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私と子犬な後輩  作者: 三笠 諒
一年目 春
21/21

校門周辺、そこはまさにカオス

 


 平和な朝だった。

 まだ早朝と呼ばれる時間帯で、春先にもかかわらずひどく寒い。真冬は過ぎたとはいえ、春先の早朝など寒さは似たようなものだ。

 私は行く先々でよく陰口をたたかれるので早朝に行くことにしている。内容なんて恐ろしくて聞けないが、きっとひどいことを言っているに違いない。――まぁ、朝には取り締まりなど風紀の仕事があるから早めに行くのだが……その時間だとやっぱり通勤の時間とかぶるので、集合の時間よりも大分早めに来ることにしている。

 しかし今日は委員会の会議があるので、風紀委員の皆も早めに来る。

(……そういえば、)


 長谷川くん。


 お出迎えを計画してくれた子犬系のいい子?…なのか……?最近彼からの接触がない。…――いや、視線は感じる。だがただ見てるだけで話しかけてこない。……先輩だからって遠慮しているのだろうか? そんな性格には見えないが。

(お出迎えもなくなったし、話は分かる子なんだろうけど)

 ぶっちゃけあれは迷惑だった。滅茶苦茶恥ずかしかったのだ。

(…はぁ、)

 校門が見えてくる。いつも通り静かだ。――だがしかし、全ていつもどおりとはあまり感じられなかった。雰囲気、気配……そういうものが若干違うように感じるのだ。

(…気の、せい?)

 しかしだからといって家に戻るわけにもいかないわけだし、気にしないことにした。

 足を進め、校門前に立った――その、瞬間。


「おはようございます、先輩!!」

「「「おはようございます!」」」


 誰かの言葉の後に大勢の挨拶が続く。

(はぁ?)

 戸惑って、とりあえず挨拶を返す。…そして気付く。

(これ、ほとんどの生徒が集まってる!!)

 確かにお祭り好きな生徒達であるが…いったいなんで、

「先輩……今度こそ満足してくれたッスか……?」


 長谷川くん、君か。


 長谷川くんがこの出来事の中心だとして状況を考慮のうえで多分これは……「お出迎え」だな。断言できる。

(…またやったの?)

 わざわざオブラートに包んでやめて欲しいと言ったのに。

(はぁ、また言わなくちゃダメかな。今度はもっとはっきりと)

 しかしやはり自分のためにやっていると思うとあまり気が進まない。


(…ん、あれは…っ!?)


 あの赤髪。恐ろしいほど似合わない普通な顔。平均的な身長に短めな足。私と目線があって口元をひきつらせている彼はまさに、

(さぁかぁきぃくぅぅううん!!)

 この混沌とした世界に舞い降りた一人の天使。安寧。癒し。

(…え、榊くんまでお出迎えしてくれたの)

 すごく嬉しい。

 思わずじっと見つめてしまう。榊くんはちらちらとどこかを見ていた。視線を辿ってみるとそこには、

(…あ、長谷川くん)

 すっかり忘れていた。すみませんでした。

 長谷川くんは俯いて震えてる。……あぁ、怒りでうちふるえてるよぉぉお!

(なんかきかれた気もするけど……なんだっけ?)

 ――う~ん、

(まぁ、いいか)

「…ありがとう、」

 適当に答えておこう。

 長谷川くんは感極まったように「やっと……喜んでくれたッスね」

 …なんの話でしょうか。

 喜ぶ……何を?ーーだいたいこれ風紀乱してるから取り締まりものだよ。今はあの人達

いないからいいけど。

(…っは、)

(今日、会議があるから、)


「――おい、」


 聞き慣れた声がやけに響いた。


(風紀委員早くくるんだよぉおおおおおお!)


「この騒ぎはなんだ?……北条、俺等よりも早く来てんだからわかるよなぁ?」


「分かりません!!」

 ……と、答えたいがそんなことしたら私は目の前の人に首を絞められる。


「……、」


 視線が集中する。ーーいや、さっきも集中していたが別の想いが込められているというか。具体的には懇願。


(やぁめぇてぇえええ!無理無理!この人に嘘とかついたらマジで切腹だからぁ!)


 ちらりといま校門から中に入ってきた三人組の表情はなにも知らない人が見たら腰を抜かすだろう。でも過程は想像できる。

 まず加藤君の無邪気な笑顔はきっとあれだと思う。風紀委員の人と登校できて嬉しかったのだろう。決して腹黒とかではない。彼は純粋である。

 次に谷口君の冷ややかな表情はきっと朝早くて機嫌が悪いだけであろう。

 最後に清水先輩にいたっては特に特筆することはない。というかデフォルトで怒っているように見えるのだ。


「……ん、透子先輩じゃないですかぁ!やっぱり早いですねぇ」

「ーー君、空気読めないって言われたことないかい?」

「あったりまえじゃん!あるある!空気は吸うもんだし……読む必要はない!」

「……はぁ、」

「なんだよそのため息ー」


 加藤君と谷口君の漫才のような応酬も耳をすりぬけていく。視線はただ清水先輩に固定されていた。


「…北条、黙るな」


 ぎらりとした睨みですくみあがる。なにを言えばよいのだろう。


「……先輩っ!」


 長谷川君が清水先輩と私の間に立つ。

(もしかして、助けてくれたりーー)

 期待を込めてみつめると。


「覚悟しろっ、魔神!!」


 いろいろな意味でヤバい発言をしていた。


「……あぁ?」


 あぁあぁあああああ!清水先輩の口元がひくひくしているぅ!


