……叩いてる?
いや違うな。
これ、叩いてるんじゃない。
「体当たりしてない?」
「してますね」
即答だった。
確認ありがとう。
いらないけど。
「開けろぉぉぉ!!」
「聖女を出せぇぇぇ!!」
「どっちだぁぁぁ!!」
うん、来たね。
“聖女二人問題”、即日回収。
展開が早い。
嫌いじゃないけど今じゃない。
せめてデザート食べてからにして。
「……どうするの、リリアン」
ユイがスプーン握ったまま固まってる。
うん、その状態で戦場行くのは新しい。
スープ装備かな?
「大丈夫大丈夫」
私は軽く手を振る。
「どうせ――」
言い終わる前に。
バンッ!!!
扉が開いた。
いや、開いたっていうか。
ほぼ壊れた。
蝶番が悲鳴上げてる。
あとで請求いくからね。
「聖女はどこだ!!」
なだれ込んできたのは、神官+護衛+よくわからない勢。
よくわからない勢って何。
モブの概念が渋滞してる。
そして全員の視線が――
私とユイに突き刺さる。
ピタッ。
また止まる音。
今日二回目のシンクロ。
やっぱ練習してるでしょ。
「……」
「……」
沈黙。
気まずい。
誰かなんか言え。
いや言わなくていい。
むしろ帰れ。
「……どちらだ」
誰かが呟く。
「どちらが“本物”の聖女だ」
あーはいはい、その議題ね。
知ってる知ってる。
さっき裏でやってたやつでしょ。
盗み聞き?してないしてない、偶然聞こえただけ。
「リリアン……」
ユイが不安そうに袖を掴む。
うん、守護対象ムーブ完璧。
ポイント高い。
でも今はそれより――
(めんどくさい)
これに尽きる。
「……あのさ」
私はゆっくり立ち上がる。
全員がビクッとする。
なにその反応。
私、そんな爆発物みたいな扱いされてる?
「どっちが本物かって話だけど」
一歩前に出る。
床がコツンと鳴る。
やたら響く。
演出過剰じゃない?
「簡単じゃない?」
にっこり笑う。
全員が固まる。
うん、いい反応。
「“両方”でいいでしょ」
「は?」
見事なハモりいただきました。
今日三回目。
ほんと仲いいな君たち。
「いやだって」
肩をすくめる。
「一人じゃダメってルール、誰が決めたの?」
「それは……その……」
「前例が……」
「伝統が……」
出た出た。
伝統万能論。
便利よね、それ。
「じゃあさ」
私は指を一本立てる。
「伝統、更新しよっか」
「軽っ!?」
誰かツッコんだ。
いいね、空気読めてる。
「時代は変わるのよ」
ドヤ顔で言う。
なお具体性はゼロ。
「だから聖女もアップデート」
「何を言っているんだ……」
「バージョン2.0よ」
「余計わからない!!」
うん、混乱してる混乱してる。
いい感じ。
完全に思考止まってる。
議論?なにそれ美味しいの状態。
「ほら」
私はユイの肩に手を置く。
びくっとするけど、逃げない。
えらい。
「こっちは癒し担当」
「えっ」
「で、私は――」
一瞬考える。
……なんだろう私。
聖女っぽいことしてない気がする。
むしろ破壊してる側では?
「トラブル対応担当」
「それ聖女なのか!?」
「知らない」
即答。
でも間違ってないと思う。
現場的には。
「……ふざけるな」
低い声。
さっきまで黙ってた偉そうな人が一歩出る。
「そんな曖昧なものが認められるか」
はい来ました。
正論マン。
嫌いじゃないけど今は敵。
「認める認めないじゃなくて」
私は首をかしげる。
「もうなってるのよ」
「何?」
「ほら」
くるっと後ろを指す。
視線が一斉に動く。
その先――
さっきまで壁に貼り付いてた神官たち。
いつの間にか、めちゃくちゃ頷いてた。
しかも全力で。
首もげる勢いで。
「……あれ?」
偉そうな人が固まる。
「現場の総意です」
フリックがさらっと言った。
お前いつの間に根回しした。
仕事ができすぎる。
怖い。
「というわけで」
私はぱん、と手を叩く。
今日何回目だこれ。
「決定ね」
「待て!!」
「異議は受け付けません」
「独裁か!!」
「効率重視です」
にっこり。
完全に押し切った。
勢い大事。
理屈?あとでつければいい。
たぶん。
「……リリアン」
ユイが小声で言う。
「これ、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
私は軽く答える。
「ダメだったら――」
一瞬間を置く。
「その時考えればいいから」
「行き当たりばったり!?」
いいツッコミ。
ほんといい子。
「人生そんなもんよ」
適当なことを言う。
でも意外と真理。
「ほら、冷める前に食べよ」
「あ、うん……」
まだ混乱してるけど、スプーンを持ち直すユイ。
周囲は未だにフリーズ中。
うん、時間止まってる。
便利。
「……で、フリック」
「はい」
「扉の修理費、あの人たち持ちでいいわよね?」
「もちろんでございます」
即答だった。
やっぱりこの人、有能すぎる。
「あと」
私はにやっと笑う。
「“聖女二人体制”、公式発表しといて」
「かしこまりました」
軽い。
フットワークが軽すぎる。
この国、大丈夫かな。
まあいいか。
どうせ――
「どうせやるなら、面白い方がいいでしょ」
そう呟いて、私はスープを口に運んだ。
……うん、まだ温かい。
世界がどれだけ騒がしくても。
この一口は、ちゃんと“普通”だった。