「えっと、長谷川、君?」

「なんスか!?」

「…どうして、そう…なったの?」


 透子のその疑問は皆と共通していたらしい。

 まわりも長谷川くんの口元を見つめる。長谷川くんは一瞬不思議そうに首をひねったが、すぐに語り始めた。


 ――彼曰く、

 今回のことをするにあたって、愛しの先輩が【魔王】なんていうあだ名で呼ばれていることを知ったらしい。

(女神様のような人がそんな恐ろしいあだ名なわけがない……!!)

 とずっと思っていたが、丁度そこにこうして【暴君】と呼ばれる風紀委員長が現れてとある考えに思い至ったという。

(……っは、もしかして――先輩は脅されているんじゃあ……?)

 それならば俺が先輩を助けなければ!!

 ーーそういえば、風紀室は魔物の巣窟であると聞いたことがある。じゃあトップは魔神だな!じゃあそう呼ぼう。


 ……それが、彼の言動の理由だ。


 透子にとっては間違ってはいるがしょうがないと思った。たまに自分もあるし。

 しかし他の人たちは風紀委員長が脅す動機すら分からないその考えに目が点になっていた。

(あぁ、分からないだろうねぇ、普段勘違いなんてしない人にとったらさ!)

 ――しかし、榊君だけはしゃんと立ち、目ははっきりと開いていた。ただ真っ直ぐに前を向いている。

(はぁ!さすが榊くん!! やっぱり榊くんは私達となにか違う……!!)

 感激でため息をつく。

 すると長谷川くんは何を思ったのかぴくりと震えて俯いた。

「……すみ、ません」

 きっと私に向かって言ったのだろう、後悔のつまったその声を私は呆然と見つめた。

(……はぁ?)

 長谷川くんはなにについて謝っているのだろう。

「ーー謝る…べきひとが、違う……でしょ」

 そう笑ったら長谷川くんは少し驚いた顔をして、「はいっ!!」と大きく頷いた。勘違いに気付いたのね、よかったよかった。

 そうして顔をあげた長谷川くん。顔は見えなかったが、きっと男の顔をしているだろう。

(まぁ、男の顔って全然想像つかないけど)

 証拠に清水先輩も滅多に浮かべない笑みを浮かべているし。若干悪どいけど。

「……っは、」

 清水先輩は鼻で笑った。

「北条、随分といい犬もってんじゃねえか」

 その嫌みは私の胸にグサッと刺さった。しかし何も口にできない。そんな勇気はないのだ。対して烈火の如く怒りそうな長谷川くんは騒ぐでもなく、静かに私に問いかけた。

「……先輩、犬――好きっスか?」

 その時何故か透子の頭に浮かんだのはつぶらな瞳でこちらを見つめる柴犬だった。

「……うん」

 私の答えに静かに頷いた長谷川くんは口を開いた。何を言うのか――そう思った観衆が彼を見つめる。

「――俺、先輩の犬になるッス!!」

「……っ!?」

 誰もがそのいろいろと思うことがある言葉に驚愕した。

「ちなみ先輩、犬種はなにワン?」

「し、柴、…犬」

 突然の質問に、普通に答えてしまった。

「分かったワン!俺、明日までに頑張って柴犬になってくるワン!」

(……無理だよぉおおお!)

 どうみてもふざけてるとしか思えないその言動と、真剣味を帯びた表情のシュールさに、その場にいた人々は呆気にとられた。――ただ一人を除いて。

「へぇ。もしかして今まで犬だと思ってなかったってことか?……は、思い上がりも甚だしいな」

「いや、先輩との関係にあんたになんか言われる筋合いねえんだけど」

 長谷川くんの言葉に一触即発の雰囲気が場を支配する。先程までの下手くそな敬語や犬語はなりを潜め、あの子犬という印象と完全に違ったことに驚愕を覚えていた。

 しかし、さっきまでの様子を知っているはずの清水先輩は動じることなく口を開いた。

「そいつは風紀委員だ――テメェ等みたいな奴を取り締まるな。そいつが真っ先に処罰されてもおかしくねえテメェと仲よしこよしされても困んだよ」

「ふん、どうでもいいな」

「テメェが良くても北条はどうだろうな……――なぁ、」

 非常に鋭い二人の視線と、観衆の視線が突き刺さる。居心地が悪い。

(わぁああ!こっちに来たぁ!……ど、どうしよう!?)


 焦った。ひどく焦った。


 うぅ。やめさせられるのは困る。お母さんに続けなさいって言われてるし。長谷川くんは染髪とかいろいろ違反してるし、そんな人と風紀委員が仲良くしてたんじゃあ、長谷川くんが更正しない限り贔屓だとかそういうことになる。それは私個人の問題じゃなくて委員会全体の問題になってしまう。副委員長の責任もあるし。……しかし長谷川くんはさっきの勘違い騒動で尋常ではない親近感を感じている。しかもこんなに一途に慕ってくれている後輩を捨てることなど――ましてや蔑ろにするなんて絶対にできない。更正したら、現在いる不良のお友達との縁もきれてしまうと思うし……そんな酷なことはしたくない。

(……っ、)

 ほぼ無意識だった。

 くるりと体を二人がいる反対側ーーつまりは昇降口の方へと向けた。

(に、逃げよう!!)

 そして走って去ろうとしたが、足がガクガクしてできなかった。仕方なく歩くことにする。


 ーー周囲は、静まり返っていた。


大変長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!

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